37兆個の働き者たちを慈しむ――永野芽郁&佐藤健W主演『はたらく細胞』が見せる体の中のドラマ【映画ライターISO】
2026.07.21
家、服、スマホ、車...人は自分の持ち物のことをよく知っている。どこに傷があるか、どれくらい使い込んだか、何が不調なのかもすぐ気づく。けれど、生まれてからずっと付き合い続けているはずの自分の体についてはどうだろうか? 膝を擦りむいても気づけば血は止まっている。体にバイ菌が入り込んでも無意識のうちに免疫がそれと戦っている。少し体調を崩しても眠って起きれば治っていることがほとんど。だから私たちはつい「大丈夫だろう」と考え、体に無理をさせてしまう。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
だがそれは本当に勝手に治っているわけではない。私たちが意識していない体の内側では、赤血球が酸素を運び、白血球が外敵と戦い、血小板が傷口をふさぎ続けている。「なんとかなる」とのんきに思っているその瞬間にも、体の中では37兆個もの細胞たちが必死に働き続けているのだ。そんな当たり前すぎて見落としてしまう私たちの体の営みを、これ以上ないほどに楽しく、分かりやすく、そして愛おしく見せてくれる映画がある。それが『はたらく細胞』だ。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
ポップな体内と、劇的なアクション
シリーズ累計発行部数1000万部を超える大人気コミックを原作に持つ本作の主人公は、そのタイトル通り「細胞」である。舞台となるのは、高校生・漆崎日胡(うるしざきにこ/芦田愛菜)の体内。「体内」と言うと臓器や血液など少しグロテスクなイメージを抱くかもしれないが、そこは心配無用。本作で描かれる体内世界は驚くほどファンタジックに戯画化され、建物や道路が並ぶ一つの王国のように表現されている。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
まだ若い上に規則正しい生活を送る日胡の体内は健やかそのもの。豊かな自然に、美しい城、きれいに整備された街並みはなぜか西洋風。そこで新人の赤血球(永野芽郁)が配達員として酸素を運んでいると、体をむしばもうとする病原菌が出没する。右も左も分からずパニックに陥る赤血球の前にさっそうと現れるのが、真っ白なコスチュームに身を包んだ白血球(好中球)(佐藤健)だ。普段は冷静沈着、しかし外敵を見つけるやいなや容赦なく斬りかかるその姿は、まるで体内の用心棒。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
白血球によるバトルシーンは本作の大きな魅力である。空間を巧みに生かしたスピーディな動きで病原菌を次々と仕留めていく姿は、人体の仕組みを描いている作品とは思えないほどに迫力満点。『るろうに剣心』シリーズで培われた佐藤健の身体表現と、アクション演出・大内貴仁による緻密なアクション設計により、ポップで楽しい作風にうれしいギャップを生んでいる。そうして免疫反応という決して目に見えない体の営みが、本作ではヒーロー映画さながらの見せ場として立ち上がるのだ。病原菌が特撮ヴィランらしいビジュアルをしているのがまた楽しい。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
二つの体内世界から「健康」を考える
もちろん見どころは派手なバトルだけではない。その後も赤血球は体中に酸素を届けながら、かわいらしい血小板が懸命に擦り傷をふさいだり、軍隊さながらのキラーT細胞たちがウイルスを捜索したりする姿を目にしていく。新人の赤血球が「人間の体はこんなふうに運営されているのか」と知っていく過程は、そのまま見る者の発見にも重なるのだ。くしゃみや恋をした時の胸の高鳴りなど、普段なら理由など気にしない体の反応一つひとつが、本作では個性豊かで生き生きとした細胞たちの仕事や奮闘として描かれる。それによって体の仕組みを"学ぶ"のではなく、「この瞬間にも自分の体内ではこんなドラマが起きているのかもしれない」と自身の物語として引き寄せ、楽しく想像することができるのである。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
加えて注目したいのは、作中で日胡の体内だけでなく父の茂(阿部サダヲ)の体内も並行して描かれることだ。娘を男手一つで育てる茂は気のいい人物だが、生活は不規則で、食事も偏りがち。おまけに酒もタバコもやめられない。すると当然、そのしわ寄せは体内世界にも表れる。日胡の体内が『美女と野獣』の世界観なら、茂の体内は『ブレードランナー』のようなディストピア。細胞たちは皆疲れ切っていて、酸素も十分に行き渡らない。健康な体と不健康な体の違いが、体内の景色やそこで起こるトラブルの違いとしてユーモラスに描き分けられているのだ。

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この対比は、本作を「体の仕組みの面白さを伝える映画」だけにとどめない。寝不足、偏った食事、飲酒、喫煙――自分が「大丈夫だろう」と流す小さな無理の積み重ねが、体内では細胞たちの過酷な環境として表れる。健康とはただの状態ではなく、日々の生活によって少しずつ形づくられていくものなのだ。多くの人が健康診断で散々言われたであろうこの事実を、この映画は説教くささを感じさせず、楽しく納得できるドラマとして実感させてくれる。

(C)清水茜/講談社 (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社 (C)2024 映画「はたらく細胞」製作委員会
私たちは、働く上で労働環境がどれほど大切かを知っている。だからこそ、体内で懸命に働き、疲弊する細胞たちの姿は笑えると同時に、どこか他人事には思えない。きっと見終わる頃には、自分の体の中で今日も働き続けている細胞たちを少し労わりたくなるはず。もしかすると、この映画が健康への第一歩になるかもしれない。
【プロフィール】
ISO(イソ)
映画ライター。洋画・邦画を問わず幅広い作品を取材・執筆。アクション、SF、アニメ、特撮などエンターテインメント作品を中心に、作品の魅力や作り手のこだわりを分かりやすく伝えるレビューやコラムを手掛けている。また、イベントやラジオにも出演するなど幅広く活躍中。





