ギャップだけじゃない!誠実に生きている人へのエール「悪役令嬢転生おじさん」【サンキュータツオ】

ギャップだけじゃない!誠実に生きている人へのエール「悪役令嬢転生おじさん」【サンキュータツオ】

異世界転生ものは、もはや日本の文化と言ってもいいほど爛熟(らんじゅく)期を迎えている。と同時に、毎クールもはや出尽くした感もある中で、ここに転生極まったという作品が登場した。それが「悪役令嬢転生おじさん」である。

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(C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS

「おじさん」×「悪役令嬢」の異世界転生もの

おじさんが転生するものとしては、2022年アニメ化の「異世界おじさん」が記憶に新しい。異世界のイメージから最も遠い存在であろう「おじさん」を主軸に据えることで、異世界の解釈の面白さをユーモラスに描いた作品だ。ゲームの世界も少し古い時代の知識しかないおじさんが、なんだか分からない世界で無駄に活躍してしまう物語が、いまだに愛されている。

また、悪役令嬢ものとしては、2020年アニメ化の「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった...」、通称「はめふら」が大きな話題となった。ゲーム世界のヒロインやヒーローではなく、ヒール役としてヒロインを立てる役割をあてがわれた存在「悪役令嬢」に転生するので、必要以上に愛されてはいけないという点が、やはりユーモア満載に描かれた。悪役令嬢ものは、その後もアニメ化され、立派なジャンルになったと言っていいだろう。

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(C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS

おじさんの憲三郎が、悪役令嬢のグレイスに!

本作は、そんな「おじさん」と「悪役令嬢」という文脈の延長にあって必然的に出てきた作品ともいえるが、やはりそれだけではない。原作のオリジナリティーともいうべき、おじさんのキャラクター、つまり本作の主人公である屯田林憲三郎という人物の魅力が突き抜けている。ハイコンテキストな設定でありながら、誰しもが楽しめる作品になっているのは、まさにこの人物がいるからだと思う。

52歳の憲三郎は、勤勉な日本人を象徴するようないでたちの公務員。妻子もあってオタク的気質もあるが、その知識はやや古めかしい。しかし、娘のやっていた乙女ゲーム『マジカル学園ラブ&ビースト』をなんとなくチラ見はしていた。交通事故に遭ってしまった憲三郎は、そのゲームの中の悪役令嬢グレイス・オーヴェルヌに転生し、グレイス=憲三郎となったわけである。

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(C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS

おじさんと悪役令嬢が融合したからこその面白さ

見た目はグレイスが動いて話しているだけなのだが、心の声の憲三郎と、グレイスの声で声優さんを2人起用し、グレイスの「思考」と「発言」を切り分ける。さすがにおじさんが無理してお嬢様言葉をしゃべるのは痛いので、自動的に言葉遣いを変換する能力を身に着けて「痛さ」まで取り払ったのである。

これが面白いんだなあ。結構盲点だったのが、中身が「おじさん」であるギャップだけでいくのかと思ったら、登場人物たちは青春を謳歌(おうか)する若者なので、グレイスは「親目線」で彼らに接してしまう優しさを持ち合わせているんですよ。普通であれば、転生した世界でうまくやり過ごそうと、悪役令嬢らしく振舞うだけで面白いのだけれど、娘や息子のような世代と接するように「この子はもしかしたら、今こういうことで困っているのかもしれない」と、下心抜きに接してしまうことで、内面が評価されてしまうのだ。

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(C)上山道郎・少年画報社/悪役令嬢転生おじさん製作委員会・MBS

公務員スキルと誠実さで予期せず大活躍!?

また、公務員としてのスキルも発動してしまうため、生真面目で慎ましく、無心で人のために役立ってしまう。例えば、ヒロインのアンナが生徒会の予算チェックでお金の計算が合わないと悩んでいると、グレイス=憲三郎は独自に制作していた「そろばん」で事態を解決してしまうのだ。そろばんて!

しかし本作、この面白い設定と物語の中にも見ようによっては、実は「内面」の大切さを表現しているように見えて感動してしまう。誠実に生きている人間の内面が、きちんと世界と世代を超えてバレてしまうのだ。バズったり目立った評価をされていなくても、誠実に生きている人へのエールにも思える。

ただ、グレイス=憲三郎は悪役令嬢。ヒロインとヒーローが結ばれる運命を壊してはならない! じゃあどうすればいいのだ! というところが大変面白いので、ぜひ本編をご覧いただきたい。

サンキュータツオ

サンキュータツオ (芸人、日本語学者)

芸人、日本語学者。芸人として活動するかたわら大学教員を務め、アニメなどのサブカルチャーにも造詣が深いサンキュータツオが、今クールのおすすめアニメを紹介する。

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