小さな巨人 清水宏保「死を覚悟して臨むのがオリンピック」【二宮清純】

小さな巨人 清水宏保「死を覚悟して臨むのがオリンピック」【二宮清純】

氷上における"小さな巨人"と言えば、この人をおいて他にはいません。1998年長野五輪スピードスケート男子500メートルの金メダリストの清水宏保さんです。

■代名詞はロケットスタート

清水さんの身長は公称162センチです。長野五輪での表彰式。清水さんは一番高い、真ん中の台に立ったにもかかわらず、両脇のカナダ人より頭二つ分、いや三つ分は低く見えました。

無理もありません。銀メダリストのジェレミー・ウォザースプーン選手の身長は190センチ、銅メダリストのケビン・オーバーランド選手の身長は184センチ。それは、まるで2人のおとなに、子どもがひとり挟まれているような光景でした。

清水さんが、体格の差をものともしなかったのには理由があります。オンリーワンの武器とも言える"ロケットスタート"を身に付けていたからです。

普通の選手は、スターターが鳴らす「バン!」というピストルの音とともにスタートします。ところが清水さんは、「ピストルの音」ではなく、「スターターが引き金を引く音」に合わせてスタートを切ったというのだから驚きです。

後年、清水さんは私にこう語りました。
「僕は音に筋肉を反応させるトレーニングを積んできました。何か音が鳴れば、部分的に筋肉を動かす。体全体を反応させるのは無理ですから......」

清水さんが口にした、部分的な筋肉の代表格が大腿四頭筋です。この部位を、清水さんは、まるでボディビルダーのようにピクピク動かすことができました。筋肉とのコミュニケーションを可能にすることで、ロケットスタートに磨きをかけていったのです。

そもそも過酷な競技であるスピードスケートを始めた理由からして、清水さんの場合は異例でした。

「小児ゼンソクを少しでもコントロールしたいというのが動機でした」

そう前置きして清水さんは続けました。
「疾患を持っていたことによって、どういうコンディションが自分に向いていて、そのためにどんなメンテナンスをすればいいか。それを常に探し求めてきました」

■内面との濃密な対話

自らの内面との濃密な対話を通じて、自らの心と身体を、より深く知ることができるようになったというのです。

そんな清水さんがJOCの依頼を受け、2021年東京五輪の代表候補選手たちに講演を行なったのは、大会前の19年のことです。

演題は「覚悟」。国内のトップアスリートの多くが、清水さんの話を聞いて、「身の引き締まる思いがした」「自分を見つめ直すきっかけになった」というのですから、内容の濃さがしのばれます。

その一部をご紹介しましょう。
「極論をいえば、死を覚悟して挑むのがオリンピックです。オリンピックの300日あまり前からの緊張は、なかなか経験できるものではない。僕の場合、血尿が出始めました。嘔吐もした。夜中、何もしていないのに、急に心拍数が上がり動悸が激しくなって目が覚めることもありました。
しかし、こんな経験を味わえるのは長い人生の中でも、オリンピック前の何カ月間だけです。転倒した夢も見ました。それでバッと飛び起きる。金メダルの夢なんて、ひとつも見ない。見るのは悪い夢ばかりでした。
毎日が不安と重圧との闘いです。でも、今振り返ると、あの時間がものすごく貴重だったことに気付かされるんです。僕はオリンピック前の1年を、全てスケートのために費やした。だから、"やりきった"との思いで本番のリンクに立つことができたんです」

フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの詩の中に「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」という言葉が出てきます。作家の太宰治が、この言葉を自著『葉』の冒頭にて紹介し、日本でも有名になりました。

ミラノ・コルティナ冬季五輪に出場している世界中のオリンピアンが、この思いを共有しているはずです。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

連載一覧はこちら

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

連載一覧はこちら

スポーツ 連載コラム

もっとみる

スポーツ インタビュー

もっとみる