一世一代の奇策で曙を倒した舞の海。「すべては予想していた通り」【二宮清純】

一世一代の奇策で曙を倒した舞の海。「すべては予想していた通り」【二宮清純】

NHK大相撲中継の専属解説者として活躍中の元小結・舞の海秀平さんは、現役時代「技のデパート」の異名を取るほどの業師(わざし)でした。「小よく大を制す」相撲で一世を風靡しました。

■「目標は十両」

舞の海さんには有名なエピソードがあります。入門する際、新弟子検査の身長基準(173センチ=当時)に4センチ足りなかったため、頭にシリコンを埋め込んで検査に臨んだというのです。

かつて、それについて問うと、こんなエピソードを披露してくれました。
「頭の皮をはがして、袋を埋め込んでフタをする。そこに生理食塩水を注入するんです。激痛のあまり痛み止めも効かない。その後遺症で不整脈が続き、食べ物は全て戻してしまった。その日は一晩中、うめき声を上げて部屋中を転げ回っていました。翌日、激痛で目が覚めると、枕カバーは血で真っ赤に染まっていました」

こうした苦労の甲斐あって、舞の海さんは2度目の新弟子検査で、やっと合格しました。

舞の海さんは相撲どころの青森県の出身です。大学4年時には、山形県の高校教員採用試験に合格していましたが、「力士になれないんだったら生きる意味がない」との思いが強く、あえて茨の道を選んだといいます。

「もし、大相撲の力士として活躍できないのなら、故郷には帰らないと決意していました。入門にあたっては"その体じゃ無理だ!"という声がほとんどだったので、ダメだったら"ほら見たことか"と言われてしまう。それが嫌で必死に頑張りました」

舞の海さんの目標は、ただひとつ。大銀杏を結い、化粧まわしを締めて土俵に上がることでした。言うまでもなく十両に上がらなければ、化粧まわしを締めることはできません。

大相撲の世界では、十両以上の力士を「関取」と呼びます。幕下以下の力士の正式な名称は「力士養成員」で、給料も出ません。十両に昇進してはじめて、毎月、協会から給料が支払われるようになるのです。

後に三役や大関、あるいは横綱に昇進した力士の多くが、「一番うれしかったのは十両に上がった時」と口を揃えるのは、そうした理由に依ります。身の回りの世話をする付け人が付くのも、十両に上がってからです。

■用意周到な作戦

「入門して3年で一場所でも十両で相撲が取れれば、僕の挑戦は成功だと......」

入門前、そう考えていた舞の海さんは、初土俵から約10ヶ月後、6場所目にして念願の十両昇進を果たします。当時の体重は92キロ。入門時に比べると大きくなったとはいえ、100キロを下回る力士は他に見たりませんでした。

そんな舞の海さんにとって、身長204センチ、体重198キロの曙さんは、まさに難攻不落の城のような存在でした。

1991年11月20日、11月場所11日目。東前頭9枚目の舞の海さんは、西前頭筆頭で、三役返り咲きを狙う曙さんと初めて対戦します。

この日のために、舞の海さんは用意周到に作戦を練っていました。背の高い部屋の力士を"仮想曙"に見立て、相手の視界から姿を消す動きを、繰り返し行なっていたのです。

これがまんまと図に当たりました。背伸びをした後、フェイントをかけるように深く沈み込んだ舞の海さんは、曙さんの懐に潜入し、左下手を取ったのです。さらには矢継ぎ早に左内掛けを仕掛けます。こうして相手の足の自由を奪い、棒立ちにさせてから、頭と肩で押し込んだのです。

意表を突かれた曙さんは、長い両腕で力任せに舞の海さんを引っこ抜こうとして、腰から崩れ落ちました。決まり手こそ「内掛け」でしたが、攻めのプロセスは紛れもなく「三所攻め」。平成の大相撲史を飾る名勝負のひとつと言っていいでしょう。

後年、この相撲について問うと、舞の海さんは、噛み締めるような口ぶりで、こう語りました。

「相撲というものは、いくら事前に作戦を考えても、ほとんどうまくいくことはない。だけど、あれだけはズバリ的中した。自分がこう出たら、相手はこう動く。こう仕掛けたら、こうやってくるだろう......。すべて予想した通りになりました」

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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