声優・速水奨インタビュー#2「『初めて自分の声を聴き、あまりの下手さに愕然とした』声優としての自覚が芽生え始めた速水奨の原点とは」

声優・速水奨インタビュー#2「『初めて自分の声を聴き、あまりの下手さに愕然とした』声優としての自覚が芽生え始めた速水奨の原点とは」

声優界きっての美しい低音ボイスで、色気と包容力に満ちたお兄様から絶対的な力を見せつける悪のカリスマ、またときにはその渋みを逆手にとったコミカルなキャラクターまで数多くの作品で名演を披露し、さらに「ヒプノシスマイク」ではシンジュク・ディビジョンのMCグループ「麻天狼」の神宮寺寂雷役としてラップを完璧に歌い上げ、ファンを魅了し続けている声優・速水奨さん。2013年には独立して、自身の声優事務所「Rush Stlye」を設立。現役でマイク前に立つ声優ながら、事務所代表としての顔も持っています。ところが速水さんにこれまでの歩みについて尋ねてみると、「じつは声優には興味がなかった」という意外な返事が......!このインタビューでは全3回にわたって、その軌跡と出演作品に対する思いをひもときながら声優・速水奨の原点と思いに迫ります。

■声優としての原点「超時空要塞マクロス」

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――前回のインタビューでは、劇団四季を辞めてから「アマチュア声優・ドラマ・コンテスト80」でグランプリを受賞し、ラジオやアニメ、イベントなど声優の仕事が入り始めた話をお聞きしました。

「そうですね。そこから色々やらせていただく中で、アニメ番組のレギュラーもふたつほど始まり、その後、たまたま他の事務所のマネージャーさんからオーディションの話をいただいて。それが『超時空要塞マクロス』でした。

これが、僕が初めてオーディションに受かった作品でもあり、テレビを通して自分の声を初めて聴いた作品でもあるんです。当時は家庭用のビデオレコーダーでも20万円くらいしましたから、それを初めて買ってね。
Nationalの『マックロード』という製品でリモコンが付いているんですけど、有線なんです。1mくらいの(笑)。でも画期的だったなぁ」

――ビデオデッキが!? しかも有線のリモコン?!

「そのときは川崎に住んでいて駅前の電気屋さんで買ったんですけどね、もちろん現金じゃ買えないので『月賦』といって、要はローンですよね。でも信販会社もないし、引き落としでもないから、毎月お店に行って料金を支払って。本当の"信用ベース"ですよね。

で、そんな高い値段のビデオレコーダーを買って、『マクロス』のオンエアを初めて自分で録画してみるわけですよ。そうすると、あまりの下手さに愕然とする(笑)」

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――速水さんにも、そんな時代が......!

「もちろん、ありますよ。声優なら新人の頃、みんな経験があると思うけど、自分の声だけ浮いて聞こえるんですよね。だから、録画した『マクロス』を観ながら『どうしたらこの浮いた感じを埋められるんだろう』ってずっと考えていましたね」

――アフレコを続けているうちに何か掴めてくるものなんですか?

「少しずつ、ですけどね。3クールの作品だったんですが、自分の登場話数を考えると大体半年くらいかな。いろいろ試行錯誤して。

それに演技だけじゃなくて、それまではどの現場に行っても、周りの方ともあまり喋れなくて、ずっと一人ぼっちの感覚が大きくて、『声優なんていつでもやめてやる』って思っていたんですよ。なんていうんだろうな......防衛本能の強い保護猫みたいな感じというか」

――だいぶ警戒心強いですね(笑)。

「それが『超時空要塞マクロス』の現場で、たくさん試行錯誤したり、先輩たちからいろいろなことを教わったり、共演者の方たちと打ち解けてお話しできるようになったりしたことで、少しずつ声優としての自覚を持てるようになってきた。

そのときの経験は今でも自分の中で大きなものだと思いますし、いま僕がここにいる原点だという気がしています」

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――速水さんが演じるマクシミリアン・ジーナスは、"マックス"の愛称で長く愛されているキャラクターですよね。初登場時は16歳でしたが『劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!』では73歳の姿でも登場しています。

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「当時を思えば、こんなに長くマックスを演じるなんてまったく思いもしなかったですね。こんなキャラクター、なかなかいないですよ。だって、カツオやタラちゃんは何年経っても大きくならない(笑)。

マックスは、作品の中で年を重ねるどころか、もう僕の年齢も超えてしまいましたから(笑)。ただ、彼を演じる上では一緒に年を重ねていっている感覚はあるので、『マクロス7』にしろ『マクロスΔ』にしろ、彼の目線や姿勢、思考というのはすっとなじめる感じがしましたね」

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■揺るぎない正義と優しさを。「アンジェリーク」ジュリアス

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――ネオロマンスシリーズの「アンジェリーク」では光の守護聖であるジュリアスを演じられています。

「初代『アンジェリーク』が出たのは90年代でしたよね。その時代、『女性向け恋愛シミュレーション』なんてなかったので、そのジャンルを打ち立てた礎みたいな作品だと思います。

当時、スーパーファミコンの技術だとまだ音声がゲームで出せなくて、そんな中で『アンジェリーク』はドラマCDを作ったんですよね。それで、スーパーファミコンのソフトの電源とCDの再生ボタンを同時に流すと、まるでフルボイスかのようにプレイできるという」

――めちゃくちゃクリエイティブ。

「技術が足りない中で、アイデアと工夫があったなと思います。9人の守護聖というのも、当時の男性声優の中で人気がある方々を揃えたという感じだったんですが、これがなかなかに、みなさんひとクセもふたクセもあるような方ばかりで。

みんな個性的すぎて、スタジオでも『和』なんて言葉はまったくなかった(笑)。各々が我が道をゆくような猛者ばかりでしたね」

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――個性派ぞろいですもんね......!速水さんから見たジュリアスの魅力をお聞きできますか?

「揺るぎない正義と優しさ、ですかね。
"揺るぎない何か"って、僕はフィクションの世界にしかないと思うんですよ。ふつう、生きている人間はどうしたって揺らぐじゃないですか。そんな現実の中で、僕らが作り上げるキャラクターの人物像って"希望"とか"指針"というシンボルになるものだと思うんですよ。ジュリアスはまさしくそんな存在だと思います。

でもその演技となると、これが難しい。彼自身に感情の揺れ動きは少ないですが、逆にそこにピタッと演技がはまらないと、違和感が出てしまう。

じつは個性的なキャラクターっていうのは意外と演じやすくて、一方で振り幅の少ないジュリアスのようなキャラの方が苦労する人は多いと思います。

まっすぐコントロールできないと、観ている人がいろいろなことを類推してしまう。ジュリアスの演技はそんな類推すらさせない、確固たるものを表現しなければいけないので、じつは演じ手にとってはハードルが高いキャラクターです」

――ジュリアスを演じるときにはどんなことを心がけているんでしょうか。

「まずは美しく喋ること。そして正しく丁寧。言葉を崩すことがあってはいけないし、余計な思いが見えてもいけない。強くて優しくて、まっすぐで規律正しい、理想とするような喋り方ですね。

イメージでいえば貴族よりの騎士(ナイト)かな。だれが聞いても『ジュリアスだ』とわかってもらえる。そんな演技を目指しています」

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Nintendo Switch Onlineにてスーパーファミコン版
『アンジェリーク』が配信中!

■独立してさらに広がった世界

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――速水さんは現役の声優でありながら、2013年Rush Styleという声優事務所を立ち上げていらっしゃいます。事務所設立はどんなきっかけだったんでしょうか?

「前の事務所に所属しているとき、仕事がなくなったわけではないんですが、ふと年齢的にも『あ、このまま自分はフェードアウトしていくんだ』ということを、妙に感じ入ってしまったことがありまして。

そんな矢先に妻が『ねぇ、あなたはなんでゲームの仕事とかしないの?』って言われたんですよ。僕としては全然、選り好んでいたわけではなくて、知らなかっただけで『ゲームの仕事って、そんなにあるの?』と聞き返した。そしたら『みんなやってるよ』と」

――僕、スパロボシリーズが好きなんですが、速水さんは複数の役で出られているのでゲームの仕事をしていないイメージはまったくありませんでした(笑)。

「スパロボは、アニメ作品がらみのものですからね(笑)。それとは違って、原作のないゲームの仕事も、じつは結構あって、僕はやってなかったみたいなんですよ。

そう考えると、僕が勝手に『自分にはこういうオファーはない』と感じていたタイプの仕事っていくつかあって。"年齢的にフェードアウトしていくかどうか"って、案外わからないかもしれないなと思った。そのとき挑戦する意欲が出てきて、初めて『外に出てやってみよう』という気持ちになったんですね。

そのタイミングで僕と妻の教え子だった男性がちょうど大学を卒業するというので、彼を誘って二人で始めて。それで独立してみたら、最初の1年間でびっくりするぐらい、いろいろな仕事をいただいたんですよ。『これは、フェードアウトなんて僕が勝手に思ってただけなんだな』というのを感じて」

――1年目から順調な感じだったんですね......!

「おそらく依頼するほうも頼みやすくなったんじゃないかと思うんですよね。それで次の年には妻も合流しまして、新人も採るようになり、養成所もつくり......ということでだんだんと広がってきて今に至る、という感じです。

とはいえ僕自身がプレイヤーなので、どうしても会社の形を整えるのは時間がかかってしまったんですけれども、徐々にいろいろなことを整えていって。今思えば、設立から10年経ってようやく会社らしい形になってきたのかなという気がしています。

養成所はいまが8期生で、1~3期生の子たちはもういい形で世の中にも出て来られる状況になってきました」

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――ご自身も声優として活躍されるなかで、大変な部分もあると思いますが面白いと感じることも多そうですね。

「そうですね。大変さよりは、どちらかといえば面白さのほうが大きいかな。

自分だけの仕事なら、そんなに夢を見たり、一喜一憂することって少ないと思うんですよ。でもうちの新人って、なんなら養成所の入所試験のときから見てますから。その子たちがオーディションに受かって、この業界に入って僕たちの知ってる仕事仲間と共演して......というシーンを見ていると、やっぱり感慨深いですよね」

――ご自身の会社から、また縁と人間関係が広がっていくような。

「そうですね。よく『この間、〇〇さんにごちそうしていただいて』とかって、新人の子が僕に言うんですよ。そうすると僕もその方に『ありがとう。今度は僕がごちそうするからね』とは伝えるんですけど、これがなかなかお返しをする機会が巡ってこない。

そうこうするうちに、また新人の子が同じ人にごちそうになって、という図式ができあがっていたり(笑)。ありがたくも、申し訳ないなと思うことばかりです」

――でも、すごくいい形でこの世界に加われている証拠ですよね。事務所の代表として、所属声優たちにはどんなことが大事だと伝えているんですか?

「明確に『こうしなさい』ということはほとんど言わないんですが、僕自身も授業をもって教えたりもするので、新人には仕事をする上での心構えみたいなものは伝えますね。それは、一つ一つの仕事を大事にすること、自分のいまの実力を把握すること、あとは常に向上心をもつこと。この辺は、みんなきちんと理解した上で現場に出ているなと感じます。あとはとにかく『優しくあれ』ということは伝えています」

――「優しくあれ」には、どんな意味を込めているんしょうか?

「昔の話になりますけど、僕らが新人の頃って、スタッフをアゴで使うような先輩声優がたくさんいたんですよ。もう本当にパシリかのようにスタッフを使ってしまう。

僕自身、それを目の当たりにしながら『うわ、これはアウトだろうな』と思って、スタッフの方とも対等に接するようにしていたんです。案の定というか、そういうアゴで使われていたスタッフが、いまや大きな会社の社長になっていたりするんですよね」

――アゴで使っていたつもりがいつの間にか関係性が逆転してしまう......!

「もちろん『そういうことがあるから優しくしろ』というわけではなくて、新人だろうとなんだろうと、人と人とが仕事をしている以上、お互い対等であるということをわきまえないと、そもそも失礼だし、どこかでパワハラに繋がるかもしれない。

そういう歪んだ関係を作ってはいけないということで『どんな立場であれフィフティ・フィフティで仕事をしよう』という話をしますね。『優しくあれ』という言葉には、そういう意味も込めているつもりです」

■一曲に込められた歌い手の人生「ヒプノシスマイク」神宮寺寂雷

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――続いて「ヒプノシスマイク」についてもお伺いしていこうと思います。まずは、「声優がラップを歌う」って最初に聞いたときは、率直にどう感じましたか?

「いや、とんでもないと思いましたよ。元々は、ラップという音楽に全然馴染みがありませんでした。なので、まさか自分が関わるなんて、1ミリも考えたことはなかったし、この歳になって『こんなに歌の練習するのか俺は!』という感じだったかな(笑)。

そしたらあれよあれよという間に話が進んでいって、気付けばラップを歌ってCDを出して、挙句のはてにライブまで出ているという(笑)」

――ご自身にとっても、すごく意外だったんですね。「麻天狼」神宮寺寂雷としてのパフォーマンスのときは、どうやって気持ちをつくっているんでしょうか?

「とくにライブのステージで言えば、あんまり寂雷をやりすぎるといやらしいし、かといって速水奨個人としてステージに立つわけにもいかない。その微妙な塩梅の気持ちでのぞんでいますかね。寂雷6:速水4、くらいかな(笑)。

でもありがたいことに、『速水奨の好きなキャラのランキング』なんかでも神宮寺寂雷は結構上位にくるキャラクターなんですよ。元々、ラップに馴染みのなかった自分からすると、それだけいろいろな方が聴いてくださっていることが、本当にありがたいと思います」

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――でも元々ラップに馴染みがなかったというところから察すると、相当 練習なさっているんじゃないでしょうか。

「それはもう、大変(笑)。ふつうの歌ってどんなに長い歌詞でも、せいぜい見開きひとつで終わるじゃないですか。僕が歌っている寂雷のラップ、歌詞だけで6ページとかあるんですよ(笑)。

『一曲の中に、こんなに言葉が詰まってるのか。なんなら、お経よりも詰まってるんじゃないか』と思ってしまいますよね」

――元々、ヒップホップというジャンル自体が「自分の人生をのせる音楽」だと聞いたことがあります。

「そうなんですよね。以前のライブにAwichさんがゲストで来てくれたんですが、すごくかっこいいんですよ。
彼女には壮絶な過去がありますが、それすら彼女はみずからのラップにのせて思いを音楽にして届けている。
Awichさんが歌う姿を見て、『ヒップホップというジャンルは、人生を背負ってやるものなんだ』というのを改めて実感しましたよね」

――そう考えると「ヒプノシスマイク」の声優陣は、キャラクターの人生を背負ってパフォーマンスをしているんですね。

「僕たちはあくまでキャラクターにのせて歌う役目なので、それはやっぱり考えなくちゃいけないし、『作品の中での神宮寺寂雷という人物』と『そこにキャストされている声優・速水奨』という図式を、ちゃんと意識しながら表現したいというのは常々感じています。

もちろん僕が感じていることだけが正解ではなくて、声優によって『どんな思いをのせて歌うか』はまったく違う捉え方でいいと思うんですよ。

そのいい意味での違いやばらつきがキャラクターごとの個性にもなるし、『ヒプノシスマイク』の楽しさや魅力にも繋がっているのかなと思います」

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取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃

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