北村瞬太郎が語る静岡ブルーレヴズの底力と静岡への想い

北村瞬太郎が語る静岡ブルーレヴズの底力と静岡への想い

ラグビーが教えてくれたこと〜楕円球に魅せられた人々の熱い思い〜

昨季はプレーオフ進出を果たしたが、今季は開幕から苦しい戦いが続き7位でシーズンを終えた静岡ブルーレヴズ。昨年、日本代表デビューをし、チームの中核として攻撃をリードするSHの北村瞬太郎に話を聞いた。

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――2025-26シーズンは惜しくもプレーオフ進出は逃しましたが、シーズン終盤からチーム状態はかなり上向きました。その要因を教えていただけますか?

「一番はマインドの部分じゃないですかね。少なからず、昨季トップ6に入ったことで『自分たちは上位チームだ』という慢心があったかもしれません。『下位には勝てるだろう』みたいな。でも、うちはそういうチームじゃない。僕がいうのもあれですが、ブルーレヴズって崖っぷちに立たされた時に、いわゆるジャイアントキリングというか、『上のチームを倒してやろう』という気持ちが強くなるチームです。リーグ終盤に差しかかって、本当にそういう気持ちが強くなってきて、最終的にそれが良い形につながったのかなと思います」

――チームのマインド、強みを改めて再認識したと?

「そうですね。全員が、そういった『チームの底力』をもう一度、認識したと思います。綺麗に勝つのではなく、泥臭く戦って、どんな形でもいいから上を倒す。そういうチームだと思います。80分が終わった後、最後に1点でも上回っていればいい。とにかく勝たなければ始まらないです」

――あらためて、北村選手から見たブルーレヴズの強みは?

「やっぱりスクラムですね。ブルーレヴズといえばスクラム!それが伝統的な強みです。最近はスクラムの結果と試合内容がかなりリンクしていて、スクラムで相手にプレッシャーをかけられたら良い試合になることが多い。逆に押し込まれる試合は苦しくなることが多い。だから『ブルーレヴズのスクラムがペナルティを取れている時は調子がいい』と思ってもらえればいいかなと。スクラムでアドバンテージが取れれば、その後のアタックもやりやすくなります。BKも強力なので。スクラムでペナルティを取れると、BKが思い切ってプレーできますし、良い相乗効果になっています」

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――北村選手がラグビーを始めたきっかけは?

「学生時代にラグビーをしていた父親の影響です。小学2年生から横浜ラグビースクールに入りました。学校の部活動には入らず、小中とスクールでラグビーをやっていました。その当時から一緒にやっていた仲間がたくさん、今でもリーグワンでプレーしています。高校(國學院栃木)も一緒だったSO/FB伊藤耕太郎(リコーブラックラムズ東京)もそうですし、SH/SO池戸将太郎(東芝ブレイブルーパス東京)やSO武藤ゆらぎ(横浜キヤノンイーグルス)も当時のチームメートです。本当に環境には恵まれていたと思います」

――小学生時代、タグラグビーで日本一の経験もあるんですよね。

「そうなんです。小学4年生くらいから3年間くらいだったかな。(武藤)ゆらぎのお父さんが作った「横浜スーパースターズ」というチームで、サントリーカップで優勝しました! 国立競技場で前座試合をやったこともあります」

――高校は親元を離れて伊藤耕太郎選手とともに國學院栃木に進学しました。

「花園(全国高校ラグビー大会)に出ることを目標にしていたので、國學院栃木が桐蔭学園に勝った試合を見て進学を決めました。花園に出場(※高校3年時はキャプテンでベスト16)することはできましたが、高校日本代表候補には入れなかったので、当時は本当に、日本代表は夢のまた夢でした」

――大学進学はどういった経緯で立命館大学に進学したんですか?

「行きたいと思っていた関東の強豪大学への進学は叶わず、当時はかなりショックでしたが、最終的に立命館大学に進学することができ、大学でもラグビーを続けることになりました。正直なところ、その時点ではリーグワンでプレーすることなんてまったく考えていませんでした。大学に入学した頃は『大学でラグビーを楽しんで終わろう』くらいの感覚でした」

――もし、大学でラグビーを辞めていたら、次にやりたいこと、目標などはありましたか?

「小さい頃から家族旅行でホテルに行くのが好きだったので、ホテルマンになりたかったんです!映画やドラマの影響もありましたが、人をもてなす仕事っていいなと思っていました。本気で就職活動をしようと思っていたので、今、こうしてラグビーを続けられているのは、本当に人生が変わったなと思います」

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――大学時代に影響を受けた指導者は?

「やっぱりコーチだった元日本代表SHのシュガー(佐藤貴志/現関西大監督)さんですね。それから元日本代表CTBでコーチをしていた(大西)将太郎さん。スクラムハーフとしての基礎は、このお2人に教わりました。大学ラグビーを通じて成長できたのは、本当にお2人のおかげだと思っています」

――社会人でもラグビーを続けることになりました。今のキャリアの転機は何だったと思いますか?

「やっぱりブルーレヴズのリクルートをしている西内勇人さんとの出会いですね。大学でラグビーを終えるつもりだった自分に、「上(リーグワン)でもやれる」といってくれたんです。西内さんがいなかったら今の自分はいないと思います。他のチームからも誘われていたのですが、西内さんは『うちに来たらこういう選手になってほしい』という話を、資料まで作って具体的に説明してくれたんです」

――西内さんは、大学の試合会場でもよくお見かけしますが、とても熱心な誘いだったんですね。

「何度も僕に会いに来てくれて、大学のチームメイトからも『また来てるぞ!』といわれるくらい(笑)。西内さんの説明に、すごく心を動かされました。西内さんがいたからレヴズに決めた部分は大きいですね。西内さんとの出会いがなかったら、今の自分はなかったと思います」

――ブルーレヴズに入って、一番成長した部分はどこですか?

「まずはパスですね。正直、自分ではそれまでもパスに自信があったのですが、レヴズのコーチ(元日本代表SH)矢富勇毅さんのパスを見た時に、『レベルが違う!』と思いました。どうやったらあんなパスが投げられるのかまったくわからなかったんです。それまで教わってきたことを一回全部リセットして、矢富コーチに一から教わりました。パスだけじゃなくて、ラックへの寄り方とか、ゲームの組み立てなど、本当に基礎から全部です」

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――いまでも矢富コーチの方が上手い?

「上手いです(笑)。本当に上手いです。いまだに不思議です」

――また藤井雄一郎監督からのアドバイスも大きかったようですね!

「レヴズに入った瞬間に、もちろん良い意味ですが、自分のラグビー人生を全否定されたような感じでした(笑)。高校も大学も、いわゆる日本一を争うような強豪校ではなかったので、『低いカテゴリーで目立てていただけだ。ここはそういう世界じゃない』といわれました。僕は大学までは自分で走って、仕掛けて、トライを取るタイプだったので、『お前一人が頑張っても何もできない』『もっと味方を使え』と最初にいわれました。今思えばここまで成長できたのも、マインドを一から学び直せたことが大きかったです」

――その考え方が2025-26シーズンの活躍や新人賞につながった?

「間違いなくそうですね!最初は信じられなかったんです。味方ばかり使っていたら、自分の良さが出ないんじゃないか?と思っていました。でも実際、シーズンが始まると違ったんです。周りを生かせば生かすほど、自分の前にスペースができる。気がついたらトライも取れました。昨シーズンたくさんトライ(14トライ)が取れたのも、その考え方のおかげだと思っています」

――改めて、自分の強みと課題を教えてください。

「これまで課題にしていたパスはかなり改善できてきたと思います。もちろんまだ完璧ではないですけど、リーグワンで戦えるレベルにはなってきたかなと。長さや速さだけじゃなくて、『どんな状況でも正確にパスを投げることができるか』という部分では、かなり成長したと思います。強みはやっぱりランですね!僕のプレーを見てもらえれば分かると思いますが、(味方がゲインした後の)サポートランとか、自ら裏に抜け出すプレーなど、『ここにボールが来るな』と思った瞬間に加速できるのは自分の強みだと思っています。リーグワンでも十分通用する部分だと思っています」

――昨年、日本代表も経験しました。エディー・ジョーンズHCのもとでプレーしてみてどうでしたか?

「めちゃくちゃ苦しみましたね。言い訳みたいになってしまうのですが、ブルーレヴズでやっているラグビーとはスタイルが本当に違う。ブルーレヴズはキックも使いますけど、日本代表ではまた全然違う考え方があって、そこはすごく苦労しました。でも、『こういうラグビーもあるんだな』という学びは大きかったですね」

――エディー・ジョーンズHCと実際に接してみてどうでしたか?

「人の嫌なところを突いてくる監督だなと思いましたし、それがすごく上手い。特に日本人に対する教え方が上手いなと感じました。日本人っていわれたことをちゃんとやるじゃないですか。そういう特性をよく理解している人だと思います」

――昨年7月、ウェールズ代表戦で初キャップを獲得した時の、率直な感想は?

「もちろんうれしかったです。でも正直、最後に少し出ただけで、活躍した試合ではなかったので......。それでも緊張もしましたし、本当に良い経験でした。これからまたチャンスがあると思っているので、最初のキャップを取れたというのは大きかったです」

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――ラグビーをやっている以上、日本代表ジャージーは目標にしていましたか?

「そうですね。ずっと目指してきた場所です。ひとつ夢がかなったというか、ひとつ階段を上れたかなと思います。試合で着たジャージーは実家に送りました。もっとたくさん日本代表に呼ばれて、たくさんジャージーをもらえるようになれたら、母校にも送りたいと思います!」

――ラグビーから学んだことは?

「難しいですね......。でもやっぱり、『諦めないこと』かな、と思います。僕自身、高校時代は高校日本代表候補にも入れませんでしたし、大学でもトップレベルの選手というわけではありませんでした。だから高校2年生くらいまでは、日本代表なんて無理だと思っていましたし、大学時代もリーグワンの選手になれるとは思っていませんでした」

――それでも結局、ラグビーを続けた。

「やっぱりラグビーが好きだった。だから、続けていました。立命館大学では『大学で終わりかな』と思いながらやっていました。でも続けていたら、西内さんに声をかけてもらえた。そういう意味では、本当に人生って何が起こるかわからないなと思います」

――あらためて、チームが本拠地とする静岡や磐田の魅力を教えてください。

「やっぱり人が温かいところですね。本当に人が良いです。海も山もありますし、磐田はちょうどその真ん中にあるような場所ですし、暮らしやすさもあります。みんな心に余裕があるというか、ブルーレヴズの選手を見てもらえばわかると思うんですが、優しい人が本当に多いんです」

――ラグビー選手として、今の目標は?

「まずはブルーレヴズで日本一になることです。それが一番大きな目標ですね。個人としては、日本を代表するスクラムハーフになりたい。もっと日本代表キャップを重ねて、ワールドカップにも出たい。そして日本を象徴する9番になりたいです。そこはずっと変わらない目標です!」

――最後にファンの皆さんへメッセージをお願いします。

「静岡の皆さんには、絶対に優勝カップを静岡に持って帰りたいと思っています。ラグビーでもっと静岡を盛り上げたい!その気持ちはすごく強いです。だから『応援してください』、というより、『静岡で、みんなで一緒に頑張りましょう』という気持ちですね。一緒に盛り上げていただけたらうれしいです!」

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■Personal Words

周囲の支えに感謝し、諦めず進む。

父に連れて行かれて小学2年でラグビーを始めました。大学でラグビーを辞めてホテルマンになろうと考えたこともありましたが、大学時代のコーチや多くの人のサポートに恵まれてここまで来ることができ、今は「諦めない気持ち」が大切だと思っています。オフはサウナでリラックスしたり、最近、観葉植物を育てたりすることにもハマっています。

PROFILE
'02年3月28日生まれ。168cm/77kg。神奈川県出身。國學院栃木高校→立命館大学→静岡ブルーレヴズ。ポジションはSH。日本代表1キャップ('26年7月7日現在)。

取材・文/斉藤健仁 写真提供:静岡ブルーレヴズ

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