声優・井上和彦インタビュー#3「『役として感じて、役として生きる』自分で自分を縛らない井上和彦の演技の根幹」

声優・井上和彦インタビュー#3「『役として感じて、役として生きる』自分で自分を縛らない井上和彦の演技の根幹」

『美味しんぼ』の山岡士郎役や、『NARUTO-ナルト-』のはたけカカシ役、『夏目友人帳』のニャンコ先生/斑役など、長年にわたり数多くの名作で主要キャラクターを演じてきた声優・井上和彦さん。その柔らかくも力強い声質で、二枚目のイケメンから愛らしい動物まで、キャラクターの個性と心情を魅力的に表現し、幅広い世代のファンを惹きつけています。2024年には声優50周年を迎え、自伝書『風まかせ』を出版。「どんな状況も肩の力を抜いて楽しむ、どんなことにも学ぶ姿勢を忘れない」という井上さんに、全3回にわたってインタビューを実施。その出演作品や役への向き合い方をひもときながら、声優としての生き様に迫ります。

■ファンのやさしさが伝わってくる「夏目友人帳」

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――井上さんの演じるキャラクターの中でも、「夏目友人帳」のニャンコ先生はとても人気があるキャラクターです。ご自身で観て、どんなキャラクターだと捉えていますか?

「ニャンコ先生は、『自由な親父』ですよね。あの小さなフォルムで好き勝手なことを言っていて、ふつうの人間が言ったら嫌われてしまうようなことも平気で言う(笑)。中級妖怪たちと酒飲んで帰ってきたりとかしてね。それでいて、夏目のことを遠くから見守っているという。その見守っている感じをあからさまに本人が言わないところがおしゃれですよね。それが、夏目との信頼関係にもつながっているような気がします」

――「夏目友人帳」のアフレコなどで、何か思い出に残っているような出来事はありますか?

「たくさんあるんですが、一つを挙げるとすれば『夏目』の舞台モデルになった熊本の話ですかね。第二期が終わった頃『夏目』の友人である田沼要を演じる堀江一眞くんと『夏目友人帳』のラジオをやっていて、そのラジオの企画で金券をいただいたんです。その金券の使い道をラジオで話しているときに『じゃあ、「夏目」のシーンのモデルになった熊本県の人吉に景色を観に行って、そこでラジオも収録しよう』と。そこで人吉を訪れたときに、自治体や商工会議所のたくさんの方々に温かく迎えていただいたんですね。その方々にモデル地を案内していただいて、『ニャンコ先生が歩いていた道』とか、『夏目の通学路』とかを観て回っていたんですが、当時はまだその土地周辺に『夏目』関連のものは置かれていなくて、どこを見渡してもくまモンだらけ(笑)」

――くまモン人気はすごいですね!

「それがここ数年で、人吉で『夏目』が盛り上がっているように感じます。例えば、ARを使ってモデル地をめぐってリアルな場所でキャラクターと一緒に写真が撮影できるデジタルスタンプラリーができたり、2024年の10~12月には『ギフトラリー』というイベントが開催されてたりする。ほかにもここ最近で人吉でイベントがあって、何度か現地を訪れる機会がありました。その『ギフトラリー』のイベントをきっかけに、今回初めて少し離れている場所にあって、いままで行けていなかった『露神の祠』(第一期第二話)のモデル地に行ってみたんです」

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――「夏目友人帳」の中でもとくに人気が高いお話ですよね。

「あの話は、僕らもスタッフやキャスト陣も大好きな話で。露神さまを演じられた青野さんは2012年に亡くなられているのですが、その祠を訪れたときに、なんだか青野さんが近くにいるような気がしたんですよね。それも僕だけではなく、一緒に訪れたキャスト、スタッフみんなが言っていて。アニメの中の風景だったその場所が、そして初めて訪れたただの神社であるその場所が、僕たちみんなの特別な思いが重なった特別な場所になっている。そう気づいたとき、不思議でありながら、とても感動的な気持ちになったのを覚えています」

――なんだか露神さまのエピソードにも近いお話です。

「そうなんです。人吉にあるその祠を通じて、時空を超えて人と人が繋がるような感覚を覚えました。そして、その繋がりを生み出しているのが他でもない『夏目友人帳』という作品。アニメが持つ力の大きさを、あらためて実感しましたね。それと、人吉にはもう一つ、『夏目友人帳』の素敵なエピソードがあって。夏目の通学路になっている場所で、赤い橋がありまして、それも現実にモデルになった橋があるんです。その橋が数年前に大雨で川が氾濫して、落ちてしまったそうなんですよ。地元では危ないというので、橋を取り壊す計画になっていました。ところが、地域の方や夏目のファンの方が『あの橋を壊さないでください』という声を挙げたことで、橋の取り壊しの話はなくなって工事をすることになり、それがね、もう少しで開通するらしいんですよ」

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――「夏目友人帳」をきっかけに、それだけ大きな運動が起きるってすごいですね。

「僕はその話を聞いてね、『あ、「夏目友人帳」のファンの方々って、すごくやさしいんだ』ってことをしみじみ感じたんですよね。イベントなどでも、実際にファンの方にお会いして目を見ると、本当にみなさんやさしくて穏やかな方だなというのが伝わってきます。アニメが始まって十数年、ゆっくりじわじわと多くの人が愛してくれる作品へと育っていって、こういう作品に関われたことが僕にとってはすごく幸せなことだと感じています」

■役は"作る"のではなく、"なる"もの

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――演技をする際に大切にしているのは、どんなことですか?

「僕の場合は、言葉にするとわりとシンプルで『いかにその役の気持ちになりきるか』ということに尽きます。表面的に、形だけで役を作るのではなく、心から気持ちからその役になりきって、感じたことを大切に演じるイメージです」

――そう思うに至ったきっかけはあるんでしょうか。

「昔、それこそ20代の頃は『こういう場面ならば、こう言うべきだ』というように理論を組み立ててからお芝居をしていました。ある時ふと、『そういうものを全部捨てて感じたままやってみよう』と思って演技をしてみたら、頭で考えたお芝居では出てこないような表現が、すっと出てきたんです。そのときに『あれっ?』と思って。自分でも想定しなかったような演技なんだけど、それがすごく作品や役柄になじむ表現ができた気がしたんですよね。頭で考えてお芝居をすると、知らぬ間に自分で『その役はこういう人間だ』と勝手にキャラクターの幅を狭めてしまって、その範囲から外には出られなくなってしまう。それ以来、『計算しちゃいけない。役として感じて、役として生きればいいんだ』と思うようになりました」

――「役として生きる」。言葉で聞く以上に、難しいことのような気がします。

「たとえば、演劇には『エチュード』という即興芝居の練習方法があります。これは、セリフはまったく決まっていなくて、設定だけが決まっていて、即興でお芝居を組み立てていくというもの。そうすると、相手がまったく想定もしていなかったことを言ってくるわけです。それに自分が役として反応すると、どんどんお話しが発展していく。だけど不思議なもので、このエチュードが『こう演じよう』『こういうお話にもっていこう』と考えていくと、大体面白くならないんです。それは、相手のセリフや気持ちを、ちゃんと感じて、受け止めた上で話していないからなんですよね。このエチュードでやっているようなことを、声優として決まったセリフの中でできたらいいんじゃないかと思っているんです」

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――相手の反応を受けて、そのキャラならどう反応するのか。それを考えるのではなく、キャラの気持ちになりきって自然に反応するのが大事なんですね。

「そうだと思います。基本的にセリフが決まっているとはいえ、私たちはその中で驚き、悲しみ、また喜びもするわけです。その表現に新鮮さがなくなってしまったら、それはお芝居とは言えない。よく『役の気持ちを作る』という言い方をされる人がいますが、きっと役って"作る"ものではなくて、"なる"ものだと思うんですよ。『作ろう』と思って演技をしてしまうと、それは極めて予定調和的な演技しかできなくなってしまう。そうすると、何度やっても同じお芝居になってしまうんです。僕からすると、それだと『役が生きてこない』感覚があります。こうした感覚で演技に望めるようになってからは、より自由にその役やキャラクターを演じることができるようになった気がします。ただ、言葉で説明してもなかなかわかってもらえないことが多いんですが (笑)」

――言葉で「こういうことなんだ」とは理解しつつも、それが実際にどうやっているのかだったり、どういう感覚なのかは井上さんにしかわからないのだろうなと思います。今後の声優人生、どんなふうに歩んで行きたいですか?

「50年間やってきたのでね、もう『どんな役をやってみたい』とかっていうのはないですが、力みすぎず適度に力を抜いた演技をして、そのキャラクターの良さが引き出せる役者ではありたいと思いますね。これまでの歩みを振り返ると、どうしてもところどころに肩肘を張って頑張った場面とか、理屈で考えすぎてしまった瞬間というのもあります。でも今だったら、そういう『力み』を一切とっぱらった状態で、自分自身が演技に望めるんじゃないかなって思うんです。そんな気持ちで、みなさんに楽しんでいただける作品に一つでも多く出演して、お芝居をやっていきたい。今、思っているのはそれだけです」

――そのお言葉も「50年でたどり着いた境地」という感じがします。

「いやいや、それがそんな『境地』なんて言えるようなことでもないんですよ。まだまだ先輩たちからすると、僕なんて『若造だな』と言われますから(笑)」

■「悪役令嬢転生おじさん」に見る、おじさんの美学

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――2025年放送開始の「悪役令嬢転生おじさん」では悪役令嬢に転生してしまう50代のサラリーマン・屯田林憲三郎役を演じられます。

「屯田林憲三郎はおじさんなんだけど、でも考えてみると僕よりもだいぶ年下なんだよね(笑)。僕からすると結構若いと思ってしまうんですが、『世間からみたときのおじさんってこんなふうに見られているんだ』というのは、なんだか妙にリアリティをもって感じてしまいました。またね、そのおじさんが話すことがちょっと雑ではあるんですけど、社会を生き抜くのに役に立つような考え方だったり、培ってきた経験からくる重みのある言葉だったりするんですよ。別にそれがかっこいいわけでもないんだけど、どこか逆説的に『かっこよくない、かっこよさ』みたいなものも感じさせる。決め決めでいうべきセリフも全然決まらないとか、そんなキャラクター性が、逆に味というか魅力になっているんじゃないかと思います」

――「悪役令嬢転生おじさん」を楽しみにされている視聴者の方にメッセージをお願いします!

「仕事で疲れて家に帰ってきてから、何も考えず肩の力を抜いてぜひ見てほしい作品。『人それぞれ、誰にもわからないような悩みを抱えているんだな』と思ってもらえると、なんとなく次の日に頑張る力が湧いてくる。そんなふうに感じてもらえたら嬉しいですね」

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取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃

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