祝町田天皇杯V! 黒田剛の信念 「根拠のないプライドは捨てろ」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2025.12.11
第105回天皇杯を制したのは、J1の町田ゼルビアでした。11月22日、東京・国立競技場で行なわれた決勝で、前回王者のヴィッセル神戸を3対1で下し、悲願の初タイトルを手にしました。
■高校サッカーの名将
優勝決定の瞬間、就任3年目の黒田剛監督は大きく両手を突き出し、全身で喜びを表現しました。
試合が動いたのは前半6分、MF中山雄太選手のクロスをFW藤尾翔太選手が頭で叩き込みました。32分には、FWミッチェル・デューク選手のパスをFW相馬勇紀選手がドリブルで運び、最後は左足で決めました。
前半を2対0で終えた町田は後半11分、藤尾選手が左足でミドルシュートを決め、これで3対0。17分に1点を返されましたが3対1で初載冠を果たしました。
町田は、昔から少年サッカーの盛んな街です。チーム公式HPによると、1970年代から強化を始め、これまで約60名以上のJリーガーを輩出しています。FC町田ゼルビアは「サッカーの街・町田を代表するサッカークラブを作る」という考え方のもと、89年に誕生しました。
IT王手サイバーエージェントがゼルビアの経営に参画したのは2018年です。22年12月には同社の藤田晋社長がオーナー兼社長に就任しました。
J2で15位に終わった22年10月、オーナー兼社長就任が決まっていた藤田氏から黒田さんは監督就任を打診されました。
当時の黒田さんの身分は青森山田高校の監督。高校選手権3度優勝の高校サッカー界屈指の名将とはいえ、アマチュアの指導者です。
黒田さんに白羽の矢を立てた理由を、藤田氏はこう語っています。
「当時、下手すると(J3)降格圏内だった。他クラブと同じようにやっていても勝てない。差別化するためのかけだった。会わずに決めたので、公務員っぽかったらどうしようかと思っていた。選手が"監督じゃなくて、先生じゃないか"っていう感覚になるのが怖かった。でも、そんな感じが全くなく、洗練されたプロだった」(スポーツニッポン11月23日付け)
■意気に感じたオファー
では、打診を受けた黒田さんは、どうだったのでしょう。以下は以前、直接本人から聞いた話です。
「おそらく、これまでサッカーに深くかかわってきた人なら、僕のようなプロ未経験者をJクラブの監督に、とは考えなかったでしょう。
藤田さんは一代で会社を築き、大きくしてきた人。先見の明があり、勝負に対するセンスがある。そんな人だからこそ、高校サッカーとはいえ、組織を強くし、勝ち続けてきた僕の感性や感覚に賭けてみたいという思いがあったんじゃないでしょうか。
僕の中にも、グラウンド確保もままならない中、18人から(青森山田高サッカー部を)スタートし、約30年で王国(高校選手権3度、インターハイと高円宮杯U-18プレミアリーグファイナルを2度ずつ制覇)を築き上げたことで、高校サッカーではちょっと"やり切った感"が出てきた。21年のインターハイでは、6試合のうち3試合はシュートを1本も打たせなかった。自分が目指したサッカーの完成型がここにはあるな、という充足感もありました。
そんな中でいただいたオファーだったので、すごく意気に感じましたね。これを引き受けなかったら、黒田の名が廃る。これまで経験してきたことを全てゼルビアに投入しようと。結果を出さなければ"高校サッカーの監督じゃ無理だ"となり、藤田さんに対しても"素人はサッカーに口出しするもんじゃない"という批判が向く。藤田さんの覚悟に応える意味でも、結果を出すしかないと腹をくくりました」
もっとも、黒田さんの監督就任を歓迎しない向きもありました。守備へのこだわりが強い黒田さんが、細かい指示を出すと、ひとりの選手から「プロのキャリアでそんなことを言われたことはない」と冷ややかな反応が返ってきたそうです。
「でも、僕はそこは譲らなかった。"言ったことをきちんとやってくれないと、オレは使わないよ"と。"やれないなら、やれるように努力してくれ"ともね。また"根拠のないプライドは捨てろ"とも言いました」
就任1年目でJ2優勝。J1に昇格した24年は3位。そして昇格2年目での天皇杯獲得。クラブのスローガンは「町田を世界へ」です。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。













