のんが魅せる新境地――吉永小百合の青年期役の好演から橋本愛との再共演まで、才能が爆発した映画3選
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2026.08.09
唯一無二の圧倒的な透明感とみずみずしいエネルギーを有し、アーティストとしての創作活動でもさらに進化を続けている、のん。近年は地上波ドラマへの本格復帰も果たしており、7月期ドラマ「Tokyo middle 30」(フジテレビ系)に出演するなど、目覚ましい活躍を見せている。今回は、そんな彼女が出演した近年の映画の中から、3作を厳選して紹介する。
■"静かな意志"で体現した吉永小百合への見事な橋渡し『てっぺんの向こうにあなたがいる』
女性として世界初のエベレスト登頂に成功した登山家・田部井淳子をモデルに、主人公・多部純子の人生を壮大なスケールで描写した映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』。主人公の不屈の精神、家族との絆と葛藤、夫婦愛を克明に描いたヒューマンドラマだ。本作でのんが演じたのは、吉永小百合演じる主人公・多部純子の青年期。登山家としての純子の原点を形作り、女性だけでエベレスト登頂を目指すという前例のない挑戦へ踏み出す時代において、物語全体の精神的な土台を担う重要な役どころだ。しかも、吉永小百合のパートに自然につながる人物像を表現する必要があり、阪本順治監督作品の特徴でもある強烈なリアリズムが求められた。本作に挑むために「吉永さんの瞳の力を1パーセントでも表現できないかを研究した」と語っている通り、のんは吉永小百合の青年期を演じる点を強く意識していたことがわかる。
本作における吉永小百合への「橋渡し」という重要な役割に対し、のんは「純子の核」をしっかり表現した。人の話をしっかり聞き、相手を見る時には顔だけでなく相手に身体をしっかり向ける。そんな細かな所作を積み重ねることで、「青年期の純子」と「晩年の純子」が同一人物だと感じられる。視線や声のトーン、立ち姿に至るまで、じっくり観察すれば、のんが徹底して純子の人物像の礎をつくり上げたことがわかる。
本来、のんは個性的な演技をする俳優である。彼女が演じると、常に独特な味わいが加味されて、唯一無二の魅力を放つ。だが、本作では、個性を強く打ち出す芝居はむしろ封印し、作品全体の流れの中で主人公の人格形成を支える役割に徹している点が見事だ。吉永小百合が演じる晩年の主人公への自然な橋渡しを強く意識しつつ、阪本順治監督が求める写実的な演出にも、視線、身体の重心、呼吸、間、笑顔の質感といった細部を積み重ねて丁寧な芝居で応えている。派手な感情表現を抑制し、"静かな意志"が観客に伝わる。そんな深みのある演技で、のんが新境地を開拓した作品になった。

「てっぺんの向こうにあなたがいる」(C)2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
■怒りを笑顔で魅せる"暴走する知性"と橋本愛との化学反応『私にふさわしいホテル』
主演映画『私にふさわしいホテル』は、のんのキャリアの中でも重要な1本と言える。本作では、不遇な新人作家・中島加代子を演じた。文豪に愛された「山の上ホテル」に自腹で宿泊し、このホテルにふさわしい作家になることを夢見る加代子は、大学時代の先輩で大手出版社の編集者・遠藤道雄(田中圭)の力を借り、奇想天外な作戦で、権威としがらみだらけの文学界をのし上がっていく。コミカルな"痛快逆転サクセスストーリー"というユニークな物語だが、のんは、本作で"暴走する知性"を演じている。
のんは、『さかなのこ』では純粋さ、『Ribbon』では繊細さ、そして『てっぺんの向こうにあなたがいる』では静かな意志を表現してきた。タイプは違っても、観る者の共感を得やすい魅力的な主人公を演じることが多かったが、本作の加代子は、攻撃的で"うるさい"主人公である。異常に執念深く、負けず嫌い。自意識が強く、承認欲求も人一倍。相当癖の強い人物だが、どうにも憎めない。かつて自分の作品を酷評した大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)への恨みを晴らし、文壇でのし上がろうと懸命にあがく。ただ、怒りを感じても「怒鳴るのではなく、笑顔で表現する」といった巧みな演技を見せるところが彼女らしい。特に印象的なのは、編集者や作家たちと対峙する場面で、口元は笑っているのに、視線は相手を観察しているように見える。いわゆる「二重感情」の演技だが、加代子は一貫して、「相手を観察している」。作家の性として、相手をつい分析するのが癖になっているのか。それを視線でさりげなく表現するのんの演技は見事だ。
また、本作には「あまちゃん」以来の盟友である、橋本愛がカリスマ書店員役で共演している。のんの「動」の演技に対し、橋本愛は「静」。開放的なのんとは対照的に、橋本の演技は抑制されており、2人が同じ空間にいると、のんの有するエネルギーがより際立って見える。橋本と対峙(たいじ)することで、のん自身が意識的に加代子の前進力を強めているようにも感じられるのだ。そんな橋本との化学反応も本作の見どころのひとつだろう。怒り、嫉妬、野心、見栄といった、人間臭いマイナスの感情を全開にしながらも、チャーミングに見せてしまう。このバランス感覚こそが、本作におけるのんの演技の価値だ。コメディーだが、ドタバタ喜劇ではなく、感情を精密にコントロールしながら、「不遇な主人公が懸命に自らの居場所を奪い取る」姿を全力で演じきっている。

■「何もしない演技」で見せる成熟と、2作が繋がる面白さ『早乙女カナコの場合は』
『早乙女カナコの場合は』は、『私にふさわしいホテル』と同じく、柚木麻子の小説を原作とする映画だ。橋本愛が主演し、『三月のライオン』の矢崎仁司が監督を務めた。自意識過剰で不器用な主人公カナコの10年にわたる恋愛模様を中心に、彼女と周囲の人々が自分を見つめ直していく姿を描いている。「女性が仕事・恋愛・自己実現をどう両立させるか」をテーマに、大学入学から約10年間にわたる恋愛と仕事の変化を通して、「自分らしく生きること」を静かに問いかける映画である。のんの出番は多くはないものの、存在感は非常に大きい。面白いのは、本作でのんが演じる小説家・有森樹李は、『私にふさわしいホテル』の主人公・加代子のペンネームと同じ、という点。柚木麻子作品を映画同士でつなぐ「橋渡し」の役割を果たしている点も、本作の特徴だ。
『私にふさわしいホテル』では、「作家として認められたい」という願望が前面に出て、話す時も歩く時も常に戦っていたが、本作に登場する有森樹李は、「世間で認められている人」として登場する。この違いを、のんは極めて細やかな演技で表現している。『私にふさわしいホテル』では鋭い視線で動きが速く、セリフも常に力強かったが、本作では肩の力が抜けた柔らかな演技が印象的だ。のんは、控えめながらも存在感のある演技を見せており、『私にふさわしいホテル』を観ていれば、この対比にうなってしまうだろう。
有森樹李の担当編集であるカナコを演じる主演の橋本愛との「空気感」も特筆すべきだろう。「あまちゃん」以来、この2人が同じ画面にいるだけで、多くの視聴者には特別な感慨があるはず。本作では、2人の関係性に頼った演出はあえてしていない。新人の編集者と売れっ子作家という職業的な距離感を保っている。橋本愛が内向的で、感情を飲み込むような静かな演技をしているのに対し、のんは周囲に広がっていくような開放的な演技を見せている。2人の対比が、短い共演時間でも独特な印象を残し、なんということのない場面でもなぜか胸に残る。
作品自体にも触れておきたい。この映画は大学生だったカナコと恋人の長津田(中川大志)の2人が、社会人になり、仕事が変わり、価値観が変わる。恋愛というより、若者が大人になる過程を描いた作品だ。矢崎仁司監督作品らしく、派手な事件は起こらないが、時間が人を変える様子を丁寧に活写していく。のんの出番は多くはないが、重要な存在であることは間違いない。中島加代子(有森樹李)は、カナコにとって「仕事で目指すべき未来」を体現する人物だ。同時に、『私にふさわしいホテル』で必死に文壇を駆け上がった主人公が、自然体の人気作家として登場することで、柚木麻子作品の世界が緩やかに繋がる効果も果たしている。
『早乙女カナコの場合は』は、「成功した人がどう生きるか」を静かに問いかける作品だ。『私にふさわしいホテル』と2作続けて鑑賞すると、中島加代子(有森樹李)という人物だけでなく、のん自身の演技の成熟もより鮮明に味わえる。ぜひ、2作を続けて鑑賞してほしい。
文/渡辺敏樹



