マスターズを制した松山英樹、父との誓い。「いつか、一緒にあの場所に」【二宮清純】
2026.07.16
毎年4月、米国ジョージア州オーガスタで開催される男子ゴルフ4大メジャータイトルのひとつであるマスターズは、"球聖"と称される伝説のゴルファー、ボビー・ジョーンズさんが創設に尽力したことで知られる由緒あるトーナメントです。そのマスターズを日本人、いやアジア人として初めて制したのが、これから紹介する松山英樹選手です。
■遊びを通して磨いた技術
松山選手が初めてマスターズに挑戦したのは2011年、東北福祉大2年の時です。前年の10月、日本で行なわれたアジアアマチュアゴルフ選手権(現アジアパシフィックアマチュアゴルフ選手権)を制したことで、参加資格を得ました。
初出場ながら、松山選手は通算1アンダーの27位タイという成績で、日本人として初めてローアマチュアに輝きました。表彰式ではシルバーカップを授与され、名誉の重みを実感するとともに「ここに帰ってきたい。ここに帰ってこなくてはいけない」と決意を新たにしたそうです。
松山選手が「憧れの人」と公言するタイガー・ウッズ選手がマスターズを初めて制したのは1997年のことです。英樹少年はまだ5歳。ゴルフの手解きを受けた父・幹男さんと「いつか、一緒にあの場所に行こうな」と誓い合ったそうです。
松山家が、海の見える愛媛県松山市の家に引っ越してきたのは、英樹少年が中学1年の時です。目の前は瀬戸内海、夕日の向こうにはポッカリと興居島が浮かんでいました。
父・幹男さんは、アマチュアでは名の知られた存在でした。52歳で日本アマチュア選手権出場も果たしています。その時には中学3年の英樹少年がキャディとして帯同していました。
以前、幹男さんに、「(英樹少年に)どんな手解きをしたのですか?」と問うと、こんな答えが返ってきました。
「ウチの場合、砂浜自体がプライベートビーチみたいなものでした。中学生の頃、英樹は砂浜に杭を立て、サンドウェッジでカンカンぶつけていた。だからバンカーショットが得意なんです」
練習ではなく、遊びを通して技術を磨いていったというのです。
さて2021年のマスターズは、松山選手にとって10度目の挑戦でした。初日のスコアは3アンダーの69。首位と4打差の2位タイでの好発進でした。2日目は71で6位タイに後退しましたが、首位とは3打差。11人が3打差以内にひしめく混戦となっていました。
■憧れのグリーンジャケット
大会3日目は、順位が大きく動くことから「ムービングサタデー」と呼ばれます。悪天候による中断もものかは、松山選手は15番パー5でイーグル、16番でもバーディを奪うなどして躍進し、通算11アンダーで2位ジャスティン・ローズ選手らに4打差をつけ、単独首位に立ちました。
そして迎えた最終日(4月11日=現地時間)。松山選手は1番をボギーでスタートしましたが、2番でバーディを奪い、平常心を取り戻します。2位のウィル・ザラトリス選手に5打差をつけ、前半の9ホールを終えました。
しかし、本当の勝負は「サンデーバックナイン」。10番からの最終9ホールです。
松山選手には苦い経験がありました。17年の全米プロで「サンデーバックナイン」を単独首位で迎えながら、"グリーンマイル"(死刑台への道)と称される上がりの3ホールでスコアを崩し、ジャスティン・トーマス選手に逆転負けを喫したのです。
この痛恨の記憶が、オーガスタで生きました。パー5の15番、3連続バーディで勢いに乗るザンダー・シャウフェレ選手に引導を渡すべく、松山選手は勝負に出ました。
狙いは4番アイアンでの2オン。完璧なショットのように映りましたが、想定していた以上にボールが伸び、グリーン奥の池に。何とかボギーで踏みとどまりましたが、シャウフェレ選手はバーディを奪い、4連続バーディで2打差に迫ってきました。だが、最後まで攻め抜く松山選手の強気な姿勢は、同じ組で回るシャウフェレ選手に無言のプレッシャーをかけたに違いありません。
次の16番では、追いかけるシャウフェレ選手が逆に池にボールを入れ、トリプルボギー。追う方も必死なら、追われる方も必死です。
最終18番。約30センチのウイニングパットを決めた松山選手はキャップを取り、小さくうなずきました。1打差で逃げ切った松山選手には、10年前、シルバーカップを手に取りながら、羨望の眼差しで見つめたグリーンジャケットが待っていました。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。




