『正欲』から「ふてほど」まで!磯村勇斗の演技力を堪能できる作品4選
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2025.03.08
俳優・磯村勇斗は、静岡県沼津市の地方劇団出身で、大学中退後はフリーの立場で小劇場での舞台を数多く経験した。そんな下地を持つためか、演技力には定評があり、2015年の「仮面ライダーゴースト」への出演を機に注目を集めた。2017年には、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」でヒロインの結婚相手を演じるなど、順調にキャリアアップ。2018年にはドラマ「今日から俺は!!」で第14回コンフィデンスアワード・ドラマ賞新人賞を受賞、以降は各映画賞の常連俳優となっていく。
『PLAN 75』(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
そんな磯村の実力が一気に開花したのは、2022年だ。『ビリーバーズ』、『PLAN 75』、『異動辞令は音楽隊!』、『さかなのこ』、『前科者』といった話題作に続々と出演。第14回TAMA映画賞最優秀新進男優賞をはじめ、映画賞の受賞ラッシュとなった。特に『PLAN 75』では、75歳以上の高齢者が尊厳を以て自らの生死を選べる制度「PLAN 75」の職員・岡部ヒロムを好演。9年ぶりの映画主演で、海外でも演技を絶賛された倍賞千恵子に肩を並べる存在感を発揮した。制度への複雑な感情を抑え、死のうとする老人たちとひたむきに接するが、長年音信不通だった叔父が制度に応募してきたことから、動揺していく。本作で磯村が見せる心の葛藤や苦悩が滲み出るような細やかな表現力は、若手俳優としては稀有なものだ。この若さで、これほど深く哀愁を感じさせる俳優は珍しい。『PLAN 75』は、作品としても、高齢化社会の問題に独自の視点で鋭く斬り込み、人間の生死を問いかける骨太な内容で、見る価値が極めて高い良作である。
『異動辞令は音楽隊!』は、阿部寛主演で地方都市の警察音楽隊を描いた映画。有能な刑事ながら、粗暴な振る舞いを問題視された現場一筋の主人公は警察音楽隊への異動を命じられる。当初は反発しながらも次第に音楽隊のメンバーたちと心を通わせながら音楽の喜びに目覚めていく物語だ。磯村は、阿部演じる主人公・成瀬の後輩刑事・坂本役で出演。一緒に捜査を進める成瀬から高圧的で暴力的な扱いを受けながらも、心情的には寄り添っていると思わせる複雑な役どころを務めた。特殊詐欺強盗を追う捜査班の主軸となり、終盤では捜査に参加できない成瀬に協力を要請する。ラストでは"ある秘密"を成瀬に告白するのだが、この場面の磯村の熱演は感動的で必見だ。阿部をはじめ、トランペット奏者の清野菜名ら警察音楽隊員のストーリーがメインとなるので出番は決して多いとは言えないが、磯村の光る演技力が強く印象に残る終わり方になっている。
以降も磯村の活躍は目覚ましく、勢いがより加速していく。続く2023年には『月』、『正欲』、『波紋』、『渇水』、『最後まで行く』といった映画に出演。いずれも高い評価を受けた。中でも『月』では第47回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞、同年の一連の作品で第97回 キネマ旬報ベスト・テンでも助演男優賞に輝くなど、名実ともに演技派の若手俳優としての地位を確立することとなった。
また、稲垣吾郎主演の『正欲』では、とある性的指向を持つ青年・佐々木佳道を演じ、同じ指向を持つヒロイン・桐生夏月(新垣結衣)と意気投合して偽装結婚をする。多様性をテーマに心の襞を描くような文学的な作品で、原作は朝井リョウの同名小説。パブリックなイメージを吹き飛ばした新垣の振り切った演技が話題になったが、難解な役どころを説得力たっぷりに演じた磯村の表現力には感嘆。一般社会的には偽装結婚ながらも、特別な人間関係を築きはじめる2人の演技はまさに絶品だ。
「不適切にもほどがある!」(C)TBSスパークル/TBS
映画と並行してドラマでの活躍も目覚ましい磯村だが、ヤクザからエリート、果ては「雪男」の子供まで演じるという幅の広さ。ただ、近年で最も話題を呼んだのは、2024年の「不適切にもほどがある!」(TBS)、通称「ふてほど」での演技だろう。同作で磯村は、昭和期に主人公・小川市郎の娘、純子(河合優実)に憧れられるムッチ先輩と、令和期のその息子・秋津真彦の二役を演じた。近藤真彦に憧れ、革ジャンを着てバイクを乗り回すムッチ先輩のはじけた演技は絶妙で、笑いどころ満載。コミカルな演技も達者なところを見せた。一方で、生真面目なアプリ開発会社の社員である秋津の場面では、抑えた演技で巧みに演じ分けている。
憧れの俳優として、綾野剛の名を挙げ、スタッフや共演者と接しながら、強いこだわりを持って共に作品を作りあげる意識の高さに感銘を受けたと話していた。演技へのストイックな姿勢にも影響を受けたというが、今や綾野にもひけを取らない活躍ぶり。社会派や文学的な作品と親和性が高い緻密な演技に加えて、コメディーもこなせる稀有な俳優として、今後の活躍が大いに期待される。
文/渡辺敏樹