輪島功一vs柳済斗、50年前のリ・マッチ。「輪島を見習い人生をやり直せ!」【二宮清純】

輪島功一vs柳済斗、50年前のリ・マッチ。「輪島を見習い人生をやり直せ!」【二宮清純】

ボクシングの世界戦において、リターンマッチは特別な意味を帯びます。返り討ちにすることで格の違いを見せつけたいチャンピオンに対し、チャレンジャーの場合、さすがに同じ相手に2度も続けて負けたとあっては、面目丸潰れです。リターンマッチに名勝負が多いのは、そうした理由によるのかもしれません。

■韓国の日本人キラー

日本ボクシング史上最高のリターンマッチといえば、やはりこの試合にとどめを刺すのではないでしょうか。1976年2月17日、東京・日大講堂で行なわれたWBA世界ジュニアミドル(現スーパーウェルター)級タイトルマッチです。チャンピオンの柳済斗さん(韓国)に、前王者の輪島功一さんが挑みました。

下馬評は圧倒的に輪島さんが劣勢でした。というのも、輪島さんが王者として柳さんを迎え討った前年6月7日の対戦で、輪島さんは7回KO負けを喫していたからです。

アクシデントが発生したのは5ラウンドです。終了のゴングが鳴った瞬間に放った柳さんの右ストレートを受け、輪島さんは尻もちをつきました。それ以降、輪島さんは「揺れる船の上で戦っているみたいな状態」に陥ったそうです。

7ラウンド、輪島さんは柳さんの右のオーバーハンドから返しの左のショートフックを受けダウン。どうにか立ち上がったものの連打を浴び2度目のダウン。棒立ちの輪島さんに、柳さんはさらに襲いかかります。3度目のダウンを喫する前にレフェリーは止めるべきでした。

柳さんは、これで日本人選手に対し23連勝(全勝)。その圧倒的な強さから、韓国では"日本人キラー"の異名をほしいままにしていました。

しかし、転んでもただでは起きないのが輪島さんです。リターンマッチを前に、「オレにはもう後がない。どんな手を使ってでも勝ってやろう」と覚悟を決めたそうです。

思案の末に考え出したのがマスク作戦でした。これは、いったいどういうものだったのでしょう。

以下は後年、直接本人から聞いた話です。
「ボクシングのタイトルマッチって、5日前に調印式が行なわれるんだけど、オレ、病院に頼んでマスクを貸してもらったの。カゼを装おうと思ったんだ。まず本人を欺くには側近から。
それで相手のトレーナーがトイレに入るのを見計らって、オレも同時に飛び込んだんだ。ゴホン、ゴホン、ゴホン。オシッコしながら、わざと咳き込むわけよ」

■「この勝負はもらった」

さらに輪島さんは続けます。
「最初は怪訝な顔をしていたトレーナーも、どうもオレのカゼは本当だと思ったらしく、こう声をかけてきたよ。"アジマ、大丈夫か?"って。
韓国の人、ワの発音がうまくないんだ。だからオレのことを"アジマ"って呼んでいた。チラッとそのトレーナーの顔を見るとニコッと笑っている。"これで、この勝負はもらった"と顔にはっきり書いてあった。
その笑顔を見て、今度はこっちが笑顔だよ。オレ、反対の方向を見てニヤッと笑ったよ。"よっしゃ、これで勝った!"と思ったね」

この時、輪島さん32歳、柳さん27歳。ボクサーとしては盛りの過ぎていた輪島さんが手の込んだ芝居を演じたのも、裏を返せば、そこまでやらないとリベンジは果たせない、と思い詰めていたからでしょう。

そして迎えたリターンマッチ。序盤から輪島さんは前回とは見違えるような動きを見せます。

「アイツ、最初は"カゼひいているのに無理するな"とでも言いたげな顔をしていたのに、4ラウンドに入ったあたりから"こりゃマズイ"という表情に変わってきたよ。気がつくのが遅かったね」

試合を優勢に進めた輪島さんは、最終15ラウンド、スタミナが切れて足がもつれるチャンピオンに右フックを浴びせ、キャンバスにヒザを突かせます。かろうじて立ち上がったものの、もうチャンピオンにファイティングポーズを取る余力は残っていませんでした。

15ラウンドTKO勝ち。興奮した多くのファンがリングに駆け上がり、輪島さんの肩車に加わりました。

このリターンマッチには後日談があります。翌日、都内で強盗立てこもり事件が発生した際、警察官が犯人に向かって「輪島は挫折から立ち上がってチャンピオンになった。オマエも昨日の輪島の試合を見ただろう。輪島を見習い人生をやり直せ!」と説得したというのです。

程なくして犯人は説得に応じ、投降しました。このエピソードは、当時の輪島さんの社会への影響力の大きさを示すものとして、今も語り草です。

二宮清純

二宮清純 (ライター)

フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

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