西野朗、ロシアW杯ポーランド戦の葛藤 「今にして思えば、あれは究極の選択」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2025.12.25
サッカー日本代表は、これまでW杯に7回出場し、決勝トーナメントに4度進出しています。最高位はベスト16(2002年日韓大会、10年南アフリカ大会、18年ロシア大会、22年カタール大会)、戦績は7勝6分け12敗(PK戦は公式記録上、引き分け扱い)です。
■期待値の低い船出
計25試合の中で、プレーする側、指揮を執る側にとって、あるいは観る側にとって、もっとももどかしく感じられた一戦といえば、18年ロシアW杯でのポーランド戦を措いて他にはないでしょう。
この大会の指揮を執ったのは西野朗監督です。日本のFIFAランキングは61位。コミュニケーション不足を理由に解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ監督の後を襲ったのが18年4月9日。ロシア大会が開幕する2カ月前のことです。
期待値の低い船出でした。西野監督にすれば、焼け火箸と化したバトンを手渡されたような心境だったのではないでしょうか。
本来、攻撃的なサッカーを好む西野監督ですが、前任者が推進した「タテに速いサッカー」を踏襲しつつ、自らの色を加えました。イチからチームをつくりかえるだけの時間は残されていませんでした。
このようにして、突貫工事で臨んだW杯ですが、一次リーグの初戦では、4年前のブラジル大会で1対4と完敗したコロンビア(同16位)を2対1で撃破しました。これはW杯で、日本が南米勢からあげた初の勝ち星でした。
2戦目はW杯で過去2度のベスト8進出を誇るアフリカの強豪セネガル(同27位)。リードされながら2度追い付き、2対2で引き分けました。
2戦が終わって1勝1分け、勝ち点4。グループの中で最下位のランキングであることを考えれば、上々のスタートでした。
決勝トーナメント進出をかけた3戦目の相手はポーランド(同8位)。舞台はボルゴグラード・アリーナ。ここまで勝ち点0とはいえ、FIFAランキングは、このグループ最上位の強敵です。
0対0の均衡を破ったのはポーランドでした。後半14分、ラファウ・クルザワ選手のフリーキックをヤン・ベドナレク選手が右足で決めました。
■喜びなきベスト16進出
同じ時刻、約760キロ離れたサマーラで、もうひとつの試合が行なわれていました。コロンビア対セネガル戦です。29分にコロンビアが先制したという情報が、日本ベンチに伝わりました。
このままのスコアで試合が終われば、コロンビアが勝ち点6でトップ通過。日本とセネガルは勝ち点、得失点差、得点で並びますが、この大会から導入された順位決定規定のフェアプレーポイントの差で、わずかに日本が上回るのです。
同点を狙って攻めるべきか、スコアの凍結を狙って守るべきか。指揮官は究極の選択を迫られました。
仮に積極的に仕掛けた場合、カウンターをくらえば失点のリスクが高まります。一方、守りを固めて、このまま試合を終わらそうとしても、コロンビアがセネガルに追いつかれて引き分ければ、セネガル1位、コロンビア2位、日本3位の順となります。つまり一次リーグ敗退です。
熟慮の末に、西野監督はスコアの凍結を指示します。残り15分、日本は後方でボールを回すだけで、一切、攻めようとはしませんでした。ギャンブルと言えばギャンブルですが、決勝トーナメント進出を狙うには、こちらの方が確率が高いと判断したのです。
結果的に西野監督の判断は吉と出ました。日本は負けを受け入れるかわりに、決勝トーナメント進出の切符を手にしたのです。
後年、この時の心境を西野監督に質すと、こんな答えが返ってきました。
「僕は信条的に攻撃的なスタイルが好きだし、どこかで勝負を決めたいと思っていた。そこに"他会場のスコアが動いた"という知らせが届いた。そうか、あと10数分我慢すれば勝ち抜けるのか......。ただし、そのためには、ボールを保持し続けなければならない。正直に言えば、なぜこういうゲームをやらせなければならないんだ、という葛藤はありましたよ。だからホイッスルが鳴り、ベスト16が決まっても喜びはなかった。今にして思えば、あれは究極の選択でしたね」
生き馬の目を抜くW杯には、時に理想よりも現実を優先しなければならない試合があるということです。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。














