「ヴェノム」には見習うべき点がある...トム・ハーディ主演『ヴェノム』【尾崎世界観連載】
映画 見放題連載コラム
2025.06.13

尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。

尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
『ヴェノム』はマーベルコミックに登場するキャラクターが主人公の映画で、これまであまり観てこなかったタイプの映画なんですが、飛行機の中で観たシリーズ第3作目の『ヴェノム:ザ・ラストダンス』が面白かったので、シリーズ第1作目も観てみようと思い、今回選びました。まずヴェノムの、あの「形」がいいですよね。顔はグロテスクなのに、全体の造形はつるっとしていて綺麗。とにかくあの形がいい。
(C) 2018 Columbia Pictures Industries, Inc. and Tencent Pictures (USA) LLC. All Rights Reserved. | MARVEL and all related character names: (C) & TM 2019 MARVEL.
ヴェノムが寄生する記者エディ・ブロックを演じるのはトム・ハーディで、彼の魅力が作品を引っ張っているなと思います。ヴェノムに身体を支配されながらも、まるで自らがヴェノムを演じているような、二人羽織のようなあの一人二役感に惹きつけられました。それに、思った以上にシリアスな人間ドラマなんですよね。寄生するヴェノムと寄生される側のエディ。それぞれの内面も描かれていて、自分が子どもの頃に観ていたヒーローものの作品とは随分違うと感じます。ちゃんと人間の葛藤が描かれているし、毒もある。ヴェノムって、元はスパイダーマンの敵役として出てきたんですね。そんなキャラクターが主人公になることを考えると、今はあまり「脇役」という概念が存在しない時代なのかもしれません。物語の中で途中退場するキャラクターを、どれだけ丁寧に描けるか。今はそれが大事なんだろうなと思います。自分は作り手なので、元々そういう部分に注目しているけれど、今は誰もがそこに注目するようになった。ある側面から見れば悪役でも、角度を変えればヒーローになる。こういう作品があることによって救われる人もたくさんいるでしょうね。
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子どもの頃からわかりやすい勧善懲悪の物語ばかり観ていたんですが、たとえば『ウルトラマン』を観ていても、最後には絶対に勝つヒーローより、いいところまでいったのに結局負けてしまう悪役の方が気になるタイプだったんです。「かわいそうだな」って、子どもながらにふびんに思っていました。そうやって生きてきたことが、今の自分の作風に繋がっていると思うんです。だから、もしも今自分が子どもだったら、こんな作風にはならなかったかもしれないですね。今は、あらかじめいろいろな観方が用意されている作品が多いので。あの時の自分は「負けてしまった敵はこれからどうなるんだろう?そもそも彼らはどんなふうに生きてきたんだろう?」と想像していたけれど、今はそれすらわかってしまう。
それでも、『ヴェノム』は魅力的な作品でした。ヴェノムは、常に自分より強いものと戦っていますよね。何よりそこがいいなと思います。SNSを見れば、自分より弱いものと戦っている人だらけのこの世の中で、自分もヴェノムを見習わなければと思いました。シリーズ最終章の『ヴェノム:ザ・ラストダンス』でも、ヴェノムたちは散々な目に合います。でも、彼らにはそれに耐える力がある。エディは、ちゃんと負けられる人だからこそ、ヴェノムに選ばれたんじゃないかと感じます。
マーベル系の映画は作品がたくさんあるので、今からハマると大変そうで避けていましたが、『ヴェノム』を観て、他の作品も観てみたくなりました。余談ですが、マーベルの思い出と言えば、『X-MEN』の格闘ゲームを中学生の頃にやっていたんです。「X-MEN VS. STREET FIGHTER」というゲームがあって。駅前のゲームセンターでやると1回100円だけど、商店街の外れにある駄菓子屋の外の機械だと、1回30円でできる。だから、みんな駄菓子屋で練習してから駅前のゲームセンターに行っていました。駅前のゲームセンターには強い人たちが集まるので。みんなが駄菓子屋に来るとなかなか順番が回ってこないから、こっそり、人が少ない日曜日の午前中に駄菓子屋に行っていました。日差しで画面が見えなくなるので、よくバイクなどにかけてあるあの日除け用の重たいカバーを頭からかぶって、ひとりゲームをやっていました。きっと異様な光景だったでしょうね(笑)。『ヴェノム』を観て、そんなことも思い出しました。
取材・文/天野史彬 撮影/中川容邦