山本由伸、ノーヒッターならず 「最後は自分が選んだボール」【二宮清純】

山本由伸、ノーヒッターならず 「最後は自分が選んだボール」【二宮清純】

勝負はゲタを履くまで分からない――。スポーツに関わる者なら、耳にタコができるほど聞かされた話です。まさに、それを絵に描いたようなゲームでした。

■野茂英雄はノーノー2回

いったい、誰がこんな結末を予期し得たでしょう。天国に向かう階段があるのなら、あと一段のところで足を踏み外し、地獄に転落してしまいました。

今年9月6日(現地時間)、オリオールパーク。ロサンゼルス・ドジャースの先発・山本由伸投手は、ボルチモア・オリオールズ相手に9回2死までノーヒットピッチングを続けていました。許したランナーは、四球の2人のみ。3回を除いては、全て3人でオリオールズの攻撃を終わらせていました。

スコアはドジャースの3対0。大記録を狙うピッチャーにとっては、程よい点差です。歴史的な瞬間は、もうすぐのところにまで迫っていました。

参考までに紹介すれば、MLBでノーヒットノーランを達成した日本人ピッチャーは過去に2人います。

ひとりは日本人メジャーリーガーのパイオニアと呼ばれる野茂英雄さん。ナ・リーグとア・リーグで計2度も達成しています。

最初は1996年9月17日(現地時間)、コロラド・ロッキーズ相手に、「バッターズ・ヘブン」(打者天国)と呼ばれるクアーズフィールドで達成しています。そして2度目はボストン・レッドソックスに移籍したばかりの2001年4月4日、オリオールズ相手に、これまた敵地のオリオールパークでなし遂げています。

ちなみにア・ナ両リーグでノーヒットノーランを達成したピッチャーは、野茂さんを含め、サイ・ヤングさん、ジム・バニングさん、ノーラン・ライアンさん、ランディ・ジョンソンさんの5人しかいません。あらためて野茂さんの偉大さがしのばれます。

そして、2人目はシアトル・マリナーズ時代の岩隈久志さんです。2015年8月12日、本拠地のセーフコフィールドで、オリオールズ相手に達成しました。116球の熱投でした。

しかし、野茂さんも岩隈さんも、日本ではノーヒットノーランを達成していません。惜しかったのは野茂さんです。近鉄バファローズ時代の1994年4月9日、開幕投手の栄誉を担った野茂さんは、敵地で西武ライオンズ相手に、8回までノーヒットピッチングを演じていました。

■日米で大記録を

スコアは3対0。大記録まであとアウト3つ。9回、先頭の清原和博さんが放った打球はライト方向へ。捕れそうな打球でしたが、ライトが目測を誤り、2ベースにしてしまいました。

1死満塁となった時点で、近鉄の鈴木啓示監督は「心中する」と言っていた野茂さんを、抑えの赤堀元之さんに代えたのですが、結果的にはこれが凶と出ました。赤堀さんは伊東勤さんに、開幕戦史上初の逆転サヨナラ満塁ホームランを浴び、3対4で負けてしまったのです。

勝負ごとに"れば"や"たら"は禁句ですが、もしライトが目測を誤らなければ、野茂さんには、日米でノーヒットノーラン達成という、もうひとつの勲章が加わっていた可能性が高いように思われます。

話を山本投手に戻しましょう。山本投手はオリックス・バファローズ時代に2度、ノーヒットノーランを達成しています。2022年の西武戦(ベルーナドーム)と23年9月9日の千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)です。

この経験が、最後にはモノを言うのではないかと期待していました。あとひとりで迎えたバッターは左の1番ジャクソン・ホリデー選手。4球目でした。カットボールが、内角にやや甘く入ったように見えました。

ホリデー選手はこれを見逃しませんでした。振り抜いた打球はライト後方へ。ライトのアンディ・パヘス選手がフェンス際でジャンプしていたら、もしかして......と思わせる打球でしたが、残念ながら低いフェンスを越えていきました。

大どんでん返しは、この直後に待っていました。ドジャースはリリーフ陣がつかまり、あとひとりのところから、3対4と逆転サヨナラ負けを喫してしまったのです。本当に勝負はゲタを履くまで分からないものです。

試合後、打たれたボールについて聞かれた山本投手は、前を向いて答えました。
「最後は自分が選んだボールでした。いいコースには行ったけど、タイミングが合ってしまった」

毅然とした口調でした。

史上初となる日米でのノーヒットノーラン達成――。彼なら、いつかやってくれそうです。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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