タイカ・ワイティティ監督作品『ジョジョ・ラビット』にはエンタメの面白さと怖さを改めて考えさせられる【尾崎世界観】
映画 見放題連載コラム
2025.11.29
今回選んだ『ジョジョ・ラビット』は、日本では2020年劇場公開の映画で、初めて観たのはコロナ禍でした。バンドの活動ができないタイミングだったので、家で映画を観る機会が結構あったんです。作品の舞台となるのは、第二次世界大戦中のドイツ。戦争を描いた映画はこれまで何本も観てきましたが、その中でも「変わった作品だな」という印象を受けました。全体的に画も綺麗で、テンポもよく、コミカルで観やすい作品ですが、「この作品が本当に伝えたいメッセージはこれなのかな」というものが所々で伝わってくる。何かを伝えるときの「届き方」という部分は、自分も作品を作っている以上すごく意識するんですけど、伝えたいことが「ただ伝わればいい」というわけではないんですよね。「伝わり方」に作り手はこだわるし、自分が作品を受け取るときも、ただ情報が伝わるだけでなく、「どういう道をたどって、その感動が自分のところに来たのか?」というのをどうしても意識する。この作品は、そういった点がすごく考え抜かれている気がします。感動の奥で、実際に起こった歴史について考えさせる作品は他にもたくさんあるけれど、この『ジョジョ・ラビット』は特筆して、観る人がそれを「自分のこと」として考えられるような手触りを持っている。観た人自身の感覚を、とても大事にしている作品だと思います。

(C) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
出てくるのはドイツの人々の設定ですが、喋っているのは英語。そういったところも大きなポイントでしょうね。そうしたズレや違和感を、受け取り手自身がどう感じるか。この映画を「面白い」と思い、感動した自分は一体何なのか?――そうしたところまで含めて考えさせるのが、この『ジョジョ・ラビット』という作品の良さだと思います。特に、自分にとっては、2021年から2022年の間に観たのが大きかった。あの頃は外に出ることもできなかったし、「世の中の感覚=自分の感覚」という感じでした。よくも悪くも世の中の温度感と自分自身にズレがあまりなかった。そういう気分に寄り添いながら、さらにいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれたのが、この作品だったと思います。

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登場人物一人ひとりが、すごく魅力的なんです。それぞれに個性があるし、感情移入ができる。だからこそ、受け取り方が難しいんですよね。「これは偏った方向に向かって行きそうだな」とか、「そもそもズレているものが、このままズレ続けて終わっていきそうな物語だな」と最初は思うけれど、登場人物が魅力的であるからこそ、その「人間の力」によって最初に抱いた違和感が消えてしまいそうにもなる。「なんか違う」と思っていても、映画の中に閉じ込められて、飲み込まれていくような感覚。「なんか違う」が「そうかも」に変えられてしまうような瞬間が、1本の映画を通してはっきりと体験できてしまうんです。もしかしたら、第二次世界大戦中のドイツで、独裁政権を信仰していた人たちも同じような感覚だったのかもしれない。そう思うと、改めてエンタメって怖いものだなと思います。ただ、それと同時に「それだけ力があるものなんだ」とも言える。戦争って、システムに飲み込まれていく怖さがありますよね。人間がやっていることなのに、すごく機械的に進んでいく。そんな中で、頼れるのもまた「人間の力」だと思うんです。すべてが仕組まれて進んでいっても、最後に残るのは、人間。この映画の登場人物たちは魅力的で、真っすぐで、みんな優しいんです。ローマン・グリフィン・デイビス演じる主人公の少年ジョジョは、自分が信じるものをイマジナリー・フレンドにしながら生きていて、そこには偏った思想がある。でも、そんなジョジョに対して、大人たちはそれぞれの距離感を保ちながら接する。特にスカーレット・ヨハンソン演じる母親とジョジョの関係性は、「母と子」というだけでなく、どこか友達同士のようでもあって、すごく印象的でした。映画を観た頃には、すでに『母影』という小説を書き終えていました。でも、この映画に出てくる母と子の関係は、人物像は全然違えど、自分が『母影』で描きたかったものに近いと思いました。

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何かを観たときに、それを「面白い」と思う自分は止められない。そして、それはまた同時に怖いことでもある。『ジョジョ・ラビット』は、そういうことを改めて突きつけてくる映画でした。「作品を作る」とはどういうことなのか?ということも。「何が正しいか」というのは、自分で決めなければいけないものなんですよね。
取材・文/天野史彬
尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
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