ソン・ジュンギが惚れ込んだ韓国ノワールの傑作!映画『このろくでもない世界で』の衝撃と希望【古家正亨】
映画 見放題連載コラム
2026.09.14
日本の韓国映画ファンの間で、特に人気の高いジャンルと言えば「韓国ノワール」ではないでしょうか。権力構造やその闇にフォーカスを合わせた作品性とその背景にある社会性、そして......その先に待つ容赦ない暴力描写とそれによって観客が得られるカタルシスは、ある種の代理満足のようでもあり、それが「韓国ノワール」好きの心を充足させてくれる要素になっていると思います。
その一方、救いのないリアルな人間ドラマは、「韓国ノワール」の美学でもあり、時に後味の悪さをもたらします。その点で言うと、今回ご紹介するのは、まさに「ザ・韓国ノワール」といえる一本でありながら、これまでにない魅力を放った作品でもあるのです。

左からホン・サビン、ソン・ジュンギ
(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
映画『このろくでもない世界で』は、キム・チャンフン監督の初長編作品ですが、そのリアリズムに満ちた作品を覆う空気感は、生計のためにモーテルでアルバイトをしながら、受付のカウンターで執筆したという脚本から生まれたものと言えるでしょう。
■"痛い"ほど響くリアルな人間ドラマと社会の闇
酒に酔うと暴力を振るう継父、それを見て見ぬふりをする母親と暮らす18歳の高校生・ヨンギュは、義理の妹であるハヤンと愚痴をこぼしながら、一緒にハンバーガーを食べる時間だけを楽しみに生きていました。ある日、そんなハヤンを守るために暴力沙汰を起こしたヨンギュは、高校を停学させられ、示談金を求められることに。貧しい中、行く先を失ったヨンギュには生きる術もなく、結局、地元の犯罪組織のリーダーであるチゴンを頼り、彼のもとで仕事という名の"盗み"を働くことで生きていくことになります。
そんなヨンギュの夢は、いつの日かオランダへ移住すること。しかし、その夢はチゴンへの憧れによって消し去られるように、チゴンに認められることで、生きる希望を見いだしていきます。ところが、ヨンギュはある日、組織の掟に背いてしまうんです。守るべき存在であるハヤンも巻き込んだその先に、ヨンギュは何を見たのか。そして、チゴンとの関係は......。

左からホン・サビン、キム・ヒョンソ(BIBI)
(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
とにかく、この映画を擬音で例えるなら、チクチク......いやヂクヂクする作品です。個人的にここ数年見た映画の中でも突出した"痛さ"を感じる映画でした。それは露骨な暴力描写だけにとどまらない、登場人物たちの心の痛みが、同じ経験をしていないにもかかわらず、リアルに響いてくるんです。
邦題の『このろくでもない世界で』が示している通りで、この映画には「ろくでもない世界」の「ろくでもない人間」しか出てきません。彼らの背景には社会格差という問題があることは間違いありませんが、それを利用した者が、権力、金、そして暴力を使い、その劣悪な環境から逃げられない負のスパイラルを生み出しているんです。その中でもがき苦しむ18歳のヨンギュに同情しない人はいないでしょう。ヨンギュは自ら望んで「ろくでもない世界」で生きているわけではないのですから。そんなヨンギュに微かな光となったチゴンの救いの手は、彼の目指す「オランダ」になったのか......。
■ソン・ジュンギら名優陣と新星たちが生み出す奇跡のケミストリー

ホン・サビン
(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
主人公のヨンギュを演じたホン・サビンさんは、新人にもかかわらず、18歳という多感な時期......まさに少年と青年の間で揺れ動く時期に、人生の選択を迫られるヨンギュを、セリフだけでなく目や表情でしっかり演じているところが素晴らしい。
また、ヨンギュの"希望"であるハヤンを、ドラマ「最悪の悪」(2023年)でヘリョン役を好演したキム・ヒョンソ(BIBI)さんが演じているのも話題です。BIBIさんは韓国で大人気のシンガーソングライターですが、彼女は熾烈(しれつ)なオーディションを勝ち抜き、ハヤン役に抜擢されました。ハヤンの心の揺れと芯の強さを新人とは思えない演技力で演じきり、本作で"韓国のアカデミー賞"と呼ばれている百想芸術大賞(2024年)の新人演技賞に輝いたのは、必然の結果だったと言えるでしょう。

キム・ヒョンソ(BIBI)
(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
そして、なんといっても日本でも大人気の俳優ソン・ジュンギさんが、ヨンギュの救いの手であるチゴンを演じたことが、この映画を成功に導いた1つの原動力になっています。チゴンもまた、ヨンギュのような人生を歩んできたはずですが、彼の人生については映画の中で深く描かれません。でも......大酒飲みでもおかしくはないはずなのに、なぜ彼は酒を飲まないのか......といった細かい彼のディテールが、多くを語らずとも、その切なさを引き立てているんです。その余裕ある演技は、彼のキャリアと確かな演技力に裏打ちされています。

ソン・ジュンギ
(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
監督のインタビューを読むと、ソン・ジュンギさんは、主人公ではないのにシナリオを読んで一緒に仕事をしたいと提案してくれたそうで、ホン・サビンさん、キム・ヒョンソさん、そして新人監督というフレッシュな現場を、それぞれがうまく活躍できるように、良い雰囲気を作ってくれたそうです。そして中華料理店の主人を演じたチョン・マンシクさんやチュンボム(親分)を演じたキム・ジョンスさんといった、韓国映画・ドラマ界におけるレジェンド俳優たちの安定感ある演技も、どっしりとした構えの韓国ノワールの世界を作り出すことに、大きく貢献しています。
■暴力の果てに待つものは? 観る者に委ねられた"希望"
冒頭、"いわゆる韓国ノワールでありながら、これまでにない魅力を放っている"と紹介した理由ですが......この作品がヨンギュの青春物語として成立しているからだと思うんです。もちろん、見た目も、中身も韓国ノワールそのものであることは否定しません。でも、それ以上に「ろくでもない世界」に生きるヨンギュの未来に、この映画は、小さな可能性を与えてくれるんです。その可能性をどのように解釈するか、監督はエンディングで、観客にそれを委ねてくるんですが、少なくとも僕は、救われた気持ちになりました。きっと彼は「オランダ」にたどり着いたのではないかと。

(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, SANAI PICTURES, HiSTORY ALL RIGHTS RESERVED.
監督のインタビューを読むと、この映画には3つのエンディングが用意されていたそうですが、最終的に、このエンディングに至ったそうです。『このろくでもない世界で』ヨンギュは、一体何を見つけることができたのでしょうか。ぜひ、その目で直接確認してみてください。
古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)
ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。
古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)
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