声優・速水奨インタビュー#3「変化にあらがいながら声優としてマイク前に立ち続けたい」

声優・速水奨インタビュー#3「変化にあらがいながら声優としてマイク前に立ち続けたい」

声優界きっての美しい低音ボイスで、色気と包容力に満ちたお兄様から絶対的な力を見せつける悪のカリスマ、またときにはその渋みを逆手にとったコミカルなキャラクターまで数多くの作品で名演を披露し、さらに「ヒプノシスマイク」ではシンジュク・ディビジョンのMCグループ「麻天狼」の神宮寺寂雷役としてラップを完璧に歌い上げ、ファンを魅了し続けている声優・速水奨さん。2013年には独立して、自身の声優事務所「Rush Stlye」を設立。現役でマイク前に立つ声優ながら、事務所代表としての顔も持っています。ところが速水さんにこれまでの歩みについて尋ねてみると、「じつは声優には興味がなかった」という意外な返事が......!このインタビューでは全3回にわたって、その軌跡と出演作品に対する思いをひもときながら声優・速水奨の原点と思いに迫ります。

■チームで作品を作り上げていく時代

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――親交の深い声優さんはいらっしゃいますか?

「『いつも一緒にあそぶ』という相手はいないんですが、お互い若い頃からライバルであり理解しあえる仲間という意味では堀内賢雄さんですね。

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少し前に彼とトークショーをやるということで、先立って写真撮影をしたんです。一緒にインタビューも受けさせてもらったんですが、最近彼はひげを生やしてるんですよ。

いい感じのナイスミドルになっていて、『なんだそのひげ、かっこいいじゃないか!』と(笑)。僕はひげが似合わないのでちょっと妬いています」

――速水さんも、ひげを伸ばされたことあるんですか?

「昔、『イケてないサラリーマンが新橋のガード下で飲んだくれてる』っていうコンセプトで撮影があって、無精ひげを伸ばしたんですが、本当そのくらいかなぁ(笑)」

――それで、堀内さんのかっこいいひげに嫉妬していると(笑)。堀内さんとは、お芝居の話もされるんですか?

「いや、芝居の話はほぼゼロですね。本当、たわいのない話ばっかり。でも彼と話すのは楽しいんですよ。トークショーでもどちらかといえば、僕ら自身が楽しんでいて、お客さんは置いてけぼりかもしれない。お互いに媚びないし、堀内さんの視点は独特だし、考え方とか話すことにいつも刺激をもらっています。

僕の妻の五十嵐や、堀内さんのマネージャーさんもみんな同世代でね、自分たちだけがわかるような話に没入しちゃって大人ばっかり楽しんでいるという(笑)」

――この業界に長くいらっしゃるからこそ、積もる話がありそうですね(笑)。ちなみに速水さんから見て、若い頃と今とで声優業界の変化ってありますか?

「一番は、タテ社会じゃなくなったことかな。昔はかなり上下関係も厳しかったんですけど、いまはもうまったくない。新人やデビューしたての方でものびのびと仕事をしているし、それはとてもいいことだと思います。
僕らが若い頃は、制作スタッフと仲良くなるなんてほぼなかったんですよ。当時はLINEなんてないし、電話番号を聞くのだって、そこそこ勇気が要りましたからね。でもいまの若い世代って制作スタッフともすんなりと仲良くなっちゃうんですよ。僕の事務所の新人からも『この間、原作の〇〇先生とごはんに行きました』みたいな話をよく聞きます。羨ましいかぎりです」

――それは大きな変化ですね。

「声優陣だけじゃなくて、『作り手側全体が一緒になって作品をつくってる』という感じが昔よりも強くなりますよね。いまのほうがチーム感は強いと思います。

昔は『何日何時、このスタジオ、この台本で』くらいの少ない情報でアフレコ現場まで行っていたのが、いまでは『この話は先生が特別に書き下ろした話で、こういう意図があって』とか、話の制作背景までちゃんと知った上でアフレコにのぞめる。要は『どんな演技をすればいいか』というヒントが多いんですよね。

いい意味で、僕の若い頃とはぜんぜん状況が違う。状況が違うからこそ、僕が口出しをするようなことはあまりないし、偉そうにしようと思ったってできないくらい(笑)。でも逆に、若い世代は僕らのような古株も大事にしてくれるんですよね。声優業界には幅広い年代の方々がいますけれども、お互い良い関係性で仕事ができているんじゃないかなと思いますね」

■ふだんの実力が出せれば、それでいい

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――大事にされているルーティンはありますか?

「ルーティンがあると『それをしなきゃダメ』という気持ちになるじゃないですか。それがイヤでつくらないようにしているんです。自分で規定して『こうじゃなきゃ』ってどこか不自由じゃないですか。

たとえば、アフレコのスタジオって大体モニターが4つ横並びで、その前にマイクが4本立ってるんですね。両端のマイクに立つと、台本を持つ手によってはモニターや全体が見えにくくて、やりづらかったりするんです。人によっては立ち位置を決めている人もいるんですが、僕は幸い両利きなのでどちらの手でも台本が持てる。だから『どのマイクに立つ』ということは決めずにどこでもいつでも入れるようにしています」

――ルーティンよりも、現場で柔軟でいられるようにしているんですね。

「そうですね。台本も、ふつう自分の役のところにマーカーを引いたり、出番のページの角を折り込んだりする人がほとんど。だけど僕は台本への書き込みもやめました。線もふりがなも書き込まず、まっさらなまま。
自分としては、そのほうがいつでも新鮮でいられるかな、面白い演技ができるかな、と思ってやっています」

――速水さんぐらいのベテランだからできる芸当のような気がします。

「いや、意外とベテランになればなるほど、その人独自のやり方があって、なかにはまるで絵画を描くように色鮮やかに台本に書き込む人もいるんですよ。たとえば『オレンジはこういう感情、青はこういう感情』といった具合に、その人だけがわかる暗号のような感じで。声優ごとのやり方の違いを見比べるのも面白いと思います。で、僕は何も書かない派。ただ、ときどき人のセリフを読んじゃったりもします(笑)」

――弊害が出てた(笑)。

「たまに読んじゃうことがあるから『集中しなきゃ』とつねに自分に言い聞かせてますね。あと書き込まないメリットとしては、台本を忘れてもなんとかなる(笑)。自分で持っていっても、スタッフに借りても、同じものなので」

――いつもまっさらな台本を使っていれば、書き込みがないからって焦ることはないですもんね(笑)。ルーティン以外で、速水さんが声優として大事にされていることはありますか?

「心持ちの話にはなりますが、『自分を過信しない』ということですね。

『もっとできるはず』という考え方って呪縛にもなると思うんですよ。その場だけのミラクルっていうのは絶対起きないと思っています。それよりも『ふだんの自分の実力が出せればそれでいいじゃないか』と。

そのかわり、ふだんの実力を客観視して確信を持てるレベルにしなければダメですけどね」

――あるはずのないゴールを目指してしまう。ほかのお仕事にも通じる言葉のような気がします。そう考えるようになったのはいつ頃でしょうか?

「40代ですかね。その頃、艦長やキャプテンのようなリーダーポジションの役をいただく機会が増えて、演技をするときに『責任感をもってやらなきゃいけないな』という思いが、強くなってきた。

その中で、ふと『責任ってなんだろう』と考えたときに『楽しく仕事すること』なんじゃないかと。楽しく仕事をするためには、自分の実力でできることを毎回必ず出さなきゃいけない。そんなことを考えながら仕事を重ねていくうちに、『過信しちゃいけない』という考えに至ったんだと思います」

――すごく面白いですね。管理職的な立ち位置の役を演じたことで、より責任感が増して「安定的なパフォーマンスを出す重要性」に気づいた。それって役を超えて、本物の管理職の思考のような気がします。若手プレーヤーが大金星を狙うのと真逆ですよね。

「そう、ときに役を演じているとその役の立場や境遇から、気持ちが芽生えてくることがあるんです。もちろん役だけじゃなくて、作品のテーマだったり、メッセージから気づくこともあります。

どの作品もどこかで自分とシンクロする部分があるし、感銘を受ける部分が必ずある。それって誰しも子どもの頃から本を読んだり、アニメを見たり、映画を見たりして受け取っているものと同じ感覚だと思うんですよね。声優になってもそれは変わらないわけで。

『自分はもっとできるはず!』と過信してしまうと、作品をそうした目で眺める姿勢も失われてしまう気がします。だから役を演じつつも、その作品やキャラクターを楽しんだり、味わったりすることはすごく大事だと思います」

■悪あがきしてでも立ち続ける

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――新人声優やこれから声優業界をめざす方に向けて、速水さんからメッセージをいただけますか?

「これは声優としての基本の基本ですが、言葉、日本語に対する感覚を研ぎ澄ますということ。たとえば、単位につく半濁音。『1分(ぷん)』、『2分(ふん)』、『3分(ぷん)』......『4分』は?

――"ふん"?

「そうですよね。いま、若い方は『4"ふん"』って言うんですよ。でも僕らの時代は『4"ぷん"』だった。この違いはすごく曖昧で、僕は日々『どっちになるんだろう』『NHKはどっちで言うんだろう』と考えながら過ごしていたりします。

ただ、これは『どちらが正しい』というものではなくて、変化の流れにあるときにどこかでスタンダードが定まるものだと思うんです。

こうした音便や言葉のアクセントに対して敏感でないと、プロとして対応できない場面が出てしまう。
僕たちに大事なのは演技年齢であって、実年齢ではない。20代の男性を演じるはずなのに『4分(ぷん)』と言ってしまうと、視聴者にとってはノイズになってしまいますから」

――......ライターとして耳が痛いです。

「もう一つ思うのは、時代や場所による喋り方の違いですよね。たとえば、ヨーロッパの薔薇戦争の時代の王族を演じるとして、どんな喋り方で、語尾はどうなるのか。現実的には、言語も時代も違うところに日本語で声をあてるので、ありえないことです。でも、作品としては『ありえる』と思えるレベルにまで持っていかなければいけない。

どれだけ多くの作品を観て、受け取ったものを蓄積しているか、演技に説得力をもたせるためにはすごく大切なんです。いまの新人や若い声優を見ていると、まだまだそこまでできている声優は多くない。

日本語という言語自体が時代によって変わるなかで、僕らはキャラクターの年齢、作品の時代背景を考えながら演じなければいけません。『言語学者になれ』とまでは思いませんが、そこに対する感覚は養っておいたほうがいいと思います」

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――速水さんは、今後どんな声優でありたいですか?

「あがき続ける。あがいていることが、商品であり続けられる声優でありたいですね。年齢にも、肉体にも、自分が持っているちっぽけな感性にもあらがい続けたい。

これから先 演じる役って、いまからは想像できないようなものがたくさんあると思うんですよ。そのつど、僕はあがかなければいけないし、商品にしなければいけない。たとえ悪あがきだとしても、その意識は持ちたいですね」

――あがき続けるためには、どんなことが必要ですか?

「肉体を鍛えること、あとは心を柔らかく保つことですかね。自分の内側からちゃんとエネルギーが出てくるように。

ステージ上であっても、マイク前であっても『そこに立っていられる』って実はすごいことなんですよ。見ると簡単なように思えるかもしれませんが、人によってはそこに『立てない』と感じてしまうほど。最初の頃は、僕だってちゃんと立てていませんでしたから。

緊張感、責任感、プレッシャー、重圧、期待。いろいろなもので押しつぶされそうになるなかで、そこに速水奨として立っているためには、自分の内から湧き出るエネルギーみたいなものがないと絶対に立てない。

悪あがきしてでもエネルギーを発し続けて、ステージやマイク前に立ち続けたいですね」

■「BLEACH千年血戦篇-相剋譚-」が放映 藍染惣右介を演じてきて

――2024年秋クールでは、「BLEACH 千年血戦篇」第3クールとなる「BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-」が放映されます。「BLEACH」にまつわる思い出といえば?

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「やっぱり藍染と一護の対決シーンですかね。それを収録した日は、朝 収録前に家で台本を読んでから、気持ちを作ってスタジオに行ったんですけど、小さなスタジオに40人くらいの声優が集まって。だけどその回はほとんど、僕と一護のバトルなんです。

それを40人の声優が囲んで見ているなか、芝居して。もう、ちょっとしたライブですよね。そんな環境だから緊迫感もあったし、ギャラリーがいて気持ちがのる部分もあった。言ってみればボクシングのリングに立っているような、ちょっとしたトランス状態。自分がどんなことを詠唱したのかも憶えてないくらいですから(笑)あの収録は忘れられないですね」

――現場の緊迫感が伝わってくるようです。藍染惣右介のキャラクターとしての魅力もお聞きできますか?

「一護との戦いは、ある意味で一護を覚醒させるための戦いだったんじゃないかと思える部分もあるし、僕の中では、藍染を正義か悪かという観念で語るのもどこか違う気がしているんですよ。

優しさというと違うけれども、究極まで行ったところに、かすかに愛が見える感じがするんですよね。これは演じたからこそわかることなのかもしれない。だけど、僕はそれを魅力に感じているかな」

――その"かすかに見える愛"は演じるときにも意識されていたんですか?

「いや、それはまったく(笑)。演じているときにフォーカスしていたのは、藍染の最強の絶対悪としての面だけでした。ただ後になって思い返したときに、そうなんじゃないかという思いが湧いてくるんですよね。

『BLEACH』のゲームで藍染のセリフを録り直したとき、自分のかつての演技を思い返して『すごいことをやっていたんだな、僕』という気持ちになりました(笑)」

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――最後に「BLEACH」という作品の魅力をお聞きできますか?

「初めて藍染惣右介を演じたときには、こんなに広がっていく作品だとは思ってもいませんでした。それは多くの人に愛されるという意味でも、展開する物語という意味でも。

前々回、『グレンダイザーU』のお話をしたときにアブダビに行った話をしましたが、向こうにも『BLEACH』ファンはすごく多いんです。ある王族の方は刀を6本も持っていらして、『刀身にサインしてくれ』と(笑)。世界に広がっている作品なんだなぁというのを肌で感じましたね。

物語という意味では、戦いが果てしなく続き、強大な敵が次々に現れて、その中で"強さ"とはなんなのかをひたすらに考えてしまう。一護をはじめとする登場人物の成長は、『どこまで行けるんだろう』という果てしない広がりを感じさせてくれるし、限界突破的な楽しみ方がすごくありますよね。これほど少年心をくすぐる作品はそうない。

『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』も話がクライマックスに差し掛かっていくなかで、『BLEACH』らしさがいかんなく発揮されていると思うのでぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです」

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取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃

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