井上尚弥vs中谷潤人。「打って外し、を互いに楽しんだ」伝説の夜【二宮清純】

井上尚弥vs中谷潤人。「打って外し、を互いに楽しんだ」伝説の夜【二宮清純】

5月2日、東京ドーム。日本、いや世界中が注目したボクシング4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥選手に、前WBC・IBF世界バンタム級統一王者・中谷潤人選手が挑んだタイトルマッチは、井上が3対0で判定勝ちを収め、7度目の4団体王座同時防衛に成功しました。

■PFP2位と6位

私が東京ドームに着いたのが午後5時過ぎ。その頃には、スタンド、アリーナともにほとんどの席が埋まっていました。

主催者が発表した入場者数は5万5000人。ボクシング興行としては、史上最多でした。

これまで日本人同士の世界戦は何度も行なわれてきましたが、ともに米国の老舗メディア「ザ・リング」が選出する「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」トップ10にランクイン(井上選手が2位=対戦当時、中谷選手が6位=同)している者同士の対戦は初めて。まさに「THE DAY」、世紀の一戦でした。

戦績は井上選手が32勝(27KO)無敗、中谷選手が32勝(24KO)無敗。日本人による無敗同士の世界頂上決戦も、長いボクシング史上初めてのことでした。

事前の予想オッズもチェックしました。米国の大手ブックメーカー「Fan Duel」が示すオッズは井上選手が1.22倍、中谷選手が4.10倍(4月20日)。数字の上では「井上有利」と出ていました。

だが、元世界4階級制覇王者のロイ・ジョーンズ・Jrさんが「イノウエの判定勝ちかな。ただナカタニが勝っても驚かない」と述べたように、何が起こるかわからないのがボクシングです。ボクシング取材歴40年超の私でも、試合前には胸の高鳴りを抑えることができませんでした。

試合前、井上選手は「勝ちに徹する」と語っていました。「4つのベルトを防衛するという最大のモチベーションがある」とも。

一方の中谷選手は「越えなければいけない壁がある」と井上選手を意識した発言を繰り返していました。

■圧巻の8ラウンド

運命のゴングは午後9時54分。序盤はスピードで勝る井上選手が、フェイントをかけながら相手の懐に飛び込み、速射砲のような連打を叩き込みます。

一方、サウスポースタイルの中谷選手は、独特の広いスタンスで井上選手を迎え討ちます。レンジの長い左ストレートが空を斬るたびに、場内は「オーッ」という歓声に包まれました。

たとえるなら、井上選手の武器は、どこからでも連射が可能なマシンガン。対する中谷選手は一撃必殺のバズーカです。

試合後、スコアシートをチェックすると、4ラウンドまで、3人のジャッジ(パトリック・モーリー=米国、ラウル・カイズ=米国、フアン・カルロス・ペラヨ=メキシコ)は全て10対9で井上選手を支持していました。カウンターで応戦しようとした中谷選手より、井上選手の先に仕掛ける姿勢を評価したということでしょう。

前半、ディフェンシブに戦った理由について、試合後、中谷選手は「(井上選手は)学習能力が強い。学ばせないようにした」と語っていました。なるべく手の内を隠し、後半に勝負をかけようという作戦だったのかもしれません。

圧巻は8ラウンドでした。井上選手のパンチを中谷選手がかわし、中谷選手のパンチも空を斬る。すると、互いの技術レベルを確認し合った2人は、ニコッと笑ったのです。

試合後の会見で、井上選手は「打って外し、打って外し、それを互いに楽しんだ」と語りました。リング上で2人は、達人同士にしかわからない"無言の会話"を楽しんでいたのです。それは観る側にとっても贅沢な時間でした。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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