『劇映画 孤独のグルメ』を成功に導いた俳優・松重豊の「いつも通り」
映画 TV初
2026.05.17
テレビ東京系ドラマ「孤独のグルメ」は、ドラマ史の中でも非常にユニークで画期的な作品だ。もともとは深夜枠の低予算番組として企画され、松重豊演じる主人公の中年男性が「一人で飯を食うだけ」という異例の作品だった。久住昌之(作)×谷口ジロー(画)のコミックを原作として、空腹を抱えた主人公・井之頭五郎(松重)が、毎回店に入って食事をする...。言ってみればそれだけの構成である。登場する飲食店は実在する店舗で、メニューも基本的にそのままだ。そんなシンプルさゆえのドキュメンタリー的リアリティが人気を呼び、劇中で登場した店に視聴者が足を運ぶ"聖地巡礼"文化も定着した。松重豊の食べっぷりの良さと、味わい深いモノローグの魅力もあり、番組はじわじわと人気を呼んだ。気づけば、2026年にシーズン11が放送中というロングランとなり、2025年1月には『劇映画 孤独のグルメ』も公開されている。

(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会
■謎の食材を求めてフランスから長崎、韓国へと旅する五郎
今回は、その映画版について取り上げたい。松重豊が自ら監督を務め、脚本にも参加。海外ロケも敢行するという、まさにスぺシャルな一本となっている。輸入雑貨の貿易商である井之頭五郎(松重豊)は、かつての恋人である小雪の娘・松尾千秋(杏)から連絡を受けてパリへと旅立つ。熟睡して機内食を食べられず、パリのビストロで空腹を満たした五郎は、千秋と共に彼女の祖父・一郎(塩見三省)のもとへ向かう。一郎から「子供の頃に飲んだスープがもう一度飲みたい。食材を探してほしい」と嘆願された五郎は、わずかなヒントを頼りに、「いっちゃん汁」という名のスープを求めて、それを再現するための食材探しの旅を開始するのだが...。物語の舞台は、フランスから韓国、長崎から東京へ。究極のスープを求めて、五郎が世界を巡るという派手な趣向は、普段のドラマ版とはひと味違ってスケールも大きい。しかも「謎の食材」を探すというミステリー的な展開もあり、行く先々で五郎が思わぬトラブルに巻き込まれて、さまざまな人や事件に遭遇するという展開もスリリングだ。
この映画版は、番組フォーマットの良さを生かしたうえで、トラブルや人間関係のドラマを加味している。旅そのものの描写や土地ごとの文化や背景を描くことで、食事という「点」から「線」となる旅へと拡張されている。ドラマ版よりカメラワークが多様化し、咀嚼(そしゃく)音や調理音など「音」の効果もより強調された。もともとの長所だった料理の見せ方についても、映画的により洗練されたという印象だ。いわば、さらに「五感」で味わう作品として昇華している点に注目したい。

(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会
■豪華なキャストも登場するが、番組の本質は映画版でも不変
松重の演技についても、無言の時間の使い方や表情の変化など、大画面の映像を意識したと思われる工夫が見られる。韓国で出会う内田有紀をはじめ、後半で登場する磯村勇斗やオダギリジョーなど、魅力的なキャストを配置して映画らしい豪華さを感じさせるものの、映画版を成功に導いたのは、「孤独のグルメ」というドラマの良さを「変えなかった」ことではないだろうか。ドラマ版よりストーリー性を盛り込んではいるものの、あくまで本作は「事件ではなく食事を見る作品」という基本を維持している。ストーリー性の起伏を強めたり、登場人物を深掘りしたりすることもあえてしていない。意地悪な言い方をすれば、映画らしくないのだが、そこが魅力なのだ。映画版を見たファンの多くが、旅要素の新鮮さを認めつつ「いつもと同じ安心感があった」ことを評価している。『劇映画 孤独のグルメ』のポイントは、五郎が旅をすることで、「食」がより意味を持つ点にあるのだ。ドラマ版にはないトラブルにも巻き込まれるが、「食事」に至るプロセスを「旅」として拡張したことで、クライマックスの食事シーンが、「その土地(文化)と出会う行為」へと昇華していることに注目してほしい。
映画版の"遊び心"として、本作をモデルとする「孤高のグルメ」というテレビ番組が劇中に登場するのも面白い。遠藤憲一が本人役で出演、井之頭五郎ならぬ"善福寺六郎"役として主人公を務めるという、楽しい趣向もファンには嬉しいところだ。悪役からコミカルな役まで幅広く巧みにこなすところなど、遠藤はバイプレーヤーとしてのイメージが松重と被る印象もあるので、このキャスティングはじつに見事だった。
「派手さがない」、というより「地味過ぎる」ドラマでありながら、根強いファンを獲得した「孤独のグルメ」は、長期シリーズとして愛され続けている。年末スペシャルも定番化し、このフォーマットは、テレビ界に一石を投じるほどの完成度だ。映画版の成功によって、その人気はさらに高まったと言えるだろう。本作の功績は数多いが、私見ながら「俳優・松重豊のポテンシャルの高さを世間に知らしめたこと」が第一だと思っている。演出家・蜷川幸雄に見いだされ、小さな舞台から映像作品へと徐々に活躍の場を広げてきた過程を、大学時代から彼と旧知の関係である筆者は長年見つめてきた。俳優としてだけでなく、人間性の魅力を強調されることも多い松重だが、筆者も証人の一人だ。テレビで活躍するようになってからも、昔は彼の名を知る人は少なかったが、今では知らない人のほうが珍しいだろう。
文/渡辺敏樹




