組織論として捉える「踊る大捜査線」 青島(織田裕二)と室井(柳葉敏郎)は理想の上司と部下だった?
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2026.09.08
1997年の放送開始以来、劇場版やスピンオフを含めて、長年にわたって愛されてきた名作「踊る大捜査線」。9月18日(金)には『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』の公開も控えている。この新作映画公開に合わせて、J:COM STREAMでは「踊る大捜査線」THE MOVIE シリーズ4作品が視聴できる。そこで今回は、本作の核となる登場人物・青島俊作(織田裕二)と室井慎次(柳葉敏郎)に焦点を当て、2人を会社員に見立てた組織論として本作を捉えてみたい。

『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』 (C)1998 フジテレビジョン
そもそも「踊る大捜査線」は、単なる刑事ドラマではなく、「刑事も一社会人である」という視点で企画されている。織田裕二が演じる主人公の青島も、脱サラして警察官になった設定で、警視庁を「本店」、所轄署を「支店」と呼ぶことからして、警察を会社に見立てた組織論を意識していることがわかる。したがって、本作は青島=現場型社員、室井=管理職という構造で捉えると、組織論ドラマとして見ることもできるのだ。
■「生意気で危険な社員」の青島だが「人脈」が大きな武器に

『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』 (C)1998 フジテレビジョン
青島と室井は、非常に対照的な存在である。所轄の一刑事である青島は、最前線に立つ典型的な現場の人間で、キャリア官僚の室井は経営側に近い。ただし、2人は「現場VS管理職」という単純な対立構造ではないところが、本作の妙だ。むしろ、青島は組織の一員ではあるものの、組織の論理に染まりきらない。自分の使命(正義)を果たすためには、上層部にも反抗する。あまりにも有名な「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!」というせりふが象徴的だ。一方の室井は、組織の論理を理解しているが、問題意識を持って警察を改革したいと考えている。だからこそ、立場の違いを超えて2人は「共鳴」するのだ。この点が本作の重要なポイントになっている。

『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』 (C)1998 フジテレビジョン
ドラマの初期には、青島が警察組織の理不尽さに直面して「これじゃ前いた会社と変わらないよ」と嘆く場面がある。青島が転職した動機は、会社に嫌気がさしていたからでもあったが、警察にも上層部への忖度(そんたく)があり、立場が弱い現場署員の悲哀が存在していた。青島は、脱サラしたのに皮肉にも会社員時代と同様に悩まされていたのだ。ただ、この点には「昭和型組織」と「令和型組織」の違いが透けて見える。
昭和型の組織では、青島の最大の長所である「上司にはっきり意見する」ことは、タブーであり、生意気で「扱いにくい社員」の典型だ。犯人逮捕に貢献し、結果こそ出すものの協調性がない点、ルールに従わないことで、「有能ではあるが、組織人としては失格」という烙印を押されてしまうかもしれない。昭和型の会社では、「結果を出す」ことより「組織のルールに従う」ことがより求められたからだ。もし青島が昭和の会社員だったら、「仕事はできるが、反抗的で和を乱す危険な社員」という評価になるだろう。
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 (C)2003 フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー
しかし、面白いのは青島が決して「組織が嫌い」ではないことだ。彼は上司やトップには嫌われているものの、仲間には慕われている。コミュニケーション能力が極めて高く、仲間思いでもある。恩田すみれ(深津絵里)、真下正義(ユースケ・サンタマリア)、和久平八郎(いかりや長介)、柏木雪乃(水野美紀)ら湾岸署の仲間たちからの信頼度は抜群だ。仲間に愛される青島は、和を乱すどころか、実際はチームの求心力となる存在である。昭和型組織では、この能力は極めて重要だ。「派閥」ではなく「人脈」を武器として、青島は組織内で生き残ることができるだろう。
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 (C)2003 フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー
■令和の青島は「エビデンス」を求められて苦悩する!?
では、青島が令和型組織にいたらどうなるか。令和の会社では、昭和型組織ほど「上司に従え」という押し付けはない。反ハラスメント、コンプライアンス遵守が徹底され、多様性や顧客中心主義が重視される。こうなると、青島の「ものいう態度」が貴重になるのだ。昭和では「反抗的で生意気」とされた彼のズバッという提言が、令和になると「問題提起ができる社員」という評価に繋がるかもしれない。
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 (C)2003 フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー
ただ、令和の会社が青島にとって「居心地のいい」ものとは限らない。令和では「エビデンス」が重んじられ、昭和型組織で大目に見られた行動が問題視される可能性がある。青島たち現場署員が経験や勘で捜査の流れを主導したこともあったが、令和では、「その判断の根拠は?」と上から言われ、エビデンスが提示できないと意見を一蹴される可能性もある。熱意や経験、閃きでは、突破できない場面が増えていくはずだ。青島が令和の会社で生き残るには、「現場力」にプラスして客観性のあるデータが必要になる。そのために、普段から「記録」を意識して行動することが鍵になりそうだ。
■令和の室井は、管理職よりプロダクトマネージャーが適任!?
一方の室井はどうだろうか。「組織には組織の論理がある」ことを理解する室井は、上層部の意向を読み、そのうえで、現場を守ろうとする。官僚組織の中にいながらも、青島に影響され、現場を信頼して働ける環境を作ろうとする人物へ変化する彼の存在が、シリーズの核にもなっていた。柳葉敏郎も「管理官としてしか仕事をしてこなかった室井が、青島に協調することで、組織を改革しようとする責任感が生まれたと思う」という旨のコメントをしている。昭和型組織では、室井のようなバランス型の社員は大いに実力を発揮するだろう。

『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』 (C)2012フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー
しかし、令和の企業においては、「出世して組織を変える」という戦略そのものが難しくなっている。昭和の時代なら、「出世による改革」が成立しやすかったが、令和の組織は、ピラミッド型の組織よりフラット化した構造が求められる。上意下達が嫌われ、プロジェクト単位で働くことが増えた今、管理職になりたがらない若手が珍しくない。社内SNSや情報共有によって情報格差も縮小し、有能な社員ほど転職する傾向にある。現代では、「出世して経営陣に入って現場を変革する」という発想は古いと言わざるを得ない。
そこで、室井が令和型の組織で生き残るとしたら、「管理職」を目指すより、「調整役」に就くべきではないだろうか。自分が陣頭指揮を執って部下を動かすのではなく、例えば現場の仕切りは青島に一任し、上層部と交渉したり、予算の確保や問題解決の責任を一手に担うような立場。いわばプロジェクトマネージャーのような職務が適任だと思われる。青島とのコンビ関係として整理するなら、青島=現場の問題点を発見して指摘する役割、室井=問題点を組織の論理に照らして上層部に伝える役割、という形だ。室井は交渉役であり、青島らの言葉を「翻訳」する立場でもある。現代の企業において、このコンビネーションは極めて有効だと言えるだろう。この点こそが、組織ドラマとしての「踊る大捜査線」の核心だ。
2人のスタンスは、同じ価値観には立っていない。青島は「もっと現場を見ろ!」と主張するが、室井は「組織を動かさなければ現場は変わらない」と、冷静かつ現実的に考える。だからこそ、両者は互いに相手の能力を認め、青島は室井に「権力」を期待し、室井は青島に「現場力」を期待する。「踊る大捜査線」が描いた本店vs支店、キャリアvsノンキャリアの対立は、まさに一般企業の「本社と現場」「管理職と社員」の問題に置き換えられる構造であることに注目したい。青島と室井の関係は、いわば理想の上司と部下である。ただし、令和の組織においては、青島は正論や正義感だけで突っ走らずに、証拠やデータを収集して室井タイプのマネージャーを通して、上層部に提言することが必要になる。一方の室井も、「命令する上司」から「判断できる人間を育てる上司」へと変わる必要があるだろう。

『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』 (C)2012フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー
「組織に人間が合わせるのではなく、人間のために組織を変えたい」と思う青島に対し、「組織を変えるには、まず組織の中で力を持たなければならない」という哲学を持つ室井。両者は対立しているようで、実は補完関係にある。だから、ドラマでは、青島が「現場はオレたちが守るから、あんたは出世して警察を変えてくれ」と室井に託した。ただ、令和の組織で最も強いのは、青島が「現場の真実」を有し、室井が「組織を動かす力」を担うという組み合わせだろう。シリーズを通じての2人の「約束」は、単なる友情ではなく「現場が働きやすい組織を作る」という組織改革の物語へ発展していった。「踊る大捜査線」が多くのビジネスマンたちに愛された最大の理由がここにある。昭和は「組織の中でどう生き残るか」という時代だったが、令和は「組織に飲み込まれずに、どう組織を動かすか」が重要になった。青島俊作と室井慎次。2人を昭和と令和の代表者として捉えると、「踊る大捜査線」は、「日本型組織論」のドラマだったことが見えてくる。本作が日本の刑事ドラマ史上、極めて異質で価値の高い作品であることを感じざるを得ない。
文/渡辺敏樹




