声優・井上和彦インタビュー#2「表現のヒントは現実の中にある。『美味しんぼ』が開いた新たな表現の道」

声優・井上和彦インタビュー#2「表現のヒントは現実の中にある。『美味しんぼ』が開いた新たな表現の道」

『美味しんぼ』の山岡士郎役や、『NARUTO-ナルト-』のはたけカカシ役、『夏目友人帳』のニャンコ先生/斑役など、長年にわたり数多くの名作で主要キャラクターを演じてきた声優・井上和彦さん。その柔らかくも力強い声質で、二枚目のイケメンから愛らしい動物まで、キャラクターの個性と心情を魅力的に表現し、幅広い世代のファンを惹きつけています。2024年には声優50周年を迎え、自伝書『風まかせ』を出版。「どんな状況も肩の力を抜いて楽しむ、どんなことにも学ぶ姿勢を忘れない」という井上さんに、全3回にわたってインタビューを実施。その出演作品や役への向き合い方をひもときながら、声優としての生き様に迫ります。

■ヒントは身近にあると気づいた「美味しんぼ」

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――「サイボーグ009」と並び、井上さんのお名前を広く世間に知らしめたのが『美味しんぼ』の山岡士郎ですよね。

「そうですね。当時、『美味しんぼ』は当時社会現象になるほど、人気がありましたから。『美味しんぼ』のアニメで何か食材が取り上げられると、全国のスーパーの売り上げが変わる、なんて話もありました」

――すごい影響力ですよね。

「『美味しんぼ』は、美味しいものは美味しいもので追求しつつ、それだけじゃなく食材の成り立ちからフードロスや後継者などの問題、食事が人の体や心に与える影響まで、根底に食に対する真面目さがあることが、しっかり描かれている作品だったので、そういう意味でも多くの人に影響を与えたと思います。
今でこそそういう作品もほかにあるだろうけど、当時、そんなグルメ漫画はありませんでしたから」

――その中で、演じられた主人公の山岡士郎は、井上さんにとってどんな存在でしたか?

「普段はぐうたらなサラリーマン、料理のこととなると途端にスイッチが切り替わって知的で二枚目になる。山岡士郎は、人間の多面性を表現する面白さ、新たな向き合い方を僕に教えてくれた役の一人でもあります。元々はアニメのパイロット版を制作陣が作っていて、どうやら声優もパイロット板そのままのキャスティングで進めるつもりだったそうなんです。ただ原作者の意向でそれが変更になり、もう一度オーディションをすることに。そのオーディションで選んでいただいた、という経緯です。......なんですが、じつはいざ収録を始めようという直前に、僕が肺炎にかかってしまいまして、急遽3週間の入院をすることになってしまいました」

――なんと......。

「『あぁ、これはきっと降板だろうな』と思っていたんですが、そのスタッフさん方が『入院されている間、特番を準備するのでそれで繋ぎましょう』と言って、待っていてくださったんです。入院中にも、音響監督の方がお見舞いにきてくれて。当時発刊されていた『美味しんぼ』のコミックスを全部持ってきて『これ、宿題ね』と言われて渡されました(笑)。退院するまで、それを病院のベッドの上で読んでいましたね」

――それだけ、「山岡士郎は井上さんじゃなきゃ」という気持ちが制作側にあったということですね。

「それは本当にありがたかったんですが......いざ収録が始まったら『かっこよく演りすぎ』というダメ出しばっかり出るんですよ(笑)。『もっとグータラ社員の感じで、ボソボソ喋って』と。それまで『ザ・主人公』というテイストの役ばかりだったので、『しっかり声を出して喋る』というのが体に染み付いてしまっていたんです。それに、当時の収録って今と違ってアナログじゃないですか。『ボソボソ喋る』と言っても、あんまり音量が小さいと、音楽や効果音に負けてしまうので、『ボリュームをください』とも言われるんですよ」

――「ボソボソ声で、音量をくれ」と(笑)。

「そもそもボソボソ声ができないのに、それで音量も上げろと言われても、困ってしまいまして(笑)。『どうしよう』と思っているときに、そのお見舞いに来てくれた音響監督に相談したら、その方がすごいボソボソと話す方だったんですよ。考えてみたら、ほかのキャストの方々はその音響監督のフィードバックが聞き取れないけど、なぜか僕だけ聞き取れる。『和彦、いま〇〇さん何て言ってた?』『こうだと思います』と、よく共演者にも通訳していたほど(笑)。『これだ!』と思ってその音響監督の喋り方のテイストを、山岡士郎に取り入れてみたんです。そしたら、その本人から『それ!それだよ井上くん!』って言われて(笑)」

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――めちゃくちゃ面白いエピソードですね(笑)。

「元々はやっぱり先輩声優や舞台役者などのお芝居がうまい先輩たちから学ぼうと思っていたんですが、そのとき、『お芝居の参考になるのって、芝居がうまい人だけじゃないんだな』ということに気づきまして、以来、周りにいる一般の方も演技をする際の参考にさせてもらうことが多くなりました。あとは山岡士郎の二面性あるキャラクターですよね。そうやってボソボソ声で喋る山岡も、料理の話をし始めるととたんにスイッチが入る。そうすると音響監督からも『井上くん、ここからはかっこよくお願いね!』とか言われるんですよ。そんな山岡を演じたことで、じつはその後、同じように二面性がある役のお仕事を多くいただけるようになりました。『NARUTO-ナルト-』で演じたカカシは普段はどこか抜けた感じがあるけど戦いになるとスイッチが入りますし、『夏目友人帳』のニャンコ先生も斑という上級妖怪である本来の姿を持っています」

――そういう意味でも山岡士郎は、井上さんにとって大きな意味があるキャラクター、作品になっているんですね。共演者の方との思い出などはありますか?

「これは放送当時ではなく、最近のことですが今年声優50周年記念公演でやった『エニグマ変奏曲』の東京公演で、上演後にトークショーをやる機会があったんです。そこに栗田さん役で共演していた荘 真由美さんがゲストとして来てくれて。真由美さん自身は声優を引退なさって、『美味しんぼ』以来、一緒に仕事をする機会はなかったのですが、『井上さんの50周年なら』ということで特別に。30年以上も経っているのに、こうして関係性が繋がって一緒にまたお仕事できる、というのが僕としてはとても嬉しかったですね」

――30年以上も経っていると聞くと、歴史を感じますね。

「今は配信サービスやYouTubeでも視聴できるので、たまに見返してみると、いまはもう亡くなってしまった先輩方のお仕事を目の当たりにすることもできてね、『あの人にお世話になったな』『あの先輩のお芝居、すごかったな』とか、いまだに感じるんですよ。『声優の仕事って、自分がいなくなっても作品の中で生き続けられるんだな』というのは『美味しんぼ』からつくづく感じます。自分がいなくなった後も、誰かが観てくれて喜んでくれたり、笑ってくれたり、感動してくれる。そんな作品、キャラクターを一人でも多く演じるのが、いまの私の目標でもあります」

■いまの趣味はロングライド

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――2024年は「声優50周年」ということもあり、お忙しくされていたとは思いますが、普段休日にはどんなことをしてリフレッシュしているんですか?

「体を動かすのが好きで、とくにいまは自転車のロングライドですね。2024年は、5月に佐渡島を一周する『佐渡ロングライド210』、6月に富士山の5合目まで登る『Mt.富士ヒルクライム』、9月には東日本大震災の復興支援を目的とした『ツール・ド・東北』と、3つの大会に出場させていただきました。どれも競技として競い合うようなものではないけど、ファンライドとして楽しみながらやっています」

――私はマラソンとか苦手なタイプなので、「きつそう...!」とか思っちゃうんですけど......!

「いやいや、僕だってきついですよ(笑)。自分でも『何やってるんだろう』と思ったりもしますけど、それでも走り終わってみると達成感とか、そこでしか味わえない感動があるので、走ってしまうんですよね。元々は、伊藤健太郎くん、野島裕史くん、勝杏里くんなど声援団で一緒に活動をしている男性声優陣に教わりながら乗り始めて。彼らのほうが20以上も年下なんですけど、『頑張って!』とか言われながら乗っています。最近では檜山修之くんも乗り始めて、これで声援団の男性声優はみんな自転車を始めましたね。

――声援団、とってもいいチームですね。

「僕としては、年齢を越えてこうやってコミュニケーションができるのが嬉しいなと思っていますね。あ、そうそう。一昨年......だったかな?自転車に乗っていたらある大会でたまたま影山ヒロノブさんと一緒になることがあって、彼とは30年前にご一緒に仕事をしたきりだったんですが、自転車をきっかけに再会しまして。30年前には仕事のお付き合いだったのが、時を経て、いまは『一緒に荒川の大会に出ましょうか』とかそんな仲になっているので、不思議なご縁だなと思いますね。

――自転車を通じてご縁が繋がっていく、とても素敵なことだなと思います。「風まかせ」(井上さんの著書)の中では、収録のあとによく飲みに行かれるお話もありましたが、最近も行かれることが多いんですか?

「以前はよく飲みに行ってましたけどね、コロナ禍以降、そういう機会もだいぶ少なくなっていると思います。少しずつ打ち上げなんかも復活はしてきていますけど、以前だったら二次会、三次会とどこまでも行っていたのが、最近だと僕も歳のせいか、一次会で満足して帰ることが多いですね。あとは、今でも収録で会えばよく飲みに行くのは、『NARUTO-ナルト-』のチームかな。『NARUTO-ナルト-』を収録している頃は、ほぼ毎週のように飲みにも行っていたので、いまだにその面々と会うと『行くか!』という感じで、行ってますね。森久保祥太郎くんとかね」

――「NARUTO-ナルト-」チームの結束力!やっぱり集まるとお芝居とか作品のお話をされるんでしょうか?

「それが、そういう話は意外としなくて、それぞれの芝居に対するこだわりはもちろん違うけれども、全員がプロとしてやっているので、そういう話は滅多にしないんですよ。だからヨガとか、最近ハマってるもの、みたいな話がほとんど(笑)。でも、そうやって普段からいろいろと話してると距離感は近くなるじゃないですか。この間高知のイベントでも、森久保くんがね、僕が楽屋で自撮りしてるのを見ていたらしく、トークのときにふざけて『自撮りジジイ(笑)』とか言っていじってくれまして。これだけ歳が離れていて、そうやっていじってくれるのも、やっぱり普段からそういう関係性があるからですよね(笑)」

■カカシの人間性が集約された言葉

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――せっかくお話が出たのでお聞きしたいんですが、井上和彦さんというと「NARUTO-ナルト-」のはたけカカシのイメージが強い読者も多いと思います。演じるにあたっては、どんなことを意識されていたんでしょうか?

「さっき『美味しんぼ』のところでお話したように、まずは普段と戦いのでの違いです。普段は先生として、真面目な熱血教師の『真面目にどう引っ張っていこうか』という感じではなくて、『子供たちの気持ちをのびのびと開放しながら育てていこう』という、ちょっと一歩引いたお父さんのよう気持ちでナルトたちに接している感覚」

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「それがいざ戦いになったら、命を賭ける。『楽しいだけじゃダメだぞ』ということを、彼らに見せて教える、伝えるような気持ちは持っていました。その空気感も、ただ現場だけで作ろうとするのではなく、第七班の役の子たちとはときどきご飯を食べに行ったりとかね。もちろん、そのためだけに食事に行っていたわけではないけど、そうやって、現実で僕たちの間に生まれた関係性が、作中のキャラクターたちの心情を立体的にしてくれる、ということもあります」

――じゃあ、井上さんが本当に第七班のメンバーにとっての先生的な存在だったんですか?

「そういう部分もあると思います。たとえば、成長して大人になったナルトを、ナルト役の竹内順子さんが『どう演じればいいんだ』といってすごく悩んでいたことがありました。その時、竹内さんが僕のところに相談に来て、『こんなつもりでやればいいんじゃないかな』と声をかけたのが、すごく参考になったこともあったみたいで、現実でも師匠と生徒、みたいな感じがありました。とはいえ、順ちゃんのほうがお芝居はうまいんですけどね(笑)」

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――(笑)。それも少年マンガらしいといえば、らしいですね(笑)。

「そういうのも全部、飲みに行く言い訳といえばそうだったのかもしれないですが(笑)。今はもう、みんな忙しくなってしまったので、集まったり遊びに行ったりとかはできないですけど、さっきもお話ししたみたいに『NARUTO-ナルト-』チームはたまに現場で会うと『飲みに行こうか』という話によくなっているような気がします。年は離れていますけれども、いろいろなことが話せるいい仲間ですね」

――井上さんにとっては、はたけカカシはどんな人物に映っていますか?

「カカシのセリフの中に『忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる.........けどな!仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ』というセリフがあります。僕は彼のキャラクターとしての人間性はそこに集約されるんじゃないかと思っているんですよね。それは指導者として人に教える立場である彼が、生徒に向けて発している言葉であると同時に、彼が自分自身に言い聞かせている言葉でもある」

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――カカシの名言としても有名ですね!

「この言葉は、彼と父親との関係が如実に現れた言葉でもあるんです。父親・はたけサクモは確かに勇敢な忍者だった。けれども、掟を破ってしまったことで迫害され、幼い自分(カカシ)を残して自死してしまう。カカシは、そんな父親と決別しようとする気持ちをもって成長してきた。だけど、どこかで父親の勇敢さを肯定したい気持ちもないまぜになっているんですよね。ただの言葉どおりの名言なのではなくて、そこにカカシならではの複雑な思いがのっかることで、あの言葉はもっともっと深みが増すような気がします」

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取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃

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