『ゴジラ-1.0』のマイナスに込められた意味――時代設定とテーマから読み解く【SYO】
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2026.05.11
近年まれにみる豪華なラインアップが結集した2026年の映画界。中でも最大級の話題作が、11月3日に劇場公開予定の『ゴジラ-0.0』でしょう。ファーストティザー映像では、ゴジラが自由の女神像の背後に現れる姿が収められ、世界が騒然。前作から2年後を描く物語の予想合戦が繰り広げられています。新作に備えたい気持ちが高まる絶好機に、日本初となる第96回米アカデミー賞視覚効果賞に輝いた前作『ゴジラ-1.0』(2023)がJ:COM STREAMにて見放題配中! 今回は「-(マイナス)」に込められた意味を解説しつつ、本作の唯一無二の魅力をご紹介します。

(C)2023 TOHO CO., LTD.
戦後すぐの日本という舞台設定
まずは『ゴジラ-1.0』の概要をおさらいしましょう。本作の舞台は終戦間際の1945年から47年。ゼロから復興しようとしている日本をゴジラが急襲し、マイナスに陥れる――というコンセプトの物語が展開します。現代日本にゴジラが現れたら?を描いた庵野秀明総監督、樋口真嗣監督作『シン・ゴジラ』(2016)とは真逆のアプローチであり、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ(2005~2012)や『永遠の0』(2013)『海賊と呼ばれた男』(2016)を手掛けてきた山崎貴監督の得意分野ともいえますが、この時代設定がさまざまなレイヤーにおいて非常に効いています。

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一つは、ゴジラに対する人類の無力さ。メカゴジラなんて当然作れませんし、そもそも終戦直後の日本は武装解除されているため、『シン・ゴジラ』のように日本政府も動けなければ武器や兵器を調達・使用できないのです。では米国に助けを求めれば......というのもアウト。当時の米国はソ連との冷戦状態に突入しており、未確認生命体の討伐とはいえ敵対国に付け入る隙を与えたくないため黙殺。実際の歴史に絡めつつ、四面楚歌の究極のマイナス状態でどうするの?という緊迫のサスペンス&ウルトラC級の作戦立案は、本作ならではの面白さといえるでしょう(戦争からやっとの思いで帰ってきた民間人が再び立ち上がる展開は切なくも胸が熱くなり、ドラマ面にも大きく貢献しています)。

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エピソード・ゼロとしての新たなゴジラ像
そして、ゴジラについて少々知っている層からすると別の楽しみも。ゴジラシリーズの第1作は1954年に"現代劇として"公開されたため、劇中の時代設定は1954年。つまり『ゴジラ-1.0』は、今まで描かれていないエピソード・ゼロ的な位置づけともいえるのです。もちろん2作は直接的な物語上のつながりがあるわけではありませんが、とはいえ「誰も知らないゴジラのバックボーンが明かされる」と聞くとワクワクしてしまいますよね。本作はそうしたファンのニーズにきっちりと応えてくれます。

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そもそも『ゴジラ』は、ジュラ紀の怪獣が水爆実験で眠りを覚まされ、かつ放射能を浴びて異常進化してしまい、怒りのままに暴れ回る物語。対して『ゴジラ-1.0』では、ゴジラが"水爆大怪獣"になる前の姿が描かれるのです(しかもファンおなじみの大戸島に登場!)。われわれが知っているゴジラよりも小柄で、恐竜のように人間を頭からくわえて投げ飛ばす姿は何とも鮮烈で、初見時には「そうか、だから(ゼロの手前である)マイナスなのか!」と震えてしまいました。ちなみにその後、劇中でちらっと「1946年7月 ビキニ環礁 クロスロード作戦」というシーンが挿入されます。これはアメリカが実際に行った核実験の一つで、『ゴジラ-1.0』ではこれにより被爆→強大化したゴジラが東京を襲う展開につながっていきます。ゴジラはさながら"歩く核兵器"状態で、広島・長崎の原爆投下からまだ日が浅い日本人にとっては、恐怖がフラッシュバックする存在でもあるわけです......。

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『ゴジラ』は1954年に発生した第五福竜丸事件(米国の核実験に日本の漁船が巻き込まれた)を背景にしており、反核のメッセージを明確に打ち出した映画ですが、『ゴジラ-1.0』はその精神を少々異なる形で継承しています。きのこ雲と焦土と化した銀座の街が映し出され、黒い雨を浴びながら主人公・敷島浩一(神木隆之介)が絶叫するシーンは本当に痛々しく、壮絶。本作をただのエンタメではなく、歴史に残る一作に高めた屈指のシーンといえるでしょう。

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マイナスに込められた再生の物語
そして「マイナス」には、戦争で"生き残ってしまった"者である敷島の懺悔(ざんげ)と鎮魂、そして再起の物語としての意味も含まれていると感じます。敷島は「御国のために死にに行く」特攻隊員ながらおじけづき、なんとか逃げようと立ち寄った大戸島でゴジラに遭遇。ここでも恐怖で体が動かなくなり、被害を出してしまいます。「あの時、自分が立ち向かっていれば......」という悔恨からはなかなか逃れられず、幸せになってはいけない・生きてちゃいけないと自分を責め続けてしまう敷島。戦争が心に与える傷跡を丁寧に描きつつ、彼が自分の中の戦争を終わらせようと宿敵ゴジラとの決着を果たそうとする展開は、"マイナスからゼロへと向かう"物語でもあるのではないでしょうか。われわれの心に「生きろ」というメッセージが真っすぐに響いてくるのは、細部に至るまでコンセプトが行き渡っているからと思えてなりません。
最後に......。ここでは伏せますが、『ゴジラ-1.0』のラストシーンは衝撃でした。ここで提示された"謎"は、続く『ゴジラ-0.0』でどう回収されるのか。本編を鑑賞し終えた後、ぜひ想像を巡らせていただければと思います。
【プロフィール】
SYO(ショウ)
オフィシャルライター/インタビュアーとして『シン・仮面ライダー』『ガンニバル』『チェンソーマン レゼ篇』等に携わるほか、『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。装苑、WOWOW等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。





