中村時蔵が語る「京鹿子娘五人道成寺」の魅力と映画『国宝』が歌舞伎界に与えた影響

中村時蔵が語る「京鹿子娘五人道成寺」の魅力と映画『国宝』が歌舞伎界に与えた影響

動画配信サービス「J:COM STREAM」にて、シネマ歌舞伎『京鹿子娘五人道成寺』が見放題配信中。

本作は、女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺(道成寺)』を5人の俳優が踊り分ける趣向で話題となった。『道成寺』は、映画『国宝』を機に、あらためて関心が高まっている演目でもある。

2016年に坂東玉三郎、中村勘九郎、中村七之助、中村児太郎とともに舞台に立った中村時蔵に、本作の思い出と『道成寺』の魅力、そして古典歌舞伎への思いを聞いた。

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■5人の俳優が踊る、女方舞踊の最高峰

――2016年に歌舞伎座で上演された舞台が、2017年にシネマ歌舞伎となって公開されました。

「もう10年も前になるのですね。元々は1人で通して踊る演目ですから、『5人で』とうかがい驚きました。ただ、旧歌舞伎座の閉場式(2010年4月30日)で『五人道成寺』が上演されたことも思い出しながら、『パートは追って玉三郎さんがお決めになります』とのことで、ドキドキしながら待ちました」

――『道成寺』は演目の中で、曲も衣裳も次々に変わっていきます。そのパートごとに「道行」、「金冠」、「鞠唄」など呼び名があり、時蔵さんは手踊りの「ただ頼め」をお一人で踊られました。

「5人揃っての『振り鼓』に至る前ですね。構成的には、ここで少し緊張の糸を緩め、お客様にも肩の力を抜いてご覧いただくパートです。でも『五人道成寺』では、この場面から急に踊ることになるわけで、やはり緊張しました」

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――「鞠唄」、そして「振り鼓(鈴太鼓)」から「鐘入」までは、5人の花子が揃って踊ります。

「『振り鼓』で、玉三郎さんを中心に5人が腰をおろすところがあります。僕は玉三郎さんの隣だったのですが、稽古の時に『全員もっと詰めて、ギュッと寄って』とおっしゃるんです。私としては畏れ多くて、内心『これ以上は無理!』と思っていたのですが、勘九郎のおにいさんから『もう寄るしかないよ!』と背中を押され、精一杯詰めさせていただきました。玉三郎さんが、左右両側の皆の顔を交互に見る振りでは、『ちゃんと踊れているかな』とチェックされているような気持ちに(笑)」

――シネマ歌舞伎では、舞台裏の映像や皆さまのインタビューも組み込まれ、ドキュメンタリーのように構成されています。

「玉三郎のおじさまが、編集にも大変こだわられたとうかがっています。

舞台のすぐ裏に5人分の鏡を並べ、皆がそこで拵え(化粧をしたり、衣裳を着付けて鬘をかけたり)をしたのでしたね。私は毎日、自分の拵えを終えて、舞台袖からおじさまの『恋の手習い』を見ていました。印象に残る一月となりました」

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■さまざまに広がる道成寺、その魅力

――『道成寺』から、たくさんの派生作品が生まれています。

「たしかに『男女道成寺』『奴道成寺』『紀州道成寺』、さらに『鐘ヶ岬』なども含め、『道成寺物』と呼ばれる派生作品が数限りなくありますね」

――その魅力を、時蔵さんはどうご覧になりますか。

「まず、華やかさではないでしょうか。舞台背景には、たいてい桜が描かれていながら、四季も感じることができます。日本人らしい色彩感覚もみられますし、女方舞踊で、1曲の中でこれほど衣裳が変わる演目も珍しいです。

そして何より曲が良いですね。パートごとに曲調がまるで変わり、全体で1つの大曲となっています。

『道成寺』に限らず、我々にとって歌舞伎の音楽は、常に踊りとセットです。何べんも踊るうちに、『なぜここに、この音が入るのだろう』など細かな音に気がつき、作者の意図を考えるようになります。正解が分かることはないのですが、考えた先に、何となく自分なりの答えが出る。そのようにして役者ごとに色々な解釈ができる曲は、良い曲だなと感じます。解釈の違いは、それぞれの踊りにも表れてくるからです。

もし誰が聞いても同じ解釈しか生まれないなら、歌舞伎役者はこんなに大勢いりませんよね」

――その違いは『五人道成寺』でもあらわれるものでしょうか?

「もちろんです。5人が揃って踊るところは、特に分かりやすいのではないでしょうか。同じ拵え、同じ振りで踊っていても、よくよく見れば全員の動きが、必ずしも揃っているわけではありません。そんな違いも、お楽しみいただけたらと思います」

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■型の中で、どう届けるか

――今月(4月取材時)は『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』「十種香」の八重垣姫役を。これはお姫様役の大役、「三姫」の一つに入るお役です。6月に勤められる「金閣寺」雪姫も、三姫の一つ。3度目の雪姫では、どんなことを大切にされたいですか?

「今の時代のお客様に楽しんでいただけるように。これは雪姫に限らず、最近特に意識しています。

歌舞伎には色々な楽しみ方があると思います。ストーリーもその一つですが、演目について皆さまが予習をしてこられるわけではありません。昨年は映画『国宝』をきっかけに、初めて歌舞伎をご覧になる方が増えました。初めての方に『なんだ、つまらないな』と思われるのも残念ですから、役者の側で、伝えるためにできることを考えています。当然、古典の役には型があり、そこから外れてはいけません。型の中で、何とか品格を落とさずに」

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――型の中でできることと言いますと...

「ひとつの例として、せりふのテンポ感はかなり意識しています。

歌舞伎は時間の流れがゆっくりで、せりふまわしにも音楽的な流れがあります。とはいえ、それがのべたらと長く続くと、同じ文字を何度も書いているうちに『なんだこの文字は』と感じるような、いわばゲシュタルト崩壊に近いことが、せりふでも起こりうると思うんです。お姫様の役の時も型から外れない範囲で、速められるところはかなり速く喋るようにしています。

ただ、分かりやすさの工夫がどこまで必要かは、演目によりけりです。せりふを変えてまで分かりやすくする、といったことは僕にはできません。

今月の『十種香』も、初心者の方には少々難しい演目かもしれません。でも『十種香』には『十種香』の良さがあり、古典のままの素晴らしさを楽しんでくださる長年の歌舞伎ファンのお客様もいるわけですから」

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■古典歌舞伎への入口を見据えて

――6月は「夜の部」に、もう一つ気になる演目があります。『華舞於河賑』と書いて、「はながまうおがわのにぎわい」。

「私の本名は『小川』と申しまして、歌舞伎役者の中には、三世中村時蔵を祖先に持つ『小川』姓の者が大量におります。歌舞伎界でも屈指の勢力、『小川』が勢揃いの一幕です(笑)」

「金閣寺」「華舞於河賑」が上演される 六月大歌舞伎(歌舞伎座 6月3日(水)~25日(木))

――それで「おがわのにぎわい」! 

「一番上が、中村歌六さん。そこから私の父・萬壽、又五郎のおじ、錦之助のおじ、そして獅童さん。次が私で、下に歌昇、萬太郎、種之助、米吉、隼人。さらに私の息子の梅枝、歌昇さんの息子の種太郎と秀乃介、獅童さんの息子の陽喜、夏幹。そこに音羽屋の七代目尾上菊五郎のおじ様、梅玉のおじ様、松緑のお兄さんが華を添えてくださいます」

――歌六さんと菊五郎さんと梅玉さん、人間国宝が三人も!

「そうです、国宝ですよ!(笑)」

――さらに7月は、スーパー歌舞伎『もののけ姫』でエボシ御前をお勤めになります。時蔵さんのエボシ様をきっかけに、古典歌舞伎に興味を持たれる方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。

「そうなっていただけたら、うれしいです。以前は、新作歌舞伎をきっかけに古典歌舞伎を好きになっていただくことに、難しさを感じていました。ですが一昨年の歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』をきっかけに、ありがたくも私のところは、歌舞伎を見に来てくださる方が増えたと感じています。その一点だけでも、新作歌舞伎に出て良かったと考えています」

スーパー歌舞伎 もののけ姫(新橋演舞場 7月3日(金)~8月23日(日))

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――最後に歌舞伎全般について。予習はした方が良いと思われますか? 

「演目によりけりですね。とはいえ、その『よりけり』をどう見極めるのか、という話ですよね(笑)。『お芝居は筋から理解したい』という方は、やはり予習いただくのが良いのではないでしょうか」

――シネマ歌舞伎の『五人道成寺』の場合は...。

「予習は必要ございません!そのうえで知識があれば、よりお楽しみいただけます。『安珍清姫伝説』(※)がベースだと分かれば、鐘に凄む花子の見え方も変わるでしょう。衣裳の色に込められた、古来の意味を知ると、振りと曲との繋がりも楽しんでいただけます。まずは一度、ご覧いただけたらと思います」

※思いを寄せた僧・安珍に裏切られた清姫が、恋の執念で大蛇となって鐘に巻きつき、隠れていた安珍を鐘もろとも焼き殺したという紀州道成寺の伝説

文/塚田史香 撮影/中川容邦

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