声優・日笠陽子インタビュー#3「イヤだった出来事も、視点を変えればおもしろがれる可能性がある」
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2026.02.20
「けいおん!」の秋山澪役をはじめ、「SHAMAN KING」の麻倉葉役、「戦姫絶唱シンフォギア」のマリア・カデンツァヴナ・イヴ役など、数々の人気作で多彩なキャラクターを演じ、その圧倒的な表現力と、お芝居の幅広さでファンを魅了し続ける声優・日笠陽子さん。クールな役柄から少年役まで幅広くこなす実力派でありながら、持ち前の明るさと飾らない人柄で、現場でもつねにムードメーカーとして愛されています。自身のことを「小6男子」とたとえ、いまでも真っ直ぐな心で仕事を楽しみながら走り続ける日笠さん。全3回にわたるインタビューで、そんな彼女の素顔に迫ります。
■人生も仕事も、"楽しむこと"がいちばん

――日笠さんが、声優として大切にされている言葉はありますか?
「うーん...あんまり思い浮かばないな。よくインタビューでは聞かれるんですけど、私、座右の銘とかも本当にないんですよ(笑)。声優ってつねに学びがある職業じゃないですか。だから『これだ!』と思って座右の銘を決めたとしても、次の現場ではまた新しい学びがあって考え方が変わってしまう。『あ、前のあれは違ったな』って更新されていくんですよ」
――ひとつの言葉にはなかなか決められないくらい、つねに自分自身が変化し続けているんですね。
「そう。だから、あえていうなら『人生も、声優としての仕事も楽しむ』かなぁ...やっぱり仕事も人生も、『楽しい』ほうがよくないですか?(笑)」
――それは間違いないですね...!
「最近、マジでそう思うんです。いろいろとこむずかしい言葉をこねくり回して考えたこともあるけれど、本当はシンプルで、人生は『楽しい』だけでいいんだって。そうやって楽しんでいれば、最終的にはなんとかなる。いろいろを経験したうえで、いまは本気でそう思っています。なんだか『シャーマンキング』の葉みたいなマインドだけど(笑)」
――「座右の銘」みたいなものを作ってしまうと、むしろ"自分を縛る"ような感じがしてしまうんでしょうか?
「いや、私は座右の銘があってもいいと思うんですよ。だって座右の銘って『自分がこうありたい』という意思表示のための言葉じゃないですか。その大切な一つの言葉を、ずっと突き通すことはとても素敵なことだと思います。一方で、私みたいにコロコロ変わっていく人間がいてもいい。それくらい、人って自由であっていいものなんじゃないかなって思っています」
――ちなみに人生も仕事も"楽しむ"ために、日笠さんが意識していることはありますか?
「物事を俯瞰して眺めること...ですかね。生きていると、どうしても目の前のできごとや、向き合った相手の感情を正面から受け止めてしまって、視野が狭くなってしまう。物事の『一面』しか見えなくなっちゃいがちじゃないですか。でも、どんなに辛かった経験でも、時間が経って過去になったら笑い話になったり、忘れていたりすることもあると思うんですが」
――むしろ、大人になるとたくさんありますよね。
「でしょ!つまり、その瞬間は物事が完結して見えていても、自分が動いていけば、それはまた別のものに変化していく。これは口でいうほど簡単じゃないし、私自身つねにできているかというと、そういうわけでもないんですけど。それに気づいたとき、『俯瞰して、視点をずらせば嫌だったこと出来事も、楽しくなる可能性を秘めているんだ』と思えて、だいぶ肩の力が抜けたような気がしました」
■背中を見せられる先輩でありたい

――今後、声優としての目標などはありますか?
「そうだな...後輩たちに『背中を見せる存在でいたい』とは思っています。いま、自分が会社を経営して先輩という立場にもなって、後輩に教えたり、指導したりする機会も増えました。そのなかで、一から十まで『こうだよ、ああだよ』って教えることもできるんですけど、最近『それって本当に正解なのかな?』と思うようになったんです」
――手取り足取り教えることが、かならずしも相手のためになるとは限らない?
「そう。いままでは『教えればいいじゃん』と思って全部教えるつもりでいたんですけど、それだと相手のためにならない。けっきょくその子自身が自分で気づいて、自分で『やるぞ』という意志を持たなければ、どこかで成長が止まってしまうと思うんです」
――たしかに...!
「かといって、『自分で気づく』まで放置してしまったら、いつまでたっても気づかないかもしれない。だからいまは『どうすれば自分で気づけるか』『どうやったら自分の意思を持てるか』ということに意識を向けて、あえて"待つ"ことも大事にしています」
――あえて待つ...。
「階段を上るときに、私が上から手を引いて引っ張り上げてあげたら、その子は自分の足で上るための筋力がつかないじゃないですか。だから、私は階段の上で立ち止まって、『頑張れ!』って応援して待つ。ときには、『先に行くね』と言って背中を見せることもあるし、振り返って『ここまで来い!』とハッパをかけることもある。本当に行き詰まっているときだけは、『次は右足を出してみな』とアドバイスをする。声優としても、会社としても、そんなふうに人と向き合える自分でいたいなと思っています」
――聞いていて思ったんですが...日笠さん、後輩たちへの愛が深いですよね。
「うん、自分でも『これは愛だろ!』って思いますもん(笑)。会社のトップとして、やっぱりうちに所属してくれる声優のことは、我が子同然だと思っていて。実際、子育てと同じだと思う...というと、お子さんがいる方から言わせれば、『もっと大変だよ!』って怒られちゃうかもしれませんけど(笑)。でも、どちらにも愛情が必要、という意味では共通していると思います。だから私も、親のような広い心と強い覚悟を持って、彼らの成長を見守っていきたいんです」
■世間の熱狂を気にするより、作品と役に向き合うことで必死だった|「けいおん!」秋山澪

(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部
――いまなお多くのファンに愛される作品「けいおん!」で、日笠さんは秋山澪を演じていました。当時の「けいおん!」人気はすさまじかったですが、キャストとしてはどんなふうに実感していたんでしょうか?
「それが、本人たちは意外と全然わかっていなくて...私たち声優としても駆け出しで、いうなればまだ『社会を知らない子供』みたいなものだったし、ビジネス的な感覚もなかった。たとえ周りから『経済効果が何百億』といわれたところで、数字が大きすぎてピンと来なかったですし」
――「どこか他人事」と思えるくらい、規模が大きすぎて実感がわかなかったのかもしれませんね。
「そうかもしれない。それよりも、私たちはただがむしゃらにお芝居をして、作品と役に向き合っていくだけ、みたいな感覚でした。楽器の練習もしなきゃいけなかったし、とにかく毎日必死で。だから、外側で起きている熱狂と、渦中にいる私たちの感覚には、すごく大きな差があったような気がします。『すごいですね』と褒められても、『それは作品がすごいのであって、私たちじゃないしな』って、どこか他人事のように冷静に見ていた記憶があります」
――逆にいえば、そのくらい役や作品づくりに集中していたんだな、ともお話を聞いて感じました。「けいおん!」がここまでの大ヒット作になった理由、その秘密は何だったと思いますか?
「まったくかわいげのないことを言って申し訳ないんですけど、そのヒットの理由、私が教えてほしいくらいなんですよ(笑)。というか、業界のみんなが知りたがっているんじゃないかな。ヒットって、生み出そうと思って生み出せるものじゃないですから...なんていうと『自分が大人になっちゃったな』っていう気もしますけど」
――でも、それがリアルな実感なんでしょうね。
「たしかに『まんがタイムきらら』系作品のアニメ化の走りではあったけど、『けいおん!』は原作が4コマ漫画でしたし、何が爆発的なヒットの要因になるのか、本当にわからなくて。『これがヒットするの!?』というものが流行ることもあれば、自信満々で『ヒットさせるぜ!』と作ったものがうまくいかないこともたくさんあるし...」
――なるほど。
「だから、当時のスタッフさんやプロデューサーさんとお話すると『なんでヒットしたんだろうね?』『どうやったらヒット出せるんだろうね』って話すんですけど、結論はいつも"謎"で終わるんです(笑)。頑張ったからってヒットするわけじゃないし」
――それがわかったら苦労しないですもんね。
「そうなんです。でもそうやって考えると、あのスタッフ、あのキャストで生み出したものが、こうやって社会に大きく広がったのは『本当に奇跡的な巡り合わせだったんだな』と思えてくるじゃないですか。いまは、それもまたいいのかなっていう気持ちが強いです」
■ライブでの「わたしの恋はホッチキス」衝撃の思い出|「けいおん!」秋山澪

――続いては「けいおん!」のライブイベントでの思い出のエピソードなどをおうかがいできますか?
「いちばんの思い出は、やっぱり楽器の生演奏で、忘れられない思い出があって(笑)。2回目のライブのとき、『わたしの恋はホッチキス』という曲を自分たちで演奏したんですが、この曲にすごく難しいパートがあったんです。練習では何度やっても一度も成功したことがなく、『どうしよう』と不安なまま本番を迎えてしまいまして...」
――それはすごく不安...(笑)。
「ところが...!本番では、その一番難しいパートが奇跡的にうまくいったんですよ!心の中で『うわ、できた!最後の最後に、できちゃった!』ってガッツポーズして...!!それで、曲の最後にみんなで顔を見合わせて『ジャーン!』って音を合わせて終わるんですけど、一番かっこいいラストの瞬間に、『ボイ~ン......』という、ものすごい不協和音を鳴らしてしまって(笑)」
――衝撃のラスト!(笑)
「『誰!?今の変な音出したの!?』って周りを見るふりをして、ほかの4人になすりつけようとしたんですけど......誰がどう見ても私でした(笑)。多分、山場を超えたことで、気が抜けちゃったんだろうな~。みんなにもお客さんにも完全にバレてましたね(笑)」
――ライブならではのハプニング。とはいえ、その空気感もまた最高ですね(笑)。
「本当ならいいシーンになるはずだったのに、完全にオチがついちゃったんだよなぁ...ある意味、伝説です(笑)」
――語り継がれるやつですね(笑)。
「あとは、会場の音響トラブルもありました。当時、さいたまスーパーアリーナでセンターステージを組むこと自体がめずらしくて、音響周りがまだ手探り状態だったんですよ。とくに、マイクからスピーカーの音も遅れて跳ね返ってくるので、音がズレて聞こえるんですよね。それでリズムが取れなくなって、演奏が止まりそうになったことがあって...」
――聞くだけで冷や汗が出ます...。
「その時、平沢唯役の豊崎愛生が助けてくれて、なんとか持ち直せたんです。たしか、そのあわあわしてる姿がライブDVDにもそのまま残っているので、ぜひ買って確認していただければ(笑)」
――観てみます(笑)。ちなみに、いまでもメンバーの皆さんと集まることはあるんでしょうか?

(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部
「5人全員で集まる、ということはもうないかなぁ。でも、佐藤聡美や竹達彩奈とはそれぞれ2人でご飯に行ったり、個々では会ったりはしています。豊崎愛生と寿美菜子と私の3人で集まることもありますし。全員が揃ったのは、『アニメロサマーライブ』に放送10周年記念でサプライズ出演したときかな。久しぶりに5人でステージに立ちました」
――久しぶりでも、やっぱり5人揃うと当時の空気感に戻る感覚はありましたか?
「そういう感覚もなくはなかったんですけど、それよりも10年経って久しぶりに並んでみて、『ああ、私たち大人になったんだな』っていう感慨のほうが大きかったかな。あの頃のがむしゃらな子供の私たちではなく、それぞれの道を歩んで成長した大人の距離感というか。それがすごく印象的でした」
■演じてる私たちにとっても青春以外の何ものでもなかった|「けいおん!」秋山澪

――日笠さんご自身は、秋山澪の魅力や、自分との共通点について、どんなふうにとらえていたんでしょうか?
「澪の魅力か...逆に『彼女の魅力は何だったと思いますか』って読んでる方に聞いてみたいくらいですね(笑)。共通点に関しては、いま振り返ってみても『ないな』と思います。それくらい、自分にはない要素だけで構成されているキャラクターを演じていた感覚でした」
――ご自身にない要素、といいますと?
「たとえば、極度の恥ずかしがり屋だったり、引っ込み思案なところだったり。私にはそういう要素がまったくなくて...だから当時、音響監督の鶴岡さんから、澪が怖がったり恥ずかしがったりするシーンを演じるたびに、『ぶって(ぶりっこして)やがるな!』って毎週のように言われていたんですよ(笑)」
――いやでも記憶に残ってしまう一言ですね...(笑)。
「自分の中にその引き出しがないから、一生懸命に演じようとすればするほど、"作られた感"が出ちゃう。当時は、『こっちも真剣にやってるのに!』なんて思っていましたけど、この年齢になって振り返ると、あのときの鶴岡さんからの言葉も、また愛だったんだなと思います。いや、ほんと愛だよなぁ...デビュー作も鶴岡さんにお世話になったし、また会いたいですね」
――それこそ、いまになれば「愛だった」とわかるのは、あらためて、日笠さんにとって「秋山澪」とはどんな存在でしょうか?

「『一緒に青春を過ごしたパートナー』ですかね。あの日々は、まさしく青春だった。仕事というよりも、本当に『部活』をやっていた感覚でした」
――どんなところに「部活感」を感じていたんでしょうか?
「とにかく必死だったこと。たとえばライブ前、公式に用意していただいた練習時間だけでは全然足りなくて、自分たちで『ノアスタジオ』を予約して、集まって楽器練習をしたりして。体力作りのために、自分のソロ曲を口ずさみながらランニングをしたこともありました」
――自主練もしていたんですね...!
「当時はライブ自体が初めての経験だったので、本番でどんな景色が見えるのか、どう頑張れば正解なのか、まったく想像ができなかったんです。何をしていいかわからないから、とにかく手探りで全部やるしかなかった。いまとなっては、経験を積んだ分、『この会場ならこういう景色だろうな』『こういう段取りだろうな』と想定できてしまうんですけど」
――経験があるからこそ、先が見えてしまう部分もあると。
「そうなんです。だから、何もわからずにただひたすら走っていたあの頃には、どんなに戻りたくても、もう二度と戻れない。そしてその"二度と戻れない時間"ということが、かけがえのない『青春』だったということの、何よりの証明だと思います」

取材・文/郡司 しう 撮影/梶 礼哉 衣装協力/sahara




