追悼"ミスター・ジャイアンツ"。長嶋茂雄は名コピーライターか!?【二宮清純】
2025.06.05
"ミスター・ジャイアンツ" "ミスター・ベースボール"と呼ばれ、国民的な人気を博した長嶋茂雄さん(巨人終身名誉監督)が、6月3日早朝、肺炎のため死去しました。89歳でした。
「本盗は野球のだいご味」
長嶋さんと言えば、現役最後の試合を終えた後、あたりが薄暗くなった東京・後楽園球場で引退挨拶の締めくくりに口にした「我が巨人軍は永久に不滅です」という言葉が有名ですが、それ以外にも、たくさんの名言、迷言を残しています。
今回は長嶋さんへのオマージュを込めて、過去に取材で私が直接耳にし、「これは!」と思ったものを、いくつか紹介しましょう。
「セオリーとは人間社会がつくったものですから、時代とともに変わるはずです」
これは長嶋さんが12年ぶりに巨人に監督として復帰するにあたり、シーズン前に聞いたものです。
実は、これには伏線があります。現役時代、長嶋さんはホームスチールを6回敢行し、2回成功させています。
ところが、当時、ホームスチールを敢行する選手は少なくなってきており、「ベンチからサインを出しますか?」という質問に対する答えが、これでした。
「ホームスチールは、やる方にとって大変なリスクを負うけど、あれほどスリルを感じるものはありません。お客さんだってハッとするでしょう。野球の一番のだいご味ですよね」
続いて1994年、長嶋巨人初の日本一達成後のインタビュー。「理想の野球は?」と問うと、長嶋さんは「あくまでも僕の理想は9人野球です」と答え、こう続けました。
「オープニングゲームでスタメンを決めれば、ほとんどそれをいじることなくシーズンを乗り切っていく。いってみればONを軸にした昔の巨人野球ですね」
(C)共同通信社
「平家の落ち武者」
話を聞いていて、あれっと思いました。スタメンを決めれば、いじることなくシーズンを乗り切っていく。確かにそれは理想でしょうが、逆説的に言えば、監督は試合中、仕事をしなくていいということになります。
そこを突くと、こんな答えが返ってきました。
「(選手を入れ替える)アメフト野球は疲れるんですよ。代走がどう、代打がどう、ピンチ守備がどうとか。5、6回になると、もう8、9回のことを頭に入れておかねばならないんです。だから、精神がクタクタになってしまう。僕はこういうのは好きじゃないですねえ。9人に試合の全てを任せることができれば、もう、どれだけ気分が楽だろうかと(笑)」
あれは1979年オフのことです。5位に終わった長嶋巨人は、若手・中堅を鍛え直すため、伊東で秋季キャンプを張りました。伊東での長嶋さんの"鬼監督"ぶりは、今も語り草です。メディアは"地獄の秋季キャンプ"と呼びました。
伊東の宿舎に到着するなり、長嶋さんはキャンプに参加した江川卓さん、角三男さん(当時)、西本聖さん、鹿取義隆さん、中畑清さん、山倉和博さん、篠塚利夫さん(当時)、山本功児さんらを前に、一席ぶちました。以下は西本さんから聞いた話です。
「われわれは平家の落ち武者のように都落ちしてきた。敗れたわれわれを、伊東の方たちはこれほどまでに温かく迎えてくれた。こんなありがたい巨人ファンが、まだ全国にはいっぱいいるんだ。誇りを胸に秘めて練習に取り組んでもらいたい。そして来年こそもう一度、都に旗を立てるんだ!」
やや時代がかった言い方ですが、「平家の落ち武者」とは言い得て妙です。
このように長嶋さんは、メディアが飛びつきそうな言葉を次々に提供する名コピーライターでもありました。
スポーツライター
二宮清純