ヒールの本懐遂げたダンプ松本 「こんな楽しいことないじゃん」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2025.11.20
あらゆる競技を見渡しても、スポーツでこれだけ嫌われた選手はいなかったのではないでしょうか。女子プロレスラーのダンプ松本(本名・松本香)さんです。ダンプさんは65歳になった今もリングに上がっています。
■「ゆりやんは最高」
昨年9月から配信が始まったNetflixのドラマ「極悪女王」の大ヒットにより、再びダンプさんにスポットライトが当たっています。
このドラマは1980年代の女子プロレスブームを牽引した全日本女子プロレスの、いわば青春群像劇です。鈴木おさむさんが企画・脚本・プロデュースを担当し、白石和彌さんが総監督を務めました。
タイトルにもあるようにトップヒールのダンプさんの半生を、お笑いタレントのゆりやんレトリィバァさんが演じました。ライバルの長与千種さんは俳優の唐田えりかさん、ライオネス飛鳥さんは同じく、俳優の剛力彩芽さんが扮しました。
ゆりやんさんの演技力について聞くと、ダンプさんは、こう答えました。
「ゆりやんは最高だね。ダイエットしていたのに、このドラマのために45キロも体重を戻したって。体をつくるだけでも大変なのに、竹刀の打ち方、凶器を手にした時の眼付き、そしてマイクの持ち方、全て完璧だね」
ゆりやんさんだけでなく、唐田さん、剛力さんも迫真の演技を披露しました。
スーパーバイザーとしてドラマ制作に関わった長与さんは、こう話していました。
「彼女たちは本当によく頑張りました。実際にこの道場(女子プロレス・マーベラス)でトレーニングを行ったのですが、体重を増やし、うちの選手たちの指導の下で受け身を習得し、さらにモデルとなる選手たちが使っていた技までマスターした。彼女たちを見ていて"役者魂とはこういうものか"と思い知らされました」
ダンプさんと長与さんの血で血を洗う抗争は、今でも語り草です。
■バリカンの餌食
大げさでなく、日本中が悲鳴に包まれたのが1985年8月28日、大阪城ホールでの"敗者髪切りデスマッチ"です。古めかしい表現ですが、「髪は女の命」です。ある意味、互いが命の次に大切なものをかけて戦うというのですから、ヒートアップするのも当然です。
試合は予想通り、荒れに荒れました。ダンプさんが凶器で長与さんを血だるまにし、椅子で襲い掛かります。大量の流血で、長与さんは「目に真っ赤なセロファンをかけられた」ような状態になり、「ロクに相手が見えなかった」そうです。
しかし、一度闘争本能に火がつくと止まらないのがダンプさんです。「自分のやることで(館内の)1万6000人が泣いたり叫んだりするんだよ。こんな楽しいことないじゃん」と思ったというのですから、ある種のゾーンに入っていたのでしょう。さすがは「極悪女王」です。
試合は11分4秒、ダンプさんがKOで勝利しました。敗れた長与さんは、リングの上でパイプ椅子に座らされ、鎖りにくくりつけられ、ダンプさんのバリカンの餌食になりました。
あまりの残忍さに中継していた関西テレビには苦情電話が殺到、結局番組は打ち切りとなってしまいました。
振り返ってダンプさんは語りました。
「後で聞いたんだけど、若い女の子が5、6人救急車で運ばれたらしいよ。気絶して呼吸困難になったんだって。男の子の中にも泣いていたのがいたんだよ」
大観衆を恐怖のどん底に突き落とし、テレビ番組は打ち切りに。ダンプさんにすれば「ヒールの本懐」を遂げたような気持ちだったのでしょう。アクセルはあってもブレーキのないダンプカー。そこが「極悪女王」の最大の魅力でした。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。
二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。














