アリ対猪木「世紀の一戦」の顛末。「互いのプライドがぶつかった」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2026.06.25
6月26日は「世界格闘技の日」です。今からちょうど50年前、1976年のこの日に、東京・日本武道館でモハメド・アリ対アントニオ猪木の「格闘技世界一決定戦」が開催されたことを記念して、2016年に日本記念日協会から認定されました。
■肯定派と否定派
あれから、もう半世紀がたったというのに、未だにこの日のことは忘れられません。
私は愛媛県の県立高校に通う高校2年生でした。土曜日の午後、家に帰ったらテレビ中継に間に合わないため、友人たちと学校近くの電気店に駆け込み、手に汗握りながらゴングを待った記憶があります。
後で調べると試合開始時間は午前11時50分。なぜ、こんな中途半端な時間になったかというと、米国のゴールデンタイムに合わせるためでした。
独占中継権を持つNETテレビ(現・テレビ朝日)による放送は、午後1時から。実際には約1時間10分遅れのディレイ放送だったわけですが、インターネットもない時代、そんなこと知る由もありません。
つまりテレビで試合が始まった時には、もう15ラウンド終了のゴングは鳴り終わっていたのです。結果はドローでした。
この試合を巡っては、国論を二分する、とまでは言いませんが、意見は真っ二つに割れました。
肯定派の筆頭は作家の野坂昭如さん。「格闘技のプロが、本気になって喧嘩するのなら、見せ物にはならぬ」。見せ場が少なかったのはリアルファイトの証明だ、というのです。
一方で日頃、格闘技やプロレスを扱わない一般紙には「世紀の凡戦」「茶番劇」と言った辛辣な見出しが並びました。肯定派と否定派、どちらが多かったかといえば、圧倒的に後者でした。
さて私の感想ですが、いわゆる異種格闘技戦で、あれほど緊張感のある戦いを見たのは、後にも先にもあれが最初で最後です。生前、猪木さんにそのことを伝えつつインタビューすると、こんな答えが返ってきました。
■膠着状態の理由
「私は寝たままだったとか、いろいろ言われたけど、腹筋が強くないと、あんな状態で1分も2分も辛抱できないんです。だけど、これは実際にやった者じゃないとわからない。
まぁ、終わってみて思ったことはオレとアリのプライドがぶつかり合った結果がこれだったのかな、と。ただ、試合のことを冷静に振り返ることができるまでに半年はかかりました」
15ラウンズ、猪木さんは、ほとんど仰向けの状態で戦いました。攻撃といえばローキック(アリキック)くらい。それでもヒザの後ろが腫れ上がるくらいの威力がありました。
現役世界ヘビー級王者のアリさんはと言えば、ローキックを嫌って腰を引きながらも、「かかってこい!」とばかりに猪木さんを挑発します。終始、逃げ回っているように映りましたが、時折、繰り出すワンツーは、ジャックナイフのような切れ味で、猪木さんをして「あのパンチだけは、とにかくどんなことがあっても食っちゃいけないと思った。あんなのを目線から下の部分に食ったら、一発でいっちゃいますよ」と言わしめました。
試合が膠着状態に陥ったのには理由がありました。猪木さんはアリサイドから「立った状態でのキックは禁止」というルールを課せられており、ああするより他にやりようがなかったのです。
試合の数日後、ローキックのダメージからか、アリさんは左足の血栓症を引き起こし、ソウルの病院に緊急入院します。一方の猪木さんも右足甲の剥離骨折が判明します。「茶番劇」どころか「世紀の死闘」だったのです。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。




