鈴木伸之の丁寧な演技が心に残る!野球愛に溢れたヒューマンドラマ「バントマン」
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2026.08.26
東海テレビが制作し、2024年10月期にフジテレビ系「土ドラ」枠で放送されたドラマ「バントマン」。中日ドラゴンズが全面協力し、スポーツとヒューマンドラマを融合させた意欲作として話題を呼んだ。とはいえ、野球そのものを描いたドラマではない。戦力外通告を受けた元プロ野球選手の主人公が、第二の人生として「他人を成功へ導く」ことに全力で挑む物語だ。
脚本の矢島弘一は、劇団東京マハロを主宰し、2016年にはドラマ「毒島ゆり子のせきらら日記」で第35回向田邦子賞を受賞。本作は、野球好きでもある矢島が、「ホームランではなく、送りバントのように誰かを支える人生を描きたい」というテーマを掲げてストーリーを紡いだという。矢島自身も少年野球の指導をするほど筋金入りの野球愛好家で、野球哲学を人生論へ置き換える作品を目指したそうだ。

(C)東海テレビ/FOD
■ドラゴンズを戦力外通告された主人公の第二の人生を描く
主人公の柳澤大翔(鈴木伸之)は、中日ドラゴンズにドラフト1位で入団したスター候補で、ホームランを量産するスラッガーだった。だが、故障やスランプで伸び悩み、ついに戦力外通告を受けてしまう。妻を亡くし、一人息子を育てるシングルファーザーでもある彼は、現役復帰を目指してトライアウトに挑戦するが、声をかけてきたのは思わぬ人物だった。プロ野球ではなく、一般企業「イニングナイングループ社」社長の櫻田誠一郎である。大翔は、同社の「SBO部(秘密の福利厚生組織)」という部署で、社員の悩みを分析し、人生を前へ進める"作戦"を考える仕事をオファーされる。与えられた使命は、誰かのために自分を犠牲にしてチャンスを後押しする「バントマン」になること。かくして大翔はNPB復帰を目指しながら「バントマン」としての活動を始めることになる...。
本作は中日ドラゴンズをはじめ、プロ野球経験者への取材を徹底し、戦力外通告を受けた選手やトライアウトの実情なども反映され、心理描写にはリアリティが感じられる。後輩スター選手の抜きんでた実力を間近で見せつけられて悔しがる場面など、心情がストレートに伝わる。タイトルの「バントマン」に込められた意味も深い。エースや主砲の華々しい活躍を描くのではなく、バント。つまり自己犠牲の美徳を核にしている点が新鮮だ。自分はアウトになるが、チャンスを創出して得点に繋げる送りバントは、自分を犠牲にして他人の成功を支える尊い行為だという考え方が本作の哲学になっている。

(C)東海テレビ/FOD
■野球の技術も地道な心情表現も素晴らしい鈴木の演技
主演の鈴木伸之は、185cmの堂々とした体躯を誇り、プロ野球選手役として違和感がない。野球経験者とはいえ、キャッチボール、グラブさばき、ベンチでの立ち居振る舞いなども実に自然だ。特筆すべきは、打撃フォームの完成度だろう。打撃練習の場面が非常に多いのだが、フルスイングの迫力は見事である。野球ドラマでは、元プロなどが指導して特訓することが普通だが、どうしても迫力に欠けることは否めない。野球経験者の俳優がやれば違いは明らかなのだが、鈴木の場合は中学までの野球経験でここまで仕上げるのは単純にすごい。演技面では、序盤ではスラッガーとしての自信とプライドを捨てられなかったが、物語が進むにつれて「人を支える喜び」に目覚めていく心情の変化を巧みに表現している。内面の変化を丁寧に積み重ねる地道な演技が印象深い。

(C)東海テレビ/FOD
共演者としては、SBO部を束ねる"ヘッド"・根鈴華役の倉科カナが好演している。華は理論派で冷静な女性で、観察力と分析力で周囲を支えるリーダーだ。主人公の大翔が熱情タイプなだけに、両者のコントラストがドラマの核にもなっている。ドラマ全体の頭脳役として非常に存在感があった。坂東彌十郎演じる櫻田社長は、毎回、野村克也など野球人の名言や、野球の歴史を引用しながら社員たちを導く。櫻田が独特な構えからバント練習をする場面が数多いが、ヤクルトの小川泰弘投手の「奉納バント」にそっくりで、コアな野球ファンには楽しい。SBO部の設定といい、櫻田の人物像も現実的ではないかもしれないが、坂東彌十郎の重厚な芝居が寓話的な世界観にリアル感を与えているのは確かだろう。SBO部のメンバーには、他にムードメーカーの藤堂(平原テツ)、可愛げのある後輩・吉岡(阿久津仁愛)、人一倍野球に詳しい梶間(石川瑠華)が登場。全員印象的な演技をしているが、主演映画『猿楽町で会いましょう』でも評価された石川の演技が特に光っている。

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■「前向きな気持ちになれる」というポジティブな感想が多数
本作は一話完結形式で、毎回悩みを抱えた社員を大翔たちが助けていく。脚本家になる夢を非協力的な夫のために諦めようとする女性(第2話)、社内結婚した妻が同僚社員と浮気していると疑い、離婚しようとする広報部社員(第4話)をはじめ、親子関係や恋愛、家族問題、ハラスメント、セカンドキャリアといったテーマを毎回取り上げている。面白いのは、投手の配球や継投術、守備位置やスコアブックなど、野球になぞらえた作戦によって解決していく独特な構成だ。「見え見えのバントでは相手に警戒されます。時にはセーフティバントや意表をついたドラッグバントも必要ですよ」などと、華が仲間に助言する場面もあり、野球好きな人は楽しみが倍増するはず。中日ドラゴンズが協力していることもあり、第1話では大翔の現役選手時代、バンテリンドームでの試合シーンを描いている。スタンドの応援風景やヒーローインタビューなどがリアルで迫力満点だ。第6話には、東海テレビのドラゴンズ応援番組が実際に登場し、MC峰竜太、解説者の山本昌、同局の篠田愛純アナが本人役で出演するシーンなどもあって楽しい。
視聴者からは「毎回の展開が感動的、前向きな気持ちになれる」とか「野球を知らなくても楽しめる」といったポジティブな感想が多かった。1人の社員を全力で助ける部署という設定は、ややファンタジー的な気もするが、それでも「誰かを支えること」に全力で臨む人間たちの物語は、共感性の高いストーリーだ。独自視点のヒューマンドラマとして、新鮮味を感じさせた作品として一石を投じたと言える。最終話の劇的な展開にもスカッとさせられた。

(C)東海テレビ/FOD
本作「バントマン」は、J:COM STREAMで配信中。初回放送時は、一部の野球ファンの間で話題になったものの、広く認知された作品ではなかった。しかしプロ野球を題材としながらも、ありきたりな野球ものとは一線を画している。設定やストーリーに独自性があるし、直接的な野球場面こそ少ないものの、野球愛や野球哲学に満ち溢れた作品だ。野球好きはもちろん、野球にあまり興味ない人にとっても、価値あるドラマであると言っておきたい。
文/渡辺敏樹



