金メダル角田夏実の関節技地獄 「携帯の逆パカのような感じ」【二宮清純】
スポーツ 連載コラム
2025.10.16
日本の選手が初めて出場した夏季五輪は、1912年のストックホルム大会です。陸上の三島弥彦さんと金栗四三さんが出場しました。では、初めてのメダルは? これは1920年アントワープ大会で、テニス男子シングルスの熊谷一弥さんが獲得した銀メダルです。それから104年後の2024年パリ大会で、柔道女子48キロ級の角田夏実選手が、通算500個目のメダルを胸に飾りました。節目のメダルは金メダルでした。
■必勝パターン
52キロ級から転級後、世界選手権3連覇を果たした角田選手は、大会前から金メダルの大本命でした。しかし、五輪には"魔物が棲む"としばしば言われるように、何が起きるかわからない恐ろしさがあります。
しかし、31歳(当時)の角田選手は、1回戦、2回戦、準々決勝と3試合連続一本勝ちを収め、準決勝こそ延長ゴールデンスコアによる反則勝ちとやや苦戦したものの、危な気なく決勝にまで勝ち進みました。
決勝の相手はモンゴルのバブードルジ・バーサンフー選手。7月27日(現地時間)、シャンドマルスアリーナは満員の観客で埋まりました。
蛇足ですがフランスは、ある意味、日本より柔道が盛んな国です。柔道人口は約53万人。ルーツ国の日本の12万人の4倍以上です。五輪で5つの金メダル(団体2回含む)を獲得している男子100キロ超級のテディ・リネール選手を筆頭に、のべ16人(団体除く)の金メダリストを輩出しています。
「芸術の都」と呼ばれるパリを首都とするフランスでは、アーティスティックな柔道が好まれます。角田選手が得意とする巴投げは、まさにトレビアンな技でした。
角田選手の必勝パターンは、巴投げからの腕ひしぎ十字固めです。1回戦も2回戦も、この必勝パターンで一本勝ちを収めました。
角田選手の必勝パターンを警戒するバブードルジ選手は、用心深く間合いをはかります。しかし、くるとわかっていても防げないのが角田選手の巴投げです。
■柔術の成果
手を替え品を替えして、しつこく攻める角田選手は残り1分6秒、伝家の宝刀で技ありを奪います。そして残り20秒、またも巴投げを放ち、空中で体をひねった相手に足をからませ、腕ひしぎ十字固めを狙いに行きます。一本こそ奪えなかったものの、堂々たる金メダルでした。
世界を制した巴投げからの腕ひしぎ十字固め。この必勝パターンについて聞くと、こんな答えが返ってきました。
「大学時代に取り組んでいた柔術の練習が大きいと思います。柔道は投げて一本勝ちがありますが、柔術は投げて終わりじゃない。そこから寝技でタップ(降参)を取らないと勝ちになりません。柔術の練習のおかげで、投げてから寝技(関節技)に入る動きが自然と身に付いていったんだと思います」
からみついたら離れない。振りほどこうとすると、長い手足が巻き付いてくる。そんな彼女の柔道を、52キロ級で戦っていた阿部詩選手は「ヘビか軟体動物みたいで不気味」と評していました。ある意味、最高の褒め言葉と言えるかもしれません。
関節技が一度決まってしまうと、そこから抜け出すのは至難の業です。意図せずして相手の腕を折ったり、関節を外してしまうこともあります。その時の感触を聞くと、こんな答えが返ってきました。
「(ポキンという)音というよりも、ヒジの関節がガクンと外れる感じです。それこそ、昔あった折りたたみ式携帯電話の"逆パカ"(本来と逆の方向に携帯電話を折って壊すこと)のような感じですね」
なんと"逆パカ"とは......。笑顔が素敵な彼女ですが、柔道着に身を包めば、"関節技の鬼"に変身するのです。そこが魅力でもあります。

二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。

二宮清純 (ライター)
フリーのスポーツジャーナリストとして五輪・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。スポーツ選手や指導者への取材の第一人者・二宮清純が、彼らの「あの日、あの時」の言葉の意味を探ります。