映画『リボルバー・リリー』で激しいアクションの裏にある繊細な心情の変化を描き出した綾瀬はるかの名演技

映画『リボルバー・リリー』で激しいアクションの裏にある繊細な心情の変化を描き出した綾瀬はるかの名演技

今や日本を代表する女優となった綾瀬はるか。これまでさまざまな役を演じ、そのたびに新しい一面を見せてきた演技派女優の一人だ。一気に知名度を上げたドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年、TBS系)では、不治の病で若くして命を落とすヒロインを、ドラマ「ホタルノヒカリ」シリーズ(2007~2010年、日本テレビ系)では、外ではキャリアウーマンだが家ではズボラな"干物女"の主人公を、ドラマ「奥様は、取り扱い注意」(2017年、日本テレビ系)では、元特殊工作員という過去を隠して生きるコミカルな新米主婦を、ドラマ「義母と娘のブルース」シリーズ(2018~2024年、TBS系)では、血のつながらない娘との距離感に戸惑いながらも成長していく、世間の常識に疎いクールな元キャリアウーマンと、話題となった作品の役だけでも枚挙にいとまがないほど。「もう演じ尽くしたのでは?」と思ってしまうくらい、多くの個性的な役を演じてきた綾瀬だが、映画『リボルバー・リリー』(2023年)でもさらに新しい引き出しを見せてくれる。

同作品は、長浦京の同名小説を行定勲監督が映画化したもので、第一次世界大戦と関東大震災の爪痕が癒えぬ1924年の東京を舞台に、綾瀬演じる元敏腕スパイ・小曾根百合が巨大な陰謀の渦に巻き込まれながら宿命と戦うさまを描いたエンターテインメント大作。謎の男たちに屋敷を襲われ、女中らを惨殺された細見慎太(羽村仁成)は、辛くも屋敷を脱出するが、追っ手に取り囲まれてしまう。窮地に陥った慎太の前に、S&W M1917リボルバーを握る謎の女性・百合(綾瀬)が現れ、慎太を助ける。出会いの裏に隠された驚愕の真実を知る由もないまま、2人は行動を共にし、巨大な陰謀の渦に飲み込まれていく、というストーリー。

241126lily02.jpg

主人公の精神的成長を感じる

綾瀬演じる百合は、"幣原(しではら)機関"という特殊機関で訓練を受けた元諜報員で、世界中の要人を57人も殺害した後、ぱたりと消息を絶ったという過去があり、今では東京の歓楽街・玉の井でカフェを営んでいるというキャラクター。優雅で美しく上品な婦人でありながら、いざ慎太が狙われる状況に陥ると、真の実力を見せるという役どころなのだが、あることがきっかけで諜報員を辞め、殺しとは隔絶した新しい人生を生きている中で、慎太との出会いから過去と向き合わざるを得なくなっていく。そのため、初めは心にぽっかりと穴が空いたまま生きているような、どこか空虚さを感じさせる雰囲気なのだが、過去と向き合うにつれて感情があらわになる瞬間が増えていく。この綾瀬の、次第に感情という血が巡っていくように心の穴が埋まっていくグラデーションの表現が素晴らしい。戦闘マシーンとして、まさに"リボルバー"のような冷たさを持ちながらも、人としての温かみも取り戻していく姿に、百合の精神的な成長も感じられ、人間ドラマとしても重厚なものになっている。

241126lily03.jpg

ただ激しいだけではないアクションシーン

そして、そんな心情の変化を伴いながらのアクションも、触れざるを得ないほどクオリティーの高いものになっている。一概にアクションといっても、さまざまなシチュエーションで魅せており、行動範囲が限定される列車の中に始まり、草原や川岸、路地裏、濃霧の中での1対1の格闘、街中での激しい銃撃戦、クライマックスでの大人数を相手にした大立ち回りと、それぞれパターンの違ったアクションが随所に散りばめられている。それらの激しい動きのキレもさることながら、シーンごとに違う百合の心情が反映されているところが他の作品とはひと味違っており、1つ1つのアクションの動きに意味が乗せられているからこそ、見る者の心を揺さぶってくる。この、ただのすごいアクションではとどまらないところが、「さすが行定監督。さすが綾瀬はるか」と思わずうなってしまう。負けられない理由、生への渇望など、アクションシーンごとの百合の心に期する思いを感じてみてほしい。

241126lily04.jpg

さらに、そんな百合の心情を揺さぶる対戦相手たちの仕事ぶりにも触れておきたい。百合たちとは相容れないが、自身の信念のために最期まで立ちはだかった陸軍の津山ヨーゼフ清親を演じたジェシー、"幣原機関"の後輩で百合を最後まで苦しめる南始を演じた清水尋也、何としても慎太を手にしたい津山の上官・小沢を演じた板尾創路など、それぞれがそれぞれの考えや思い、信念を持って百合と対峙するからこそ、フィジカルだけでなくメンタルの戦いとしての側面も描かれているところが醍醐味だ。

混沌の時代にそれぞれ思想の違う者同士がぶつかり合うアクションエンターテインメント。いろいろなパターンの迫力あるアクションはもちろん、その深部にあるキャラクターの心情をも描き出している綾瀬はるかの名演技をご堪能いただきたい。

文/原田健