安田顕が資料のドキュメンタリー映画から学んだ役作りを語る
映画 インタビュー
2025.03.01
映画『35年目のラブレター』が3月7日(金)より全国で公開される。同作品は、読み書きできない夫と幸せを教えてくれた妻による感動の実話を実写化したもの。結婚35年目の夫婦役を笑福亭鶴瓶と原田知世が、若かりし頃の二人を重岡大毅と上白石萌音が演じる。
西畑保は貧しい家に生まれ、ほとんど学校へ通えず大人になった。生きづらい日々を過ごしてきたが、皎子(きょうこ)と運命的に出会い、結婚。しかし、その手放したくない幸せ故に、保は読み書きができないことを言い出せずにいた。半年後、ひた隠しにしてきた秘密が露見し、別れを覚悟する保に対し、皎子は「今日から私があなたの手になる」と告げる。
皎子の言葉に救われた保は、「皎子へ感謝のラブレターを書きたい」という一心で、定年退職を機に一大決心をして夜間中学に通い始める。担任の谷山恵(安田顕)のじっくりと粘り強い教えや、年齢、国籍も異なる同級生たちと共に学ぶ日々で少しずつ文字を覚えていく保だったが、老齢のため物覚えも悪く、気付けば5年以上の月日が経過した頃、2人は結婚35年目を迎えていた、というストーリー。
今回、保が通う夜間中学の教師・谷山を演じた安田顕にインタビューを行い、台本を読んだ感想や役作り、演じる上で意識したこと、手紙を贈るなら誰宛てにどんな内容の手紙を贈りたいかなどを語ってもらった。
――最初に台本を読んだ時の感想は?
「本当に心の温まるお話だなと思いました。『辛いことも、ちょっとしたことで幸せだ』というせりふがあって、『辛』という漢字に1本線を足すと『幸』になるというシーンでは、本当に涙が出ました。西畑保さんという方が、いろいろな思いがあって『ラブレターを書きたい』ということで、文字を覚え、夜間中学を卒業し、経験してきたこと全てが礎となって人生における大事な考え方を得た。それらが集約されている言葉だなと思ったので。台本を読んで実際に涙することは少ないのですが、この作品は涙してしまいました」
――谷山先生を演じる上で意識されたところは?
「やはり実話を基にした作品ですので、実際に西畑さんに文字を教えた実在の先生がご覧になった時に喜んでくださる先生でいたいな、という気持ちで演じました。役作りに関しては、現場のスタッフさんがくださった資料の中に『夜間中学について』という本や、夜間中学校を題材にしたドキュメンタリー映画『こんばんは』がありまして、それらを拝見して勉強させていただきました。ドキュメンタリー映画では、通っている生徒さんや、見城慶和先生の物の考え方や生き方などを見せていただき、内にある思いや"教えるのではなく、共に学ぶ"という姿を拝見して、役に臨みました」
――「共に学ぶ」というお言葉もありましたが、確かに"教師と生徒"という上下の関係性ではなく、"教師と教師"もしくは"生徒と生徒"というような並列的な関係性がにじむお芝居でした。
「それはやはりドキュメンタリー映画『こんばんは』のおかげですね。登場する見城先生や、他の夜間中学の先生方がどのように授業をしているのかというのを、すごく参考にさせていただきましたから。あの映画は、個人的にもすごく感動して、本当に出会えてよかったなと思いました」
――作品では、毎年谷山先生が自分の話しづらいエピソードを交えつつ自己紹介しているところが印象的でした。
「あの"新しいクラスになって自己紹介をしましょう"というシーンは、自分のことを話すことで『私はこういう人間です。共に学んでいきましょう』という思いで発している言葉だと思っていて、『僕はこういう失敗をしました。皆さんにもいろいろあったと思います。そして、これからはあなたたちにたくさんのことを教えてもらいます。教えるという立場でありながらも、そういう思いで私はあなたたちと勉強していきたいです』ということを伝えているシーンだと思っています」
――谷山先生は一度教師を挫折しながらも、夜間中学の先生として挫折を乗り越えた過去がありますが、ご自身の経験から挫折を乗り越えるために必要なものは何だと思われますか?
「僕も、受験したけど志望校に受からなかったり、就職したけど合わなくて辞めてしまったり、東京で仕事をするようになった時に『やはり自分は、東京は合わないんじゃないかな』と感じたりと、細かい挫折がたくさんあります。それらを今振り返って、どうやって乗り越えたのか考えてみると、やっぱり時間かなと思います。もちろん、眠れない夜もあるし、『どうしようもできない』と思うこともたくさんあるけれど、時間を置くことで冷静になれたり、別の道が開けたり、年齢や経験によっていつの間にか何とかできるようになっていたりするから。だから、無理して乗り越えようとするのではなく、絶望したりせず、『時間がなんとかしてくれる』というメンタリティーで向き合う方がいいと思います。『自分は駄目だ』なんて思わずに、『今は向き合うべき時じゃないんだ』と思って待つ。そうすれば、道が開ける時は必ずくると思います」
――もし今、誰かに手紙を書くとすれば、誰宛てにどんな内容の手紙を書きますか?
「母ですかね。昨年の誕生日に携帯でメッセージを送ったのですが、『私の誕生日は明日です』という返事が来まして...。だから、書き始めは、その謝罪から始めたいと思います(笑)」
――劇中で「嫌いな物も、いいところを3つ見つければ好きになる」という言葉が出てきますが、この作品のいいところを3つお願いします。
「そうですね。1つ目は『角膜を刺激する』ということでしょうか。テーマとして主人公が"聴こえない"とか"話せない"という映画はありがちですが、"書けない文字が書けるようになる"というのはなかなかないと思います。読み書きは"視覚"ですから。読み書きができないことがいかに大変なことかというのと共に、いかに周りの愛情があふれていたかということも教えてくれる映画です。
2つ目は『みんなきれい』。もちろん俳優さんたちの美しさもあるんですけど、登場する人物たちの心がみんなきれいなんです。人を思いやる気持ちだったり、生き方や苦労を乗り越える姿といった内面の美しさ。そして、監督が描く画のきれいさなど、本当に『みんなきれい』な作品です。
3つ目は『手紙が書きたくなる』。携帯を使ったメッセージなどデジタルの物も手紙と言えば手紙ですが、やはり手書きの文字の味わい深さや、相手の手元にずっと残るという良さなどを、改めて感じていただけると思います」
――最後に作品を観賞される皆さんにメッセージをお願いします。
「"相手を思う時間"。その心にあふれた映画です。ぜひご覧ください」
文/原田健 撮影/中川容邦