オードリー・ヘプバーンの美しさを焼き付けた映画の教科書『ローマの休日』【小堺一機】

小堺一機

小堺一機 (タレント、俳優)

タレント、俳優。幼少の頃から映画館に通うなど、これまで数々の作品を見てきた小堺一機が、次世代にまで残したい作品について熱く語り、その魅力を伝える。

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タレント、俳優。幼少の頃から映画館に通うなど、これまで数々の作品を見てきた小堺一機が、次世代にまで残したい作品について熱く語り、その魅力を伝える。

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オードリー・ヘプバーンの美しさを焼き付けた映画の教科書『ローマの休日』【小堺一機】

こんにちは。小堺一機です。今回、僕が未来へ伝えたい名作は、オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペック主演による不朽の名作『ローマの休日』です。"エバーグリーン"という形容詞がぴったりな大傑作ラブロマンスですが、僕も何度見たか覚えていないほど大好きな映画です。昭和の大スター鶴田浩二さんが、この作品をとても褒めていて「おとぎ話で始まって、現実で終わる」という、すごい名言を残しています。前回お話した通り僕にとっては、子どもの頃に「最後のシーンが長すぎて、悲しいような、訳の分からない気持ちになった」と言ったら、母親が「そういうのを"切ない"っていうんですよ」と教えてくれたという思い出がよみがえる作品でもあります。

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TM & Copyright (C)1953 Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.

物語は、イギリスを皮切りにヨーロッパ各地を親善旅行で訪れている某国の王女アンが、訪問先のイタリア・ローマの宮殿から脱走したことから始まります。ひょんなことから王女と出会ったアメリカ人の新聞記者ジョーは、大スクープのチャンスに大喜び。彼女の正体に気づいていないふりをして、ローマ市内を案内することになります。撮影を担当する友人のカメラマン、アーヴィングに王女の素顔を撮影させようと、さまざまな名所を巡るジョーとアン王女。交通違反をして警察に追われたり、行方不明となった彼女の捜索隊と一戦交えたり、ドキドキハラハラの時間を共有する中で、王女とジョーは互いに決して実らぬ恋と知りながらも強く惹かれ合っていきます。

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時代を映す銀幕、『ローマの休日』が生まれた背景

1953年に製作され、翌年に日本公開されたモノクロ映画で、監督のウィリアム・ワイラーはカラーフィルムで撮影しなかったことを後悔しているそうですが、僕は白黒で良かったと思っています。モノクロだからこそ、70年以上たった今も、古さを感じさせない作品になりました。ワイラー監督は『ミニヴァー夫人』『我等の生涯の最良の年』『ベン・ハー』でアカデミー賞作品賞・監督賞に輝いている超巨匠です。当時は、共産主義者やその支持者を排除する"赤狩り"と呼ばれる運動が、ショービズ界でも行われていました。本作のストーリーと脚本を手がけたダルトン・トランボもハリウッドを追われていたため、公開当時はその名前を映画にクレジットされることがありませんでした。そんなシリアスな時代に、こんなおとぎ話を作ったのは本当に素晴らしいと思います。

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ローマが舞台となる作品のため、現地でのロケ撮影は本当に大変だったようです。ジョーとアン王女がベスパに乗って市内を巡り、交通違反をして警察に追われるシーンは3分程度にもかかわらず、6日間かけて撮影されたそうです。そして、スペイン広場でアン王女がジェラートを食べているところにジョーが声をかける場面も時間をかけて撮影したため、背景に映る時計台の針が示す時刻が大きく巻き戻っていたり進んでいたりします。当時、映画は一度見て終わり、映画館に通うお金がある人だけが何度か見る時代でしたが、テレビやビデオ、そして配信と何度も繰り返して見ることができるようになったから今だからこそ、こうした間違い探しも楽しめます。

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キャスティングの奇跡が生んだ永遠のプリンセス

ヒロインのアン王女を演じているのは、当時はほぼ新人状態だったオードリー・ヘプバーン、王女と恋に落ちる新聞記者ジョーは、既に大スターだったグレゴリー・ペックが演じています。ヘプバーンは初登場シーンから輝くばかりに美しく、気品に満ちていて、役者さんが演じているとは思えないほど、紛れもなく王女様ですよね。それでいて国境も時代も超えて愛される親近感も兼ね備えている、すごい女優さんです。実は当初、アン王女にエリザベス・テイラー、ジョーにケイリー・グラントがキャスティングされていました。予算的に見合わなくてお流れになったそうですが、結果的に良かったのだと思います。この2人だと映像としてきれいだけど、きっと親近感が沸きません。映画のキャスティングは「最初は違う人だったけれど、やっぱりこの人になって良かった」みたいなことってあるじゃないですか。「インディ・ジョーンズ」シリーズのインディアナ・ジョーンズも、最初はトム・セレックに決定していたけれど、ハリソン・フォードになって結果的に良かったように、この作品でも映画の神様がほほ笑んでくれたようです。

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僕個人としては、エディ・アルバートが演じているジョーの親友のカメラマン、アーヴィングがお気に入りです。日本製のペン型カメラを愛用している彼は、面白くてかわいらしくて、なんといってもオシャレです。本作ではジョーをはじめ、他の登場人物はネクタイにスーツ姿ですが、アーヴィングだけはラフなTシャツにジャケットというスタイルです。その着こなしがとてもステキで現代でも通用すると思います。衣装デザインを担当したのは、本作でアカデミー衣装デザイン賞(白黒部門)に輝いたイーディス・ヘッド。ハリウッド屈指のセンスを誇った彼女が手がけた仕事にも注目してほしいです。

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『ローマの休日』を未来へ伝えたい理由

僕が『ローマの休日』を未来へ伝えたい理由は、本作は映画の教科書であり、人間の教科書でもあり、そして着こなしの教科書でもあるからです。監督、脚本、衣装、撮影、編集、そして役者といった映画に関わる仕事がしたいと思っている人のお手本になるような作品ですし、絵空事のお話なのに人間がしっかりリアルに描かれています。イーディス・ヘッドによる洋服のスタイリングも色あせることがありません。どんなに時代が過ぎようとも、いつでもメインディッシュになれる、オードリー・ヘプバーンという役者が世界中で一番美しかった瞬間をフィルムに焼き付けた、映画の教科書というべき名作。何度もご覧になっていただきたいです。

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