東京SG・PR竹内柊平が語る今季のリーグワン優勝と「世界一の3番」へのチャレンジ!
スポーツ インタビュー連載コラム
2026.08.20
ラグビーが教えてくれたこと〜楕円球に魅せられた人々の熱い思い〜
東京サントリーサンゴリアスに加入し、移籍1年目からスクラムを軸に圧倒的な存在感を示したPR竹内柊平。新天地で得た確かな手応え、桜のジャージーや来年に迫るラグビーワールドカップ(W杯)への思い、そして陰で支え続ける家族への感謝を聞いた。
――昨季、東京サントリーサンゴリアスへ移籍して1年目のシーズンが終わりました。振り返っていただけますか。
「サンゴリアスは非常に強いカルチャーを持つチームですが、選手もファンの方々も本当に温かく迎えてくださり、心から感謝しています。プレー面を振り返ると、個人としてもチームとしても浮き沈みがあり、まさに酸いも甘いも経験した1年だったと思います」
――チームはトップ4入りを果たしました。収穫と来季への課題を教えてください。
「流れに乗った時の攻撃力は日本一だと自負しています。勢いに乗れば、本当に手のつけられない爆発力のあるチームです。
一方で、流れが自分たちにない時や、相手のテンポが良く速い時に、選手全員が同じ画を描いて『どうやって主導権を取り戻すか』を共有するところは、まだ成長の余地があると思っています。コーチ陣から明確な方針は提示されていましたが、それを選手全員が同じ方向を向いて理解し、体現できていたかという点においては、まだ課題が残るシーズンでした」
――個人として最も手応えを感じた部分は?
「セットプレーの安定感です。マイボールスクラムに関しては、ほぼ100%の確率でキープできたと思います。新しいクラブ、新しい組織に入って、新しいFW陣でスクラムを組む中で、フロントローのメンバーとは何度も話をしました。サンゴリアスの仲間たちの温かさとサポートがあったからこそ、高いクオリティのスクラムを組めたと思います」
――来季、さらに伸ばしたいところは。
「昨季はマイボールを確実にキープするところまではできました。ただ、相手を圧倒するような攻撃的なスクラムが組めていたかというと、まだそこには達していないと思います。僕に求められているのはまさにその部分だと思うので、来季は『相手の反則を誘うスクラム』や『大事な場面で前に出るスクラム』を、自分から引っ張っていきたいです」
――力強いキャリーも竹内選手の大きな魅力です。サンゴリアスが掲げるアグレッシブなアタッキングラグビーは、ご自身のプレースタイルにもフィットしているのでは?
「めちゃくちゃ楽しかったです!昨季は新しい動きやサインを覚えるだけで必死でしたが、シーズンが進むにつれて少しずつアジャストできている感覚がありました。来季はより戦術を自分の中に落とし込めると思いますし、得意のボールキャリーやタックルなど、コリジョン(接点での衝突)の局面でもっと自分らしさを表現したいですね」
――1年間プレーしてみて、サンゴリアスというチームの印象は?
「何より楽しかったです。ただ、練習は本当に緊張感があります。オフフィールドではとても仲が良いのに、グラウンドに入った瞬間にみんな性格が変わるくらいスイッチが入ります。日本代表の合宿でもそこまでの緊張感はないんじゃないかと思うくらい、オンとオフの切り替えがうまいです。本当にプロフェッショナルな集団だと思いました」
――改めて、移籍を決めた理由を教えてください。
「常に『ベストな自分』であり続けたいと思っているからです。僕には『世界一の3番になる』という長期的なテーマ、揺るぎない目標があります。これまでお世話になった方々に恩返しをするためにも日本代表であり続けたいですし、その通過点としてW杯ベスト4やリーグワン優勝があると思っています。自分のプレースタイルに一番合っていて、プレーしていて最もワクワクする国内のクラブ----その目標に最短距離で近づけるのはどこかと考えた時、僕にとってはサンゴリアスでした」
――昨季はご自身にとって初めてのプレーオフも経験されましたね。
「頂点を決めるノックアウトトーナメントの舞台は初めてでした。テストマッチ(国際試合)も経験していますが、それとはまた違う独特の緊張感がありました。その中でプレーできたことは本当に刺激的でしたし、選手として大きく成長させてもらったと思います」

――日本代表の桜のジャージーへの思いも、ひときわ強いものを感じます。
「もちろんです。代表の3番を背負うことは、ずっと目標です。特に、日本代表を率いるエディー(・ジョーンズHC)さんには返し切れないほどの恩があります。一昨季、前所属の浦安D-Rocksでは先発出場がわずか5試合にとどまっていた時期がありました。そんな苦しい状況の中でも、エディーさんは僕の可能性を信じ、『お前は日本のトップクラスの3番だ』と言い続けてくれた。だからこそ、その恩は絶対に返したいと強く思っています」
――エディーHCをW杯の舞台で勝たせたい、という思いもありますか?
「はい、何としてもW杯で勝たせたいです!あれだけ世界のラグビー界に偉大な貢献をされてきた人ですから、最高の形でキャリアを築くべきだと思っています。その一部を僕が担えるチャンスが今ある。だからこそ、自分が日本代表の3番として頑張らなければいけないし、世界一の3番にならなければ、その恩返しという言葉を口にする資格もないと思っています」
――初キャップを獲得した当時と比べると、代表での立場も変わってきているのではないですか。
「全然、違いますね。初キャップの時は、ただ周りのレジェンドたちに必死についていくだけでした。でも今はありがたいことに20キャップ以上、試合に出させてもらっています。若い選手が増えている今のチームの中で、もはや自分のことだけを考えていればよいという立場ではないと思っています。僕は言葉で引っ張るタイプではないので、グラウンド上での態度、あとはパッションで周りを引き上げていきたいです」
――日本代表がさらに強くなるために、今何が必要だと考えますか。
「去年は、チーム全体が目指すべき方向性を共有できるようになってきたと思います。ただ、足並みが完全に揃っていたかというと、まだそこは課題があります。3年目の今年は、同じ場所から同じ景色を見られるチームにならないといけないと思っています。例えば『サンゴリアスの竹内柊平』という意識ではなく、『日本代表の竹内柊平』という誇りと自覚を日常から持てた時、日本代表は本当に強くなると思っています」
――改めてラグビーを始めたきっかけを教えてください。
「小学6年生の時に、地元の宮崎ラグビースクールに入ったのがきっかけです。小さい頃から目立つような子どもではなくて、中学生になるまでは身長も低く、体型も丸々としていて、どのポジションもしっくりこないような感じでした。
正直、これまでのキャリアの中でラグビーを辞めようと思ったことは何度もあります(笑)。中学に上がる時も、高校に上がる時も真剣に辞めようと思っていました。それでも節目節目で引き留めてくれた仲間や恩師など、周りに支えてくれた方々がたくさんいて、ここまで続けてこれました。ここまで導いてくれた人たちとの巡り合わせがあったからこそ、今の自分があると思っています」
――大学の途中まではNO8(ナンバーエイト)としてプレーされていました。そこから現在のPRに転向した理由やきっかけは?
「大学の途中まではNO8でした。トップリーグに行きたい、さらにその先の日本代表になりたいと考えた時に、自分が勝負できるポジションはどこかを真剣に考えた時に、PRだと思い、転向を決めました。
大学3年の3月に『トップリーガー発掘プロジェクト』に参加して、人生で初めてPRとしてスクラムを組みました。その時指導してくださったのが、後にNTTコミュニケーションズシャイニングアークス(現・浦安D-Rocks)でコーチとして師事することになる斉藤展士さん(現・栃木ホンダヒートコーチ)でした。僕が緊張しながら『初めてスクラムを組みます』と伝えたら、展士さんが大爆笑していたのを今でも覚えています」
――そこからNTTコミュニケーションズシャイニングアークスへの入団の経緯を教えていただけますか。
「新人選手の発掘プロジェクトに参加した後、一番行きたいと思ったのがシャイニングアークスでした。僕の強みはフィールドプレーだという自負があったので、展開ラグビーを武器にしているチームに入れば、PRとしてたくさんボールに触れられて楽しいだろうなと思いました。そこからトライアウトを受けて、ありがたいことに合格をいただきました。まさかまさかの急展開でした。運や縁に恵まれていたと思います」
――改めて、来年のW杯への意気込みを聞かせてください。
「絶対に出場しますし、絶対に勝ちます。これは決して過信しているのではなく、しっかりと地に足をつけ、一歩一歩目標に向けて進んでいきます。まずは自分の強みであるスクラムとフィールドプレーをもっと磨いて、世界に通用するものにしていきたい。最終的には世界一の3番になって、日本代表が目標とするベスト4達成への力になりたいです」
――これまでのラグビー人生から学んだことは何かありますか。
「宮崎工業高校時代の恩師である佐藤清文先生(現・日南振徳高校)がずっと言っていた『当たり前のことを当たり前にする』という言葉です。当たり前のことほど、意外とできないものです。例えば挨拶をする、トイレのスリッパを綺麗に並べる。そういった日常の小さな積み重ねのところに、その人の『人としてのあり方』が出ると思っています。そうした細部に意識が届く選手は、試合中の気づきや仲間の変化にもいち早く気づくことができるんです。
高校時代、ラグビーのスキルを何か教わったかといわれると、正直あまり記憶にないんですけど、人としてのあり方を教わりました。これから自分がどんな高いステージに行ったとしても、『当たり前のことを当たり前にする』という姿勢は、僕の人生の普遍的なテーマです」
――現在、竹内選手をサポートし応援している、家族への思いも聞かせてください。
「妻には感謝の言葉しかありません。彼女は九州で生まれ育ち、東京には頼れる知り合いが誰もいない状況の中、僕の挑戦について来てくれました。その中で子どもも生まれて、本当に多くの不自由や苦労をかけていると思います。それでも笑顔で支え続けてくれていることに、心から感謝しています。家族への感謝の気持ちは、なかなかメディアの前で言える機会がなかったので、ぜひ記事に書いてください!厳しい練習を乗り越え頑張ることができるのも、愛する妻と娘の存在があるからだと思っています!」
――最後に、サンゴリアスのファン、ラグビーファンに向けてメッセージをお願いします。
「いつも熱い応援をいただき、ありがとうございます。僕は、これまで世代別の代表に選ばれるようなエリート街道を歩んできたわけではなく、誰も通らないような泥臭い道をたどってここまで来ました。しかし、今の自分があるのは、これまで出会った多くの方々のサポートがあったからです。お世話になった恩師、友人、ファンの方々、そして家族の支えがあって今の僕がいます。
そのすべての恩はプレーで返したいです。見ていて絶対にワクワクするような、面白いプレーをお見せする自信があります。僕個人も、サントリーも、日本代表も、ここからさらに進化を遂げてもっと強くなっていきますので、ぜひスタジアムやTVの前で僕たちの戦いをチェックしてください!」
Personal Words
小学6年生の時に地元・宮崎ラグビースクールで競技を始めました。ラグビーを通して学んだのは「当たり前のことを当たり前にする」こと。挨拶や身の回りの小さな積み重ねが、人としてのあり方につながると思っています。九州から東京に来て支えてくれる妻、そして愛する娘のためにも、これからも全力で走り続けていきたいです。
Profile
'97年12月9日生まれ、宮崎県宮崎市出身。182cm /117kg。ポジションはPR。宮崎工業高→九州共立大学→NTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安→浦安D-Rocks→東京サントリーサンゴリアス。日本代表キャップ26(2026年8月4日時点)。
取材・文/斉藤健仁 ©TOKYO SUNGOLIATH
ラグビーが教えてくれたこと~楕円球に魅せられた人々の熱い思い~
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