キム・ヘス×ヨム・ジョンア×チョ・インソン競演――韓国映画賞4冠達成の痛快娯楽活劇『密輸 1970』の真の魅力【古家正亨】
映画 連載コラム
2026.05.28
2024年7月、監督のリュ・スンワンさんと出演のチョ・インソンさんが来日し、東京で行われた『密輸 1970』初日記念プレミアムイベントと題した上映イベントでMCを務めさせていただきましたが、日本でも大人気のチョ・インソンさんの来日とその新作を一足早く観られるとあって、会場の熱気は、それはそれはすごいものでした。あれから早2年経とうとしています。
『密輸 1970』――このタイトルからどんな作品を連想するでしょうか。おそらく、多くの方は「1970年代を舞台にした、密輸品をかけた男たちの熱き戦いが繰り広げられるクライムアクション」のようなイメージを持たれる方が多いでしょうね。ですが......まったくそのような映画ではありません。
■舞台は1970年代の小さな漁村。失職の危機に瀕した海女たちが選んだ「密輸」という選択

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もちろん舞台は、1970年代の韓国。でもそのドラマが繰り広げられるのは、小さな漁村のクンチョンです。かつては美しい海で知られた一帯でしたが、急速な工業化と経済発展を遂げる中、化学工場から排出される廃棄物によって、近海で獲れる豊かな海産物に影響が出始めます。その結果、地元の海女さんが失職の危機に追い込まれることに。そこで、海女のリーダーであるジンスク(ヨム・ジョンア)は、自分とそして仲間の生活を守るために、海底から密輸品を引き上げる仕事を請け負うことになります。当時は、政府が国産品の利用を推奨していたため、海外からの輸入品に対する規制がありました。しかし富裕層を中心に、日本の家電製品をはじめとする、いわゆる密輸品の需要が一定数あったんですね。つまり映画自体はフィクションですが、ここに描かれている出来事自体は、当時、実際の韓国であった出来事なんです。
ところが...当然、税関の摘発に遭ってしまいます。結局ジンスクは刑務所行きとなり、彼女の親友であるチュンジャ(キム・ヘス)だけが現場から逃亡することに。そして、時はその2年後、ソウルからクンチョンに理由あって戻ってきたチュンジャは、出所し、出直したばかりのジンスクに、新たなもうけ話を持ちかけようとします。ですが、当然ジンスクはチュンジャへの不信感を拭えません。そこに密輸王クォン(チョ・インソン)や、チンピラのドリ(パク・ジョンミン)、税関のジャンチュン(キム・ジョンス)といった、それぞれの思惑が絡むなかで、ジンスクはどのような決断を下すのか...といった作品なんです。どうですか?想像していた作品とは全く違いますよね?
つまりこの映画の主人公は女性であり、アクションはアクションでも、銃を使わない、海洋ならぬ海中アクションが繰り広げられる、今までありそうでなかったタイプのノワールものといっていいでしょう。

左からヨム・ジョンア、キム・ヘス
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■ノワール職人リュ・スンワン監督が描く、強くてたくましい女性たちの"海中"アクション
手掛けたのは名匠リュ・スンワン監督。映画『生き残るための3つの取引』(2011年)や『ベルリンファイル』(2013年)でその名をとどろかせ、『ベテラン』(2015年)で観客動員1300万人越えを達成。国民的映画監督になって以降も『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)、大ヒット作の続編『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』(2024年)、そして最新作『HUMINT/ヒューミント』(2025年)も話題の、"ノワール職人"と呼ばれるリュ・スンワン監督の作品ですから、面白くないわけがありません。
リュ・スンワン監督作品の魅力は、小気味良いアクションとクスっと笑わせるユーモア、そして一癖あるキャラクターであっても、なぜか共感してしまう、その魅力ある人物描写にあります。『密輸 1970』にも、もちろんこれらの要素が盛り込まれていますが、今回は女性が主人公なので、物語をけん引していく彼女たちの強さ、生きるためにはその術を選ばないたくましさが加わり、作品をより魅力的なものにしています。
■キム・ヘス、ヨム・ジョンア、チョ・インソン。スクリーンを圧倒する豪華キャストの競演

チュンジャを演じたキム・ヘス
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そんな映画をけん引する主人公である二人、チュンジャを演じているのが映画『タチャ いかさま師』(2006年)で、まるで峰不二子のような存在感でスクリーンを圧倒したキム・ヘスさん。ここでも、人生をかけた勝負師チュンジャを熱演。日本ではドラマ「シグナル」(2016年)で知られているかもしれませんが、チュンジャを演じるために生まれてきたのかと言わんばかりの、彼女の魅力がすべて内包されたキャラクターを演じています。

ジンスクを演じたヨム・ジョンア
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そんな彼女と呼吸を合わせているのが、ジンスクを演じるヨム・ジョンアさん。日本では「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」(2018年)で、子供の受験にすべてを捧げる主婦ソジンを演じてよく知られるようになりましたが、彼女の持つ、品位あるその真面目さはジンスクにも反映されています。正義感が強く、大切な仲間のために危険を冒すその姿は、彼女だからこそかもし出せる空気感です。それによって、よりリアルさを感じさせます。

クォン軍曹を演じたチョ・インソン
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そして女性主導で進行する物語の中で、艶のある演技でスクリーンを彩るのが、リュ・スンワン監督作品の常連となりつつある、密輸王のクォン軍曹を演じるチョ・インソンさん。出演シーンは決して多い方ではありませんが、彼が登場しただけで画面に緊張感が張り詰めるのですから、不思議です。本作で韓国のアカデミー賞と呼ばれる青龍映画賞の助演男優賞を受賞したのも当然の結果と言えるでしょう。特に劇中でのチュンジャとのやりとりは、ドキっとさせられます。
■70年代の韓国をリアルに再現した美術と流行歌。ギラギラした熱気が衰えない「痛快娯楽活劇」
忘れてはいけない、この映画のもう一つの魅力は、その1970年代の韓国の空気感をリアルに再現した美術、そして、出演陣のファッション。かつての日活映画の青春モノや東映映画のノワール作品を思い起こさせるような雰囲気で、まるでコダック・フィルムで撮影した写真のようなセピア色を帯びた画面は、観る者を、当時の韓国に連れて行ってくれるような魅力を持っています。さらに、当時の流行歌を使ったOST(オリジナルサウンドトラック)は、昨今のニュートロ・ブームと相まって、懐かしいんだけど格好良い、独特なこの映画の世界観をより魅力的なものにしてくれています。

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冒頭でお話したように、タイトルが『密輸 1970』ということで、タイトルだけ見ても、この映画の真の魅力がなかなか伝わりにくいというところがとても残念です。ですから、劇場公開時に見逃したという方にぜひご覧いただきたい......そんな思いで今回ご紹介させていただきました。
田舎の港町を舞台にしているからこそ生まれる、都会に対する憧れ、そして、そこから生まれるギラギラした熱気が、最初から最後まで衰えない、まさに「痛快娯楽活劇」という漢字で表記した方が、この映画の魅力を一番伝えられるのかなぁと思います。
古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)
ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。
古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)
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