牧瀬里穂主演映画『つぐみ』のつかみどころのない魅力と、表現者としての共鳴【尾崎世界観】
映画 見放題連載コラム
2026.07.11
『つぐみ』(1990年)は、ずっと名前は知っていたけれど、まだ観ていなかった作品です。僕の中で「つぐみ」と言えば、どちらかというと女優さんの印象が強かったんですよね。塩田明彦監督のデビュー作『月光の囁き』や『四月物語』、『ねじ式』といった作品に出ていた方で、変わった役をやることが多くて、好きな女優さんです。そんな名前のつながりで『つぐみ』というタイトルの映画があることは知っていたのですが、なかなか観る機会がなくて、今回、いい機会なので観てみようと思いました。不思議な映画でしたね。相米慎二監督の作品にも近いものを感じるけれど、もっとつかみどころがない。イメージがどんどん流れていくようで、観ていて引っ張り回されるような感覚にもなりました。長いミュージックビデオを観ている感じに近いのかな。ぐっと力を込めて観るというよりは、気を抜いて眺めるような見方も許される。あまり観たことがないタイプの作品でした。
■「病弱な旅館の娘」という設定からはみ出す、自由で温度の高い主人公

(C)1990 松竹株式会社
作品の舞台となっているのは、西伊豆です。西伊豆は、僕も「相席食堂」のロケで行ったことがあります。主人公のつぐみは旅館の娘なのですが、この設定からして、今の時代には生まれづらい物語ですよね。つぐみは病弱だけど、性格はとても激しいんです。「病弱な旅館の娘」という、ある種分かりやすい設定から、どんどんとはみ出していく人。作中、つぐみはずっと温度が高いんです。ずっと暴れている。そのつぐみを、観る側は眺めている。そんな関係が生まれていきます。基本的に、つぐみは自分の中身を語らない。あくまでも「外側から観たつぐみ」が描かれ続けるし、つぐみの言葉も、常に世界に対して武装しているような勢いを持って描かれる。それゆえに主人公でありながらも、決して共感しやすい登場人物ではないんです。でも、つぐみはすごく自由な感じがします。きっと今の映画では、もっと「この人はこういうキャラクターです」と決定されてしまうと思うんです。でも、「受け取られ方」が決定する前の段階で、とても自由に存在している感じがするんですよね。
■分からないものを分からないまま描く。1990年代だからこそできた表現
分からないものが、「分からないから」といって切り捨てられたり、逆に「分からないから」といって分かるように説明されたりするわけではない。つかみどころがないものが、つかみどころがないまま、そこにぽんと存在している。この『つぐみ』という作品自体が、そうやって存在している感じがします。こういう描き方は、1990年代前半という時代だったからこそ成立したのかもしれないですね。日本も元気で、社会に勢いがあったからこそ、「そこにそのまま存在する」ということが許されていたのかもしれない。そういう時代を想像する手がかりになる映画だとも思いました。一つ一つのカットもこだわって撮られていますよね。ポスターになりそうな画がたくさん出てくる。『つぐみ』と同じ1990年に公開された『バタアシ金魚』という映画も好きなのですが、あの映画も、一つ一つのカットが美しい映画だったなと思い出しました。あと、これは物語に関係のない感情ですが、『つぐみ』に限らず、昔の映画を見ていて年配の人が出てくると「きっともう、この人はいないんだろうな」と思って寂しくなりますね。
■主人公に共感できなくてもいい。表現者として勇気づけられた独特な距離感

(C)1990 松竹株式会社
『つぐみ』は、作品と観客の間に生まれるその関係性も独特ですが、作中で描かれる、つぐみと友達のまりあの距離感も独特でいいんですよね。つぐみはずっと伊豆にいるけれど、まりあが東京にいる時の方が、つぐみとまりあの距離が近い感じがします。自分にもそういう距離感の人がいて。会いたくはないけれど「見ていたいな」と思う人。会うと疲れちゃうけど、遠くで接している分には、すごく刺激をくれる人。もし、作品内でもっとつぐみの内面を掘り下げて、観客に共感させてしまったら、この距離感はなくなってしまうでしょうね。やっぱり、まだこういう作品を作ることができる元気のある時代だったんだろうなと思います。小説を書いていて、たまに「主人公に共感できない」とか「主人公を愛せない」という感想をもらうことがあるんですけど、その度に、「別に愛されたいと思って書いていないけどな」と思うんです。主人公を好きになる前提で作品に触れられるというのは、作者からするとすごく暴力的なことではないでしょうか。そういった意味でも、表現者として勇気づけられる作品でした。
つぐみを演じる牧瀬里穂さんの存在感もすごかったですね。思えば、これから売り出していく若手女優が主演する映画としては、すごくとがった作品ですね。牧瀬さん以外にも印象的な俳優がたくさん出演していて、不良軍団のリーダーは吹越満さんだし、まりあは中嶋朋子さん、高橋源一郎さんも出ていて驚きました。あと、エンドロールで流れる曲もよかったです。小川美潮さんの「おかしな午後」という曲なんですが、うちのベースのカオナシが好きそうだなと思ったので、勧めておきました(笑)。
取材・文/天野史彬
尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
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