声優・阿座上洋平インタビュー#2「当たり前を疑え!阿座上洋平が『違和感』を大切にする理由」
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2026.07.31
「スティール・ボール・ラン ジョジョの奇妙な冒険」のジャイロ・ツェペリ役、「勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録」のザイロ・フォルバーツ役、「あんさんぶるスターズ!!」の天城燐音役など、その低音で野心的な響きを持つ声で、数々の話題作で存在感を放つ阿座上洋平さん。このインタビューでは3回にわたって、彼の等身大の素顔に迫るべく、出演作品に関するお話とともにこれまでの歩みと表現者としての現在地についてうかがいます。
■ブースの中だけで収まらないほうがおもしろい

――駆け出しの頃の思い出を教えてください。
「僕の初めてのアフレコが、あの『ONE PIECE』だったんですよ。だけど、当時はそれに浮かれるほどの心の余裕がまったくなくて、必死。ヒーヒー言いながら現場に入っていましたね」
――そうだったんですか...!
「というのも、僕が通っていた当時の『青二塾』っていまとはだいぶ違っていて、アニメのアフレコの技術なんか、まったく教えてくれなかったんですよ(笑)。マイクワークはもちろん、アニメの為の授業はほぼなかったですね。その代わり、役者に根本的に必要な舞台の基礎や日本舞踊、モダンバレエのレッスンのような、様々な表現の授業がメインでした」
――えっ、めちゃくちゃ意外ですね...!
「ほんと、『逆張りでそこだけ避けてるんじゃないの?』って思うくらい、声優に関する授業がなかった(笑)。そのくらい尖りまくった授業内容でした。いま、考えると声優といえども、アフレコのブースの中だけで収まらないように、そうやってほかの表現から学んだりすることがいかに大事かというのもわかるんですけど...」
――前回のインタビューでも「ブースの外から持ってきたものに挑戦しなければ、役者として成長できない」とおっしゃっていましたもんね。
「本当にそうなんです。『声優である前に、役者であれ』というのが、当時の塾長自身の教えだったんですね。けっきょく声優になるための授業をやるなら、どの専門学校に通っても同じようになっちゃうじゃないですか。そうすると『アニメのアフレコ』という枠で活躍できる人は増えるかもしれないけど、それよりももっと外の世界から色々な表現を持ってきて凝縮したほうが、ブースの中でも圧倒的におもしろいものができると思うんです。逆にそんな風に吸収していかないと勝ち残れない業界だと思います」
――そのほうが多様だし、おのおのの個性も生きそうですね。
「でも、当時はまだ自分も未熟でその辺がわかってなくて...!現場に入ったときにアフレコのことを習ってないから、何がなんだかわからず右往左往してました。『別録り』と言われてもその仕組みすら知らない、マイクワークもまともにできない。そうすると現場で、同じ事務所の先輩が教えてくれるんです。言うなれば、即戦力の真逆の状態(笑)」
――「即戦力の真逆」はパワーワードですね(笑)。
「振り返ってみると、そのときに『こいつ迷惑だから、使わないでおこう』って思われなくてよかったなぁ、と(笑)。でも、逆に考えると、いつでもそう思われておかしくない状況だったし、それで辞めてしまった人もいると思うと、複雑ですけどね」
――ちなみに、そこから「一人で現場に入っても大丈夫」と思えるようになったのって、いつ頃なんでしょうか?
「いや、そんなふうに思えるようになったのは、本当に最近ですよ。このごろようやく、現場入りするときに"極度には"緊張しなくなってきたな、ってくらい(笑)。それまでは、必死に何かを考えていないと、つねに押しつぶされてしまいそうな感覚でした」
■"当たり前"をそのまま受け入れることの怖さ

――実際、アフレコの現場に入ってみて戸惑ったのってどんなことなんでしょうか?
「いちばん大きかったのは、『マイクワーク』っていう概念ですよね。アフレコブース内って、大体複数本のマイクが立っていることが多くて、『どのタイミング、どのマイクでお芝居をするのか』を考えながらアフレコに臨まなければいけないんです」
――単に、「マイク前でお芝居をすればいい」というわけじゃないんですか?
「そう、お芝居以外にも自分の立ち回りを考えなきゃいけないんですよね。でもこれ、ふと冷静に考えたときに『相当不思議なことをしてるぞ』って思うんですよ(笑)。本来、"お芝居"ということだけ考えたら、『この次、誰がこのマイクに入るのかを意識してお芝居する』なんて、考える必要もないことじゃないですか」
――舞台などであれば、そもそも起こらないことですよね。
「加えて、主役の場合は一つのマイクを一人で使って、そのほかのマイクを主役以外のキャストで回していく、という暗黙の了解がある現場もあるんです」
――そんな暗黙の了解があるんですか。
「そうなんです。でもそうすると、同じ主役でもまったく違う背景を持つ場合があるんですよね。例えば、最初から主役としてデビューした人は、何のストレスもなく入って伸び伸びと芝居ができる環境でスタートする。一方で、現場でひたすらマイクワークを積み重ねて、ようやく主役の座を掴んだ人もいる。そうなったら、お互いどうしたってお芝居のアプローチは変わっていくんじゃないかと」
――たしかに、そういう部分はありそうです。
「ほかにも『音を立てるな』とか言われるけど、そういうルールも含めてこの業界の"当たり前"って、相当不思議なものがたくさんあるな、と僕は思っちゃうタイプなんです。ほかの業界、それこそ映像や舞台の方から見ると、相当不思議なことをやっているように見えるんだろうなって」
――それだけ、独特のやり方とかルールが多いんですね。
「でも、最近は自分たちの中にある、そういうちょっとした"違和感"に気付くことってすごく大事なんじゃないかと思うんですよ。その上で違和感を自分なりに解釈して、納得する。そうした過程がないと、最初から『こうだよ』って言われたことを受け入れて、『言われたことをただやるだけ』みたいな人になっちゃうような気がして...」
――思考が止まっちゃう?
「そうだと思います。もう一つ例を挙げるなら、たとえばキャラクターの顔の映像があって、セリフがない場面があるとするじゃないですか。でも、セリフがないと間延びするから、ふつうはアドリブの息遣いを入れるんですよね。そこまでは『全体の間尺のバランスを見てそうするんだろう』と自分でも考えられる。でも、例えば先輩がそのシーンで『ッ...』とアドリブで入れてる姿を見て、単純に「アドリブとはそういうものだ」と思考せず僕らもそれをやっていると、いつの間にか『このカットになったらこう』という考えがこり固まって、そこで自分の考えが止まってしまうと思うんです。セリフでもアドリブでもききちんと意味を考えなくてはと」
――それこそ、お芝居がブースの中で完結してしまっているような...!
「本来、そのとき取れる選択肢って、おそらくそれ以外にもあるはずなんです。このアドリブがそもそも要らない方が作品的に説得力がある場合もあるし、もしかしたらこれまでのアニメでやってきた『ッ...』じゃ通用しないかもしれない。そういうときに『なぜ、ここで息を吐いたのか』『本当に合う表現は...』っていうところから考えていかないと、いつも同じ表現になってしまうじゃないですか。そういうとき、『どうやって自分なりに成立させていくか』っていうのは最近になって、考えられるようになったのかなって思います」
――なるほど。業界の当たり前を受け入れるって、知らず知らず自分の表現の選択肢を狭めていることもあるんですね。
「『必ずしもそうだ』というわけじゃないけど、そういう部分もあると思います。じゃあ、どうするかっていうと、やっぱりさっき言ったように、感じた違和感を自分なりに解釈して納得することが大切なんじゃないかなって。僕自身も、放っておくと『言われたことだけやる人』になっても全然おかしくないと思うんですが、たまたま僕の中に『あれ、いま自分何してんだ?』っていう、冷静な目線で見るクセがあるから、そんなふうに考えるようになったのかもしれません」
■まともなヤツが一人もいない!|「クジマ歌えば家ほろろ」鴻田英

(C)紺野アキラ/小学館/クジマ製作委員会
――2026年春クールのアニメ「クジマ歌えば家ほろろ」では、お兄ちゃんの鴻田英(こうだすぐる)役を演じられています。まずは、作品やキャラクターに対する第一印象を教えてください!
「この作品は、一風変わってますよね。コメディーの皮をかぶったヒューマンドラマなのか、あるいはヒューマンドラマの皮をかぶったコメディーなのか(笑)。『次のシーンになった瞬間、もしかして急に血が流れるんじゃないか』ってくらい、ある種独特な緊張感もあるじゃないですか(笑)。ちょい怖のホラー回もあったり。そんな世界で生きている英ですが、じつは最初はすごく難しいと感じていたんです」
――どんなところが難しいと感じたんでしょうか?
「あの世界の中で英だけが、その世界から半歩ほど引いてツッコミを入れてくれるじゃないですか。というか、ほかの人たちは、クジマに対してあまりにもすんなり受け入れすぎてるというか(笑)。英だけはちゃんと最初から『なんだコイツ』ってなるし、途中からふつうに家族の一員として扱われ始めてからも、変なところは変だってちゃんとツッコミを入れる。だからこそ、演じる側としては、『俺も正気を保たなきゃ』という気持ちになりながらマイクに向かわなきゃいけないのが難しかったんだよなぁ(笑)」
――(笑)。 周りがどんどん受け入れていくからこそ、流されないようにする?

(C)紺野アキラ/小学館/クジマ製作委員会
「そうですそうです(笑)。あまりにも順応しすぎると、英まで正気じゃなくなってしまうので、どこか"半正気"を保ったまま演じなきゃいけないなと。だから、英が作中で突っ込んでいるときは、僕自身の理性でツッコんでいるような感覚が、すごくありました」
――「俺もそっちに混じりたい!」という気持ちはなかったんですか?
「いや、めちゃくちゃありましたよ!(笑) だから難しかった、とも言えるくらい。ただ、よくよく考えると、クジマという謎の生物が現れた世界のなかで『クジマよりも、自分の受験の方が大事なんだ』と言い張る英も、ある意味ではおかしいし、変な人ですけどね(笑)」
――たしかに!そうなってくると、まともな人が一人もいないんじゃ...!(笑)
「周りに変な人たちがいっぱい出てきて、あんな未知の生物が現れているのに、『うるせえ、俺の集中を乱すな』って自分の受験勉強を優先しようとする。いや、そんな状況でふつうそこまで冷静にいられるか? って、心の中では僕自身が英にツッコんでました(笑)。そんな『そこじゃねえだろ』っていうシュールなズレこそがたまらなく愛おしい、本当に稀有な作品だと思います」
■日常の"余白"に気づかせてくれる|「クジマ歌えば家ほろろ」鴻田 英

――実際のアフレコ現場はどんな雰囲気だったのでしょうか?
「現場は、すごくアットホームな雰囲気でしたよ。主役の村瀬歩さんがすごく温かい現場作りをしてくださって、率先してふざけていろいろなアドリブを投げてくれるので、僕らもそこに対して『どう乗っかっていくか!』という感じで、楽しく収録していました」
――なにか記憶に残っている思い出などは?
「作中では、クジマがロシア語をたびたびしゃべるんですが、クジマ役の神月柚莉愛さんのお芝居が本っ当におもしろくて...!神月さんは元々子役の方で、最近声優としてもいろいろな作品で活躍されているのですが、僕らじゃ持ってこられないようなアプローチを持ってくる。だからなのか、ちょっとした"異質感"みたいなものがあるんです」
――異質感、ですか?
「そもそもクジマって、どんな声が正解なのか、まったくわからないじゃないですか。もしかすると、大塚明夫さんのような渋い低音ボイスの方が演じても成立したのかもしれないし(笑)。神月さんのクジマの声を聞いたときは、最初『なんだろう、この異質感は...!』って思ったんですけど、それが最高にいい効果になっていて、ふつうのことを言ってるのに、それだけでおもしろくなっちゃうんですよね(笑)」
――わかります...!アニメを一度でも見ると、もう神月さんの声が正解だってなるから不思議。
「僕らはそこにただ乗っかっていきさえすれば、勝手に会話がおもしろくなっていくという、すごく不思議な現場でした」
――物語としては、英の受験勉強というのも物語の大切な軸になっていますが、阿座上さんご自身はこの作品からどんなテーマやメッセージを受け取りましたか?

(C)紺野アキラ/小学館/クジマ製作委員会
「最初に台本をいただいたときは、アニメーションになってどんなアプローチになるんだろうって思っていたんです。というのも、この作品って会話のテンポが結構ゆっくりな上に、セリフとセリフの間の、いわゆる『無音の間』を埋める時間がほとんどないんです」
――それこそ先ほどおっしゃっていた「間延びしてしまうから息遣いを入れる」みたいなものですか?
「そうです。掛け合いのシーンが終わってから、次の掛け合いが始まるまでの時間がめちゃくちゃ長かったりもします。だから収録しながら『下手したら、すごく間延びしちゃうんじゃないか...!』と心配していたのですが、オンエアをみてびっくり(笑)。美しい映像と、無印良品のお店で流れてそうな、心地よくて静かで少しアンニュイな感じの音楽がすごく良い感じで掛け合わさっていて...!」
――無印、なんかわかる...(笑)。
「アニメを見るときって、どうしてもセリフや展開といった『情報』をどんどん追いかけてしまいがちじゃないですか。でもこの作品を見たときに、何にもない一枚の背景の絵が持っている力強さとか、ただ鳥がパシャパシャと水浴びをしているだけの描写に対して、『あ、これって美しいな』と素直に思えた。そういう何気ない日常の美しさを、自分はいつの間にか忘れていたな、とハッとさせられました」
――たしかに...!
「せわしない現代を生きている人たちも、この作品を見てそういう感覚を思い出した方がいいんじゃないかなって。あくまでそこに流れているのは、街に住む人たちのリアルな人間ドラマの『時間』であり、心地よい『空間』なんだな、と」
――ある意味、現代人が見落としがちな生活の余白のような部分を、しっかり見せてくれますよね。
「そうですね。僕ら役者のお芝居を活かしつつ、そんな贅沢な余白が感じられるように作り上げてくださったのは、本当にスタッフの方々のすばらしい力だなと感じています」
■だれしも心のどこかが欠けている|「手札が多めのビクトリア」ジェフリー・アッシャー

――2026年夏クールの「手札が多めのビクトリア」では、誠実な騎士団長であるジェフリー役を演じられています。原作や台本を初めて読んだときの物語の印象はいかがでしたか?
「工作員として過酷な生い立ちを生きてきたビクトリアが、僕らの生活にある『誰かと笑い合う日常』のような当たり前の温かさ、『愛』を手探りで探していく物語だなと感じました。彼女にとってその温かな居場所になっていくのが、ジェフリーであり、ノンナという存在なんだろうなと。存在しない世界のお話ですし、設定もわりと複雑なんです。だけど複雑であればあるほど、この3人で過ごす時間を、すごく愛おしく感じられるような物語なんですよね」
――実際にジェフリー役に決まった時は、どういうお気持ちでしたか?
「嬉しさが大きかったですけど、その分プレッシャーも大きかったです。ジェフリーって本当にまっすぐで、誠実で、なんでもできて優しいという、長所ばかりが目立つキャラクターじゃないですか。これだけ『非の打ち所がないキャラクター』を自分が演じるときって、なんかムズムズしちゃうんですよね(笑)。僕自身のイヤな部分や汚さが、滲んだらどうしよう、という気がして(笑)」

(C)守雨/MFブックス/手札が多めのビクトリア製作委員会
――完璧すぎるキャラクターだからこその、悩みがあるんですね...!
「だから、こういう役を演じるときこそ、僕はあえて弱点や短所を探しちゃうんですよね。どんな人間だってやっぱり一つか二つは、どこか泥くさい、人間くさい部分があるはずですから」
――そういう人間味が見えるからこそ、愛せますしね。
「そう、ときには誰かに嫉妬しちゃうようなかわいいところがあったり、複雑な生い立ちがあったり。そういう完璧じゃない部分を、より『愛おしい』と思えば思うほど、演じられるフックが見えてくる気がして。実際、オーディションのときから『ただまっすぐで、かっこいい』だけだと、みんな同じようなお芝居になってしまうと思って臨んでいましたし」
――オーディションのときから、すでに...!
「彼の完璧じゃない部分を少し浮き立たせて、悲しいシーンや辛いシーンがより引き立つように意識して臨みました。合格の連絡をいただいたときは、そういう僕なりのアプローチを認めてもらえたのかなと思えて、すごく嬉しかったです」
――阿座上さんだからこその深みあるジェフリーがみられそうですね!放送を楽しみにしているファンの方々へ、本作の見どころを交えたメッセージをいただけますか。
「この作品は、誰の目線に立って物語を見るかによって、見え方がガラリと変わるおもしろさがあると思います。ジェフリーも、ビクトリアも、ノンナも、みんな心のどこかが欠けていてそれを埋めようとしている。そんな、いびつな形で集まった家族のような者たちの物語です。その欠落感っていうものは、本来他人と関わっていくなかで初めて気づかされるものだと思うのですが、工作員として育ったビクトリアは『自分が何を欲しているのか』にすら最初は気づいていないように見えます。僕は、そんな彼女にとっての『サンクチュアリ(聖域)』のような存在になってあげたいな、と思いながらジェフリーを演じました。切なくて辛いシーンももちろんあるのですが、基本的にはすごくほっこりする、愛おしい物語です。ですから、あまり『辛い展開があるかもしれない』と身構えすぎずに、肩の力を抜いて楽しんで見ていただけたら嬉しいです!」
■人が人を好きになることの尊さを|「透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。」鳴海潮

――同じく7月クールの「透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。」では主人公・空野かけるのルームメイトである鳴海潮(なるみうしお)を演じられています。
「大学に行っていない僕からすると、コンパという響きには、少しの憧れと、いかがわしいイメージがあって、『フン、けしからんな!』という気持ちなんですが、このお話は、冒頭がそんな大学生の新歓コンパのシーンから始まります」
――独特な紹介の仕方(笑)。
「ええ。やっかみですが何か?(笑) ......というのは冗談で、そのコンパで主人公のかけるが目の見えない少女・冬月小春に出会う。そこから物語が動き出すわけですが、この作品に出会って最初に衝撃を受けたのが、その小春の描き方なんですよね。目が見えないことを、ことさら強調するわけではなく、一人の登場人物としてフラットに扱っているし、周りも彼女を特別扱いしたりはせず、ふつうの学生として接している。そんな、現代よりもさらに一歩先にある社会のような世界観の描き方にすごく興味を惹かれました」
――それは素敵ですね。
「もちろん彼女との距離が近づいていくなかで、かけるも、例えば点字や、目が見えない人たちの活動を通じて、その世界をどんどん知っていくことになる。でも、かける自身がすごく奥手なので小春に対して『これをやると失礼かな』とか、『意識させちゃうかな』とか、モノローグで考えをすごく巡らすんですよね。その心の動きに、共感することもあれば、『気にしすぎだろ!』って思ったりもするんですけど、それがすごくおもしろいなって思いました」
――阿座上さんが演じる鳴海は、じつは群馬と兵庫にルーツを持つキャラ。偶然にも阿座上さんも群馬出身なんですよね?

(C)志馬なにがし・SBクリエイティブ/かけ恋製作委員会
「そう、本当にたまたまなんですけどね。ただ、最初に関西弁のキャラだと聞いたときは、『果たして自分が受けていいのか』という葛藤もありました。もし、エセ関西弁が作品全体のノイズになってしまったら、よくないなって。そしてなにより僕自身が、それを迷いながらお芝居をするのも健全じゃないなって」
――それでもやることを決意した理由というのは?
「さっき言ったように物語そのものにすごく興味を惹かれたことと、自分のような声質の人間は関西弁がフラットに喋れたらとても武器になるのではないかと思って。それで挑戦してみようと思って、オーディション前に、関西弁の知り合いにイントネーションを教わって臨みました。そしたら、ありがたいことに役をいただけたので、『やるからには関西弁も全力でマスターしよう』と腹をくくった感じです」
――実際、現場に入ってからの関西弁の練習や収録はいかがでしたか?
「じつは、この作品には僕の後輩の声優も携わっていて、鳴海のセリフもひと通り、仮音声として彼の音声があったんです。しかも、なんと彼は兵庫県出身らしく...!だから、彼の本場の関西弁の芝居をベースに僕が収録に臨んだので、まさしく兵庫県と群馬県の掛け合わせになるわけで...」
――鳴海と同じ、ですね...!
「いや、本当にすごい偶然だなって。ありがたかったです。内心、『どうか変なイントネーションになっていませんように』と祈っていましたけど(笑)。なんとか全力で演じきることができました」
――あらためて放送を楽しみにしているみなさんへメッセージをお願いします!
「作品としては、一人の男の子と女の子が出会って、純粋に心惹かれていく恋物語がベースです。ヒロインの"目が見えない"という要素はありますし、もちろんそれが物語のポイントになる部分はあるけど、でもこの作品が描こうとしてるのは、あくまで『人が人を好きになるって?』という誰にでも当てはまるシンプルなテーマだと思うんです。どんな人でも、恋をすれば相手の合わない部分に振り回されたり、悩んだりする。それでも、人が人を好きになるってそれだけですごく尊いことだし、大事なことだなって思える。あまり難しく考えないで、まっすぐ二人の恋物語を受け止めてもらえたら。そのなかで、僕が演じる鳴海は本当にムードメーカーというか、いるだけで明るくなるキャラクターです。『こういう存在がいてくれると助かるよね』という彼ならではの個性が、物語のなかでいい働きになってると感じてもらえたらもっと嬉しいですね」

取材・文/郡司 しう 撮影/梶 礼哉




