池井戸潤ドラマに新風を吹き込んだと言われる一作 大泉洋主演「ノーサイド・ゲーム」はなぜ傑作なのか
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2026.10.19
2019年にTBSの日曜劇場で全10話が放送されたドラマ「ノーサイド・ゲーム」。池井戸潤の原作小説が、書き下ろし直後に映像化され、話題を呼んだ。主人公は大手自動車メーカー「トキワ自動車」のエリート社員だった君嶋隼人で、大泉洋が演じている。彼が左遷されて府中工場に着任し、「会社のお荷物」と呼ばれる弱小ラグビー部・アストロズのGMを兼務させられることから、物語が始まる。君嶋はラグビー経験ゼロというより、ラグビーを毛嫌いしていた。負債を抱えて会社から廃部を迫られているラグビー部を、君嶋が再生させようと奮闘する。ラグビー部を優勝に導くだけでなく、会社員・君嶋の再生物語でもあるところがドラマに深みを与えた。

(C)池井戸潤 (C)TBS
■普通のサラリーマンに見える大泉洋の主演起用がヒット
TBSは「半沢直樹」、「下町ロケット」、「陸王」といった池井戸作品を映像化して続々とヒットを飛ばしていた。プロデューサーは伊與田英徳、演出を福澤克雄が務めるのが、このラインの定番だったが、本作は「池井戸潤×大泉洋×福澤克雄」という組み合わせがポイント。「池井戸ドラマを知り尽くした制作陣」のキーマンである福澤は、名門・慶応大学のラグビー部出身。しかも高校、大学で日本代表として活躍したトップレベルのラガーマンだった男である。彼が満を持して本作に臨んだことは、想像に難くない。
主演に迎えた大泉洋は、池井戸作品の主人公に多かった重厚なイメージとはひと味違い、エリート的な印象ではなく、ヒーロー然ともしていない。ただ、普通のサラリーマンらしい雰囲気が魅力だった。「会社の論理」を理解し、当初は企業人の視点でラグビー部を捉える。「赤字部門ならば存在させる必要はない」という考えに近かったが、選手たちと関わることで少しずつ変わっていく。この心境の変化の過程を表現した大泉の演技が素晴らしい。声や表情、リアクション、間の取り方。そんな細かい演技が実に巧みで、序盤で視聴者の共感を得ることに成功したと言えるのではないか。
かくして大泉演じる君嶋は、ビジネスマンとしてラグビーに接し、やがてその魅力に気づかされていく。一方で、企業人としての評価を高めて本社への復帰を目指す。そんな「企業ドラマ×スポーツ」を掛け合わせた面白さが本作の大きな特徴だ。君嶋に課せられた課題は膨大だが、最初の大きな仕事は監督選び。大谷亮平演じる柴門琢磨が新監督に就任する。GMの君嶋はチーム経営を担い、組織運営や数字の部分を担うが、戦術や選手起用などチームを強くするのは監督の責任。いわば2人のリーダーがバディを組んで闘う。大学の同級生でもある2人が、当初は反目する部分も見せながら、共鳴してタッグを組んでいく展開が熱い。学生時代にスター選手としてメディアに登場するなど、人気者の象徴だった柴門に対し、君嶋は勉強ばかりの地味な学生だった。水と油のような2人が、お互いを認めて共に補完し合う展開は、まさに企業ドラマらしい構図だ。

(C)池井戸潤 (C)TBS
■元ラグビー日本代表を含む"素人俳優"の起用も当たった
だが、本作を成功に導いた最大の要因は、ラグビーシーンの活写力であると、筆者は思っている。ラグビーを描いた作品はこれまでもあったが、本作はその迫力とリアルさが桁違いなのだ。それを象徴するのが、キャプテンの岸和田を演じる高橋光臣とベテラン選手・浜畑を演じる廣瀬俊朗の2人だ。高橋は強豪・啓光学園(現:常翔啓光学園高校)と東洋大学で本格的なプレー経験を持つ生粋のラガーマン。廣瀬に至っては俳優ではなく、元日本代表主将を務めた日本のトッププレーヤーだった男。高橋は理解できるが、廣瀬の起用はまさに英断だった。結果的に、芝居は素人である彼の演技が本作に大きな説得力をもたらしたからだ。加えて、選手役として重要な役割を果たしたのが、中心選手・七尾圭太役の眞栄田郷敦である。
選手として挫折した七尾だが、ニュージーランドでのラグビー経験を経て、人生をやり直そうとする。君嶋は彼をラグビー部に勧誘し、君嶋が七尾を再生する一方で、七尾もまた君嶋を再生していくという相互作用も本作の肝だった。
また、廣瀬以外にもアストロズ選手役は、齊藤祐也、天野義久、田沼広之といったラグビーファンにおなじみの名選手がそろい、重要な役割を演じた佳久創にしても、俳優として活躍する前はトップ選手として七人制日本選抜にも入ったほど。アメフト選手だったコージを除く全員がラグビー経験者だった。佳久や天野は俳優としても活躍しているが、演技面のリスクを恐れず、ラグビーシーンをリアルに再現することにこだわった制作側の意図が透けて見える。繰り返すが、ラグビー経験のある俳優ではなく、ラグビー選手を俳優として起用し、しかも重要な役を演じた廣瀬の演技は本当に見事だった。チームの精神的支柱であるが、自信の衰えと葛藤し、引退を決意するというドラマを背負って起伏のある役どころを熱演した廣瀬の演技に、改めて拍手を送りたい。
本作以前の池井戸作品は、会社員VS巨大組織のバトルが中心だった。「ノーサイド・ゲーム」ではそこに、スポーツ、チーム、家族やファンという要素が加味されて、作品の世界観が大きく広がった感がある。「池井戸作品=企業ドラマ」という筆者の固定観念から脱皮する契機にもなった。企業が保有するスポーツチームを舞台にしたことで、プロスポーツとは異なる「企業スポーツの意義」というテーマにも踏み込んでいる。これはラグビーに限らず、他の実業団スポーツにも通じる問題だ。その点でも意味のある作品だと思う。
さらにエリートとして出世街道に乗っていた君嶋が左遷され、挫折を味わいながらもアストロズと出会い、新たな能力を発揮していく流れも痛快だ。「出世街道から外れた人間の再生」という物語としても見ごたえ十分である。

(C)池井戸潤 (C)TBS
■「ワンフォーオール・オールフォーワン」を象徴する物語
改めて本作を見ると、「ノーサイド・ゲーム」は、一人のヒーローが勝利する物語ではないことを痛感する。中心は君嶋だが、彼の力だけではどうしようもない。もちろん、監督の柴門だけでも同様だ。ラグビーの視点でも、岸和田や浜畑、七尾がどれだけ頑張っても、彼らだけでは勝利できないのだ。個人の能力を組み合わせることで初めて、「アストロズ」という組織が強くなる。数ある池井戸作品の中でもかなり特徴的だろう。思えば、すっかり有名になった「ワンフォーオール・オールフォーワン」という名言は、ラグビーが発祥である。さらに、タイトルに冠せられている「ノーサイド」は、ラグビーで試合終了を意味する言葉だ。たとえ敵同士でも、試合が終われば同じラグビーを愛する仲間である。作品全体の思想にもなっている。本作でも、社内に滝川常務(上川隆也)という強大な敵が君嶋の行く手を阻む。また、ライバルチームのサイクロンズという敵も強力だ。だが、最終的には、「敵か味方か」という二元論を超えるストーリーになっている。ゆえにタイトルが、「ノーサイド・ゲーム」なのだと筆者は思う。
大泉洋を「国民的ドラマの主演俳優」として押し上げただけでなく、池井戸ドラマの新しい形を提示し、企業ドラマ+スポーツドラマを融合させた新境地を開拓したこと。また、ラグビーを知らない層を取り込み、ファン増加に貢献したこと。さらに「組織とは何か」という普遍的テーマに正面から取り組んだこと。本作はラグビーを題材にしつつも、スポーツドラマに終始せず、「人が集まり、一つの目的に向かって進むにはどうすればいいのか」を見せてくれた貴重な物語だった。私見だが、これほど見ていて毎回胸が熱くなった作品はあまりない。「ノーサイド・ゲーム」は、まさに傑作と呼ぶにふさわしい。
文/渡辺敏樹
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