五輪競泳自由形初の日本人女王 柴田亜衣。「慌てず、焦らず、諦めず」【二宮清純】

五輪競泳自由形初の日本人女王 柴田亜衣。「慌てず、焦らず、諦めず」【二宮清純】

五輪の競泳において、花形種目といえば「自由形」をおいて他にありません。最も速い泳法であるクロールが選択されるため、多くの耳目を集めます。この種目における日本人女子の金メダリストは、2004年アテネ五輪800メートルを制した柴田亜衣さんだけです。

■目標は「自己ベスト」

2004年アテネ大会、金メダリストが発したある言葉が話題になり、この年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞にも選出されました。

それは北島康介さんの「チョー気持ちいい」という言葉です。男子100メートル平泳ぎを制した直後に飛び出しました。北島選手は200メートルも制し、平泳ぎで2冠を達成しました。

柴田選手が出場する800メートル自由形決勝は、北島さんが2冠を達成した2日後の8月20日(現地時間)に行なわれました。400メートル決勝は、この5日前に行なわれ、5位入賞を果たしていました。

柴田選手と北島さんは「同級生」ですが、世界一はおろか、日本一にすらなったことのない彼女にとっては仰ぎ見るような存在でした。

「北島くんの2つの金メダル獲得を見て、勇気付けられたのは事実ですが、それよりも自己ベストを出したい。私にはその気持ちの方が強かったですね」

800メートル自由形決勝。本命は5日前の400メートル決勝を欧州レコード(当時)で制したロール・マナドゥさんでした。

決勝のコースは予選1位のマナドゥさんが4コース。3位の柴田さんは隣の3コースです。大本命を視野に入れながら泳げるわけですから、柴田さんにとっては、願ったりかなったりでした。

本番前、柴田さんは代表チームのコーチで、自身が所属していた鹿屋体育大監督でもある田中孝夫さんから、次のようなアドバイスを受けていました。

「慌てず、焦らず、諦めず」

柴田さんはこの言葉をしっかり胸に刻んで、スタート台に立ちました。

作戦は、こういうものでした。

■「800メートルなら」

「目標はあくまでも自己ベスト。練習でもマナドゥ選手に勝つことを前提にしていないので、前半から飛ばすであろう彼女についていったら、400メートルのように後半確実にきつくなってしまう。だから、様子を見ながら、2、3番手でレースを進めようと......」

400メートルでは、圧倒的な泳力を誇るマナドゥさんに歯が立ちませんでした。マナドゥさんのタイムが4分5秒34だったのに対し、柴田さんは4分7秒51。実に2秒以上の差を付けられました。

それでも田中さんは「800メートルならメダルの可能性はある」と読んでいました。柴田さんの2ビート泳法は、400メートルより800メートルの方が、より力が発揮できると考えていたからです。

案の定、レースはマナドゥさんが飛び出しました。柴田さんは、それでも動じません。

「あれは400メートルを過ぎたあたりからですかね。徐々に差が縮まっていくのがわかって600メートルあたりで"ひょっとしたら"という思いが頭をよぎりました。最後のターンでは、並んだか少し私の方が勝っている感じ。タッチの差で負けるのは絶対に嫌だったので、その時に初めて勝ちたいと思いました」

目指したのは、あくまでも自己ベスト。できればメダルを......。それがスタートしてから8分24秒54先に待っていたのは、予想だにしなかった黄金色のメダルでした。大本命のマナドゥさんに、0秒42差をつけての完勝でした。

後年、私のインタビューに、柴田さんはこう答えました。
「五輪の舞台とはいえ、何か特別な泳ぎ方をしたわけではありません。いつも通りの泳ぎをしたまでです。ただ泳いでいる最中も『慌てず、焦らず、諦めず』と、ずっと自分に言い聞かせていました」

無欲にして無心の金メダルでした。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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