モンスター井上尚弥、世界26連勝 「倒しにいかないことは難しい」【二宮清純】

モンスター井上尚弥、世界26連勝 「倒しにいかないことは難しい」【二宮清純】

モンスターの進撃が続いています。9月14日、名古屋IGアリーナ。ボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥選手は、WBA世界同級暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)選手に3対0の判定勝ちを収め、統一王者5度目の防衛に成功するとともに、世界タイとなる世界戦26連勝を飾りました。

■スピードで圧倒

試合前、井上選手は珍しく「今回は判定でもいい」と語っていました。

これには2つの意味があったと思います。ひとつはアフマダリエフ選手に対し、「キャリアで最高の選手」(大橋秀行会長)と陣営が警戒していたこと。昨年から今年にかけて、井上選手は2度ダウンを喫しています。いずれのダウンも試合の序盤、パンチの軌道を読み切る前に起きたアクシデントでした。

幸いダウンによるダメージは浅く、持ち前の強打で逆転KO勝ちを収めた井上選手ですが、不用意にもらったパンチが命取りになるのは、ボクシングの世界ではよくあることです。先のセリフには、自らへの戒めも込められていたはずです。

2つ目は、32歳にして、なおも進化し続ける自らの姿をアピールすることでした。この試合まで9割のKO率を記録していた強打者の井上選手ですが、本来は打ってよし、離れてよしのオールラウンダーです。多くのボクサーが目標に掲げる「打たせずに打つ」ボクシングを、誰よりも高い次元で表現できるのが、誰あろう井上選手なのです。

試合はスピードに勝る井上選手が序盤からペースを握り、着実にポイントを積み重ねていきました。2016年のリオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得したアフマダリエフ選手も、かなりのテクニシャンですが、井上選手のスピードに全く付いていくことができず、一発に頼るしかなくなりました。中盤にさしかかるあたりから、アフマダリエフ選手は何度も「来い! 来い!」というジェスチャーを繰り返しましたが、これは手詰まりの裏返しです。

■規格外のボクサー

試合後、井上選手は「何回も行ってやろうかと思ったシーンがあった」と語りましたが、はやる心をおさえて冷静なボクシングに終始しました。それが自らに課したこの試合のテーマだったからです。

倒さなくてもゼニのとれるボクシングをするのが井上選手です。6ラウンドには強烈なボディの連打でタフなアフマダリエフ選手を後退させました。

なみのボクサーなら、戦意を喪失し、試合を投げているところです。ダメージをおくびにも出さず、最後まで戦い抜いたアフマダリエフ選手の戦いぶりも、また見事でした。

試合後、井上選手は「アウトボクシングも行けるでしょう? 誰が衰えたって? 誰が衰えたって?」と観客に向かってアピールしました。

さらにはこんなコメントも。
「倒しにいかないことが、これほど難しいんだな、という発見はありました」

倒すのが難しい、とはよく耳にする言葉ですが、倒しにいかないのが難しい、とは初めて聞く言葉です。

この一言をもってしても、井上選手が規格外のボクサーだということが、よく分かります。なるほどモンスターとは、よく言ったものです。

次の試合は今年12月、サウジアラビアでのアラン・ピカソ(メキシコ)戦。これに勝てばジョー・ルイス(米国)さんとフロイド・メイウェザー(米国)さんと並んでいる世界戦連勝記録を更新し、32歳の若さながらプロボクシング界の"生けるレジェンド"となります。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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