相米慎二監督『あ、春』が刻み込む「中途半端な時代」の記憶と変わらないもの【尾崎世界観】
映画 連載コラム
2026.08.24
今回選んだ『あ、春』は1998年に公開された相米慎二監督の作品です。初めて観たのは、もう20年以上前ですね。相米作品の中では比較的わかりやすい作品だと思います。佐藤浩市さん演じる主人公の前に、ある日、死んだと思っていた父親が突然現れて、主人公家族の日常をかき乱していくというストーリーなのですが、思えば相米作品には霊的なモチーフが登場することが多いような気がします。
■日常をかき乱す"霊的な存在"と、山崎努の変わらないすごみ

左から山崎努、富司純子
(C)1998 松竹株式会社
霊的というのはつまり、人間なんだけど、その向こう側にも行けてしまうような存在。そういう存在が大事な登場人物としてよく描かれているイメージがあります。例えば『お引越し』(1993年)の場合は、子どもの視点で大人には見えない世界を見ている小学生のレンコ。『東京上空いらっしゃいませ』(1990年)にもそういう存在がいるし、『あ、春』の場合は、山崎努さん演じる父親の笹一が霊的な存在に当たるように感じます。
しかし、山崎努さんはずっと変わらないですね。ただ出てくるだけで、その作品がどういうものかを決めてしまうような存在感がある。
■1990年代の東京と、自分が育った"中途半端な時代"

左から富司純子、佐藤浩市
(C)1998 松竹株式会社
1998年って、確か日本が初めてサッカーのワールドカップに出た年ですよね。僕は中学3年生くらいで、子どもの目線から、大人と同じような目線にやっと変わっていく頃だった。でも自由に使えるお金がたくさんあるわけではないし、できないこともまだまだ多くて、頭の中は大人になっていきながら実感はそこに伴っていないという時期でした。
『あ、春』はそんな時代が捉えられた作品なので、映画の内容だけでなく、映し出される街の雰囲気を見ていても、あの頃の自分の感覚を思い出して懐かしくなります。主人公と村田雄浩さん演じる同僚が二人で行くバーも、自分が子どもの頃に憧れたバーの雰囲気だなあと思いました。『笑ゥせぇるすまん』に出てきそうなバーなんですよね(笑)。当時はハイボールがないから、ウイスキーは水割りかロック。この連載で以前取り上げた『GONIN』(1995年)に映っていた東京は、まだ景気がよかった時代の名残を感じさせたけど、『あ、春』はそのちょっとあとの時代で、本当に自分が知っている景色でした。
気になるのは、最近の映画を今の若い人たちが後々観返したときに「あ、あの頃の東京だ」と思うのかどうか。ちゃんと今の時代を思い出す手掛かりになるような作品があればいいんですけどね。それも映画の大きな魅力なので。
■時代を真っすぐに刻み込む映画の魅力

左から佐藤浩市、山崎努
(C)1998 松竹株式会社
相米監督の作品と言えば長回しが印象的ですが、『あ、春』の中では、終盤の病院の屋上のシーンが特に記憶に残っています。周りに大きなビルがいっぱいある、あの病院の屋上の車椅子のシーン。ああいうシーンを撮ることで、都市の移り変わりを描こうとしていたのかもしれませんね。
以前から、自分が中途半端な時代に育ったという自覚があります。そしてそれが自分の音楽性にも影響しているはずです。「なんでもない」感覚というか。でも、そんな中途半端な時代を生きてきたことが、決して悪いことだとは思っていない。例えばクリープハイプがデビューした時も、「もうCDが売れない時代にデビューして可哀想」と、よく年上の人たちに言われたんです。でも、自分たちにとっては今生きている時代がすべてなので、別に気にしなかった。
時代というのは、「あの頃に比べて、今は......」と比較されるものです。それはいつの時代も変わらない。でも、映画はそんな比較とは関係なく、風景や言葉遣い、俳優さんたちの姿によって、ひとつの時代を真っすぐに刻み込むものだと思うんです。だから『あ、春』を観ていると、自分が育った時代のことがすごく蘇ってくるし、それがすごくありがたいなと思います。
そう考えると、山崎努さん演じる、あの昭和からタイムスリップしてきたかのようなお父さんは、作り手の「変わりゆく時代に乗り切れない」という気持ちの映し鏡だったのかもしれない。「そんなに簡単に変わってしまっていいのか?」という、時代に対しての作り手の思いが、あのお父さんには乗っかっていたのかもしれない。そんな想像も湧き上がってきます。
■名作『お引越し』にも通じるタイトルセンスと監督の矜持

左から斉藤由貴、佐藤浩市
(C)1998 松竹株式会社
タイトルがいいですよね、『あ、春』って。他にも『ラブホテル』とか『お引越し』とか、相米作品はやっぱりタイトルがいい。
相米慎二監督には、いわゆる「昔の映画監督」のイメージと言うか、映画監督らしい映画監督という印象があります。実際、撮影現場でもすごく厳しかったそうです。何より、自分に対して厳しい人だったんでしょうね。「あの作品には満足していない」というような発言をしているインタビューも読んだことがあります。そうやって葛藤しながら、自分の表現を突き詰めていたところにも魅力を感じます。
※山崎努の「崎」は、正しくは「たつさき」
取材・文/天野史彬
尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
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