織田裕二が「IQ246〜華麗なる事件簿〜」で見せたクセ強な名探偵の新境地
2025.09.03
2016年10月にTBS日曜劇場で放送されたドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜」は、織田裕二が主演し、IQ246の天才・法門寺沙羅駆(ほうもんじしゃらく)が難事件を鮮やかな推理で解決する本格ミステリーだ。役名は名探偵シャーロック・ホームズに由来するもので、まさにホームズさながらに頭脳明晰で天才的な推理力を発揮する主人公が活躍する。基本は1話完結形式だが、事件の黒幕的な敵の存在があるため、最終話まで飽きさせない重層的な構成が特徴だ。
"熱い男"のイメージを払拭した織田が斬新なヒーロー像を体現
TBSと織田裕二といえば、「世界陸上」のイメージが強いかもしれない。1997年から2022年まで世界陸上のメインキャスターを務め、「世界陸上2025」のスペシャルアンバサダーにも起用されている織田は、まさに同番組の"顔"でもある。世界陸上や代表作の「踊る大捜査線」などで"熱い男"のイメージが強い織田だが、本作の沙羅駆はやんごとなき貴族の末裔であり、嫡子は代々246という高いIQが遺伝するという特別な家系に生まれた男。超名家の主人として、浮世離れしているが、天才的な頭脳を生かして学問を追求してきた。暇を持て余し、難事件を解決することに異常なほどに貪欲だ。クセが強く、最初は視聴者が感情移入しにくいかもしれないが、次第にその個性に魅了されていくはず。
相棒役として、彼を警護するために警視庁から派遣された女性刑事・和藤奏子(わとうそうこ)役で土屋太鳳が共演。名前はワトソンをもじったもの。さらに、法門寺家に代々仕える当代の執事・賢正を演じるディーン・フジオカも登場。沙羅駆に小ばかにされながらも、懸命に任務を果たそうとする奏子の健気さと、主人に真摯に仕えつつ、スマートで格闘にも強い賢正。そんなトリオが、毎回起こる難事件に挑んでいく物語だ。
また、ハーバード卒のインテリ刑事・山田次郎役としてバレエダンサーで俳優としても活躍する宮尾俊太郎、捜査一課の勝ち気な女性刑事・今市種子役で真飛聖が登場。つい英語を口にしてしまう山田に、「英語やめろ」と高速で突っ込む今市の凸凹コンビぶりも楽しい。沙羅駆の異母妹・法門寺瞳を新川優愛。警視総監・棚田文六を篠井英介。賢正の父親で沙羅駆の育ての親・賢丈を寺島進。そして風変わりな監察医・森本朋美を中谷美紀が演じている。
このレギュラーメンバーも豪華な顔ぶれだが、毎回登場するゲスト俳優たちも素晴らしい。第1話の石黒賢を皮切りに、佐藤隆太、観月ありさ、国仲涼子、成宮寛貴、平岳大、山口紗弥加、稲垣吾郎と主役級の俳優ばかりが続々と登場する。そんな「日曜劇場」らしい豪華なキャスティングだけでも見どころ満載だ。
1話完結で事件は毎回異なるものの、本作の大きな特徴は前述したような黒幕キャラの存在だ。劇中ではマリア・Tと呼ばれる謎の女性だが、実は毎回起こる事件は、彼女が犯人たちに指示して操っていたのである。沙羅駆を凌ぐ「IQ300」の超天才的頭脳の持ち主で、その名は名探偵ホームズの強敵だったモリアーティ教授に由来する。シーズン前半では、マリア・Tの正体がポイントになっているが、中盤でそれが明らかになる場面が衝撃的だ。
豪華な俳優陣によるジャズの即興ライブのような演技合戦が展開
本作の魅力は、浮世離れした新しいヒーロー像としての沙羅駆を、織田裕二が見事に体現している点が第一だろう。人物設定と言い、事件現場に毎回現れて強引に捜査に乗り出す姿には、リアリティこそないものの、嫌みになりがちな強いキャラを独特な感性で好演。序盤こそコミカルな印象が強いが、後半では一気にシリアスな展開となり、そんな幅のある役柄を違和感なく演じられるのは織田の力量に他ならない。「相棒」の杉下右京や古畑任三郎、刑事コロンボといった歴代の名探偵たちも、それぞれクセが強く、犯人たちをイライラさせるが、法門寺沙羅駆は彼らの比ではない。何しろ、貴族階級なのだ。和藤奏子らの警察官を「平民」呼ばわりする感覚も尋常ではない。だが、常に小ばかにしていた奏子との間に次第に強い絆が生まれていき、後半では彼女を仲間として認めるようになる。それが感じられる場面にも思わず胸が熱くなる。
本作のプロデューサーを務めた植田博樹は、「ケイゾク」や「ビューティフルライフ」、「SPEC」シリーズなどで知られるすご腕だ。彼の言葉を借りれば、沙羅駆は「日本人がどこかに置いてきてしまった『日本の美意識』を体現する男で、貴族感あふれる発言に周囲はイラつき、近寄りがたい」という。だが、「織田さんならではの優しさ、かわいらしさ、おかしみがにじみ出てくる」と評していた。まさに、新しいタイプの名探偵像を作り上げた織田の功績は大きい。沙羅駆にばかにされる土屋太鳳、心から沙羅駆を信頼し命を賭して沙羅駆を守る執事のディーン・フジオカ、さらに中谷美紀や毎回の犯人たち。出演者たちが沙羅駆に振り回されるさまは、即興のジャズライブのような演技合戦となっている。
「IQ246〜華麗なる事件簿〜」は、織田裕二が新境地に挑み、従来の推理ドラマとは一線を画する意欲的な作品に仕上がった。長期シリーズでもっと見てみたかった気もするが、ここまで個性が強い作風だと難しかったのかもしれない。むしろ1シーズンで終わってしまったことで、結果価値が高まった感もある。ホームズを想起させながら、難解でロジカルなトリックではなく、ドラマらしいトリッキーな解決が多かった点は賛否両論あるところだが、わかりやすさには好感が持てるし、大人向けの上質な推理ドラマとして堪能できるはず。私見だが、本作は「もっと評価されていい」良作だと思っている。
文/渡辺敏樹