通算3085安打・張本勲の金言。「バットは傘をさすように構える」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2026.09.17
プロ野球で最多となる通算3085安打をマークした張本勲さんが、さる9月9日、都内で亡くなりました。後年はTBS系「サンデーモーニング」のスポーツコーナーでの「喝!」「あっぱれ!」で人気を博しました。
■代名詞は「広角打法」
張本さんといえば、右へ左へと打ち分ける「広角打法」が代名詞でした。同級生で、ライバルでもあった王貞治さんが「野手が届かないところまで打つ」ことをテーマに打撃術を磨いたのに対し、張本さんは「野手がいないところに打つ」ことに徹し、不滅の金字塔を打ち立てました。
それでいて通算504本塁打は、歴代7位タイ。生前、張本さんは「3割、3000安打、500本塁打、300盗塁を達成したのは、世界で私とウィリー・メイズだけですよ」と語っていました。
よく知られるように、張本さんは4歳の時、利き手の右手に大やけどを負います。食糧難の時代、近所の子どもたちと焚き火でさつまいもを焼いていたところ、突如としてトラックがバックしてきて、右手から火に突っ込んでいったといいます。
これにより、張本少年の焼けただれた薬指と小指が癒着し、親指と人差し指にも障害が残りました。
この事故を機に、張本さんは、なかば仕方なく「左利き」に転向します。トレードマークの黒い手袋は、やけどの跡を隠すためでもありました。
その張本さんには「バットは傘をさすように構える」とい名言があります。雨の中、傘をさして歩くとき、人は傘を強く握り締めたりはしません。手首を立て、落とさない程度に軽く握ります。この自然体の構えこそ、バットの構え方そのものだというのです。
先述したように、大やけどで右手の薬指と小指が使えなくなった張本さんは、バットを強く握り締めることができなくなりました。とりわけ重要なのはグリップを握る小指です。その小指が機能しなくなったとあっては、フォームは安定しません。
■「ほうきでゴミを払う」
そうしたハンディキャップを克服するためには、バットを素早く、しかも自在に操る必要がありました。試行錯誤の末に編み出したのが、ボールに逆らうことなく左右に打ち分ける「広角打法」だったのです。
また張本語録の中には、「ほうきでゴミを払うように打つ」というものもあります。ボールの軌道に対し、バットを水平に入れ、サッと払えば、打球は人のいないところに飛んで行ってくれる、というのです。打撃の奥義を極めた達人ならではの言葉でした。
西鉄・太平洋クラブライオンズと読売ジャイアンツで通算141勝をあげた加藤初さんから、かつてこんな話を聞いたことがあります。
「張本さんのフリーバッティングを見ていると嫌になってくる。軽く振っているのに10本中8本くらいがライトスタンドに飛び込んでいくんだから。
しかし、試合になると大きいのは狙わない。ヒット狙いに徹する。僕はライオンズ時代、インハイのストレートからスローカーブまで何でも打たれましたよ。あの人、首位打者は7回も獲っているのに、ホームラン王は1回も獲っていないでしょう。本人がその気になっていたら、何回もホームラン王のタイトルを獲っていたと思いますよ」
最後に張本さんが"努力の人"だったことを裏付ける逸話を、ひとつ紹介しましょう。語ってくれたのは、伝説の剛球投手・尾崎行雄さん(東映フライヤーズ)です。
「張本さんは子どもの頃のやけどが原因で右手の小指と薬指がくっついていた。 そのため、グリップに右手をうまく固定することができない。で、深夜になるとビール瓶を割り、その破片で小指がしっくりくるようにグリップエンドの部分を真っ四角に削るんです。その時の張本さんの姿は鬼気迫るものがありました」
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。




