裕木奈江の透明感あふれるビジュも!緒形拳が演じる、令和でいう「シタ夫」の葛藤を描いた「ポケベルが鳴らなくて」に見る90年代ならではの恋愛観
2026.11.04
"不倫"という言葉を広く知らしめ、"金妻(キンツマ)シンドローム"なる社会現象を巻き起こした1980年代ドラマを象徴する「金曜日の妻たちへ」(1983年)を皮切りに、90年代には「失楽園」(1997年)、2000年以降は「昼顔~平日午後3時の恋人たち~」(2014年)...と、時代ごとに代表作が生まれてきた"不倫"を題材とするコンテンツ。
最近では、いわゆる"サレ夫"や"サレ妻"といった不倫された側の視点で描かれるドラマの人気が高まっているが、今から遡ること約30年前――不倫する側(令和でいうところの"シタ夫")の葛藤や、許されない恋に身を投じる姿を正面から描いた名作ドラマが存在した。1993年に日本テレビ系で放送されたラブストーリー「ポケベルが鳴らなくて」である。
■29歳差!"娘の親友"と恋に落ちたエリート男性の葛藤を描く「ポケベルが鳴らなくて」

「ポケベルが鳴らなくて」 (C)NTV
主人公は、大手商社で部長を務める50歳の水谷誠司(緒形拳)。美しい妻・麗子(阿木燿子)と、社会人の息子・和也(池田聡)、大学生の娘・梢子(坂井真紀)がいる、仕事と家庭を大切にしてきた、ごく普通のエリート中年男性だ。そんな誠司が出会ったのは、29歳差の若い女性・保坂育未(裕木奈江)。2人はやがて惹かれ合うが、育未が梢子の親友であることが判明し、関係は互いの家族や周囲を巻き込む問題へと発展していく...。
本作の見どころは、単なるスキャンダラスな愛憎劇にとどまらず、道ならぬ恋に落ちた人間の心の揺れを描いている点にある。守るべき家族や社会的立場があると理解しながらも、育未への思いを断ち切れない誠司。彼を身勝手な悪人として一方的に描くのではなく、葛藤を抱える一人の人間として浮かび上がらせることで、どこか身近に起こり得るようなリアリティを生み出している。
裕木が演じる育未も、物語を語るうえで欠かせない存在だ。どこか儚げであどけなさを残す表情と、透明感あふれる佇まいは、"年上男性を夢中にさせる女性"という役柄に見事にハマった。その印象があまりにも鮮烈だったため、当時の視聴者感情を刺激し、演じた裕木自身にまでバッシングが寄せられる事態となったのは有名な話だ。しかし、現代の不倫コンテンツに登場するような分かりやすく計算高い悪女とは異なり、育未は純粋さと危うさを併せ持つ魅力を漂わせていて、裕木にしか出せない特別な存在感があった。
また、育未の元恋人・田所恭平を演じたのは高橋克典。本作は高橋の俳優デビュー作であり、のちにトップ俳優として活躍する彼の初々しい演技を見られる点も見どころの一つだ。
■"ポケベル"を介したもどかしい恋模様や、秋元康が作詞を担当した同名主題歌が当時大ヒット

「ポケベルが鳴らなくて」 (C)NTV
さらに、90年代という時代を映す小道具やリアルなシチュエーションも本作の魅力を際立たせている。タイトルにもある"ポケベル"は、携帯電話が広く普及する前、離れた相手と連絡を取るための重要なツールだった。外出先の公衆電話などから数字を使ってメッセージを送り、相手の反応を待つ。その時間さえも、恋愛ドラマを彩る要素となっていたのだ。恋する2人の距離感や切なさ、焦燥感...。ポケベルが鳴らない、つまり連絡がつかないこと自体に意味が生まれる時代ならではのもどかしさが、秘められた関係の緊張感をより一層深めている。
企画を手がけた秋元康が作詞も担当し、国武万里が歌った同名の主題歌「ポケベルが鳴らなくて」も、当時大ヒットを記録した。ドラマの切ない世界観と響き合うこの曲は、作品を象徴する一曲として、今聴いても当時の空気感を感じさせる。
近年は裏切られた側による制裁に焦点を当てた、痛快かつスピーディーな展開の物語も目立つ。一方、「ポケベルが鳴らなくて」から伝わってくるのは、今では当たり前となった即時の連絡手段がなかったからこそ生まれる、じれったさや切なさだ。令和の今、改めて本作を見返せば、時代の変化とともに移り変わった恋愛観に新たな発見があるのではないだろうか。
文/川倉由起子



