声優・井上和彦インタビュー#1「物や場所にこだわらず、心を遊ばせる『風まかせ』で歩んできた声優50年」

声優・井上和彦インタビュー#1「物や場所にこだわらず、心を遊ばせる『風まかせ』で歩んできた声優50年」

『美味しんぼ』の山岡士郎役や、『NARUTO -ナルト-』のはたけカカシ役、『夏目友人帳』のニャンコ先生/斑役など、長年にわたり数多くの名作で主要キャラクターを演じてきた声優・井上和彦さん。その柔らかくも力強い声質で、二枚目のイケメンから愛らしい動物まで、キャラクターの個性と心情を魅力的に表現し、幅広い世代のファンを惹きつけています。2024年には声優50周年を迎え、自伝書『風まかせ』を出版。「どんな状況も肩の力を抜いて楽しむ、どんなことにも学ぶ姿勢を忘れない」という井上さんに、全3回にわたってインタビューを実施。その出演作品や役への向き合い方をひもときながら、声優としての生き様に迫ります。

■声優50周年の一年を振り返って

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――2024年は声優デビュー50周年ということで、各種イベントから本の出版、そして舞台出演までお忙しくされていたかと思います。振り返ってどんな一年でしたか?

「とにかく忙しくて、50周年にして、こんなに目まぐるしく日々が動いていくのかと、驚いていましたね。各所から、お祝いしていただく企画でお声がけいただくのですが、その企画が上がるたびに『忙しくなるの、僕じゃない?』という気持ちでね(笑)。その忙しさに付いていくのは大変でしたが、終わってみると『ありがたいな』という気持ちが残る。そんな一年だったと思います」

――2024年3月26日は70歳の誕生日ということで、誕生月には自著「風まかせ」の出版、当日にはネオロマンスの出演声優陣が揃うニコ生配信もありましたね。

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「本当、豪華なメンバーが揃い踏みでしたね。ネオロマンスシリーズ自体も30周年という節目の年だったから、なんだか同窓会みたいな感じがしてね。そこでネオロマンス作品について、みなさんとお話しをしたり、過去のイベントの出来事を振り返ったりして、それがすごく盛り上がったんですよね。そしたら後日、その放送があまりに盛り上がって楽しかったというので、2025年1月のイベント開催が決まったらしいんです」

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「僕自身、2006年頃からネオロマのイベントに出演していますが、それまでだって舞台には出ていたけど、声優としてのイベントって、今ほどはなかったんです。だから最初は『本当に盛り上がるの?』くらいに思いながら出演してみたら、それはまったくの勘違いで。

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僕が舞台に出た瞬間に、歓声で壁が揺れてましたからね。あんな大歓声を浴びてしまったら誰だって『俺、人気者になったんだ』と勘違いしてしまいますよ(笑)。というぐらい、作品のすごさ、ファンの熱というものを感じるのが、ネオロマのイベントでした。

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ステージイベントに関しては、僕は『ネオロマに育ててもらった』と思っていますし、そこで出会った仲間たちとの繋がり、いまだにこうやって集まって盛り上がれるくらいの絆が生まれたっていうのは素晴らしいですよね。とくに関智一くんとは今年の夏、『井上和彦50周年記念公演』ということで二人芝居もやらせてもらって。それを3月26日のニコ生の放送で告知したりね」

――井上さん50周年の起点になったのが、そのニコ生の放送だったんですね。関さんとの舞台「エニグマ変奏曲」についても、すこしお話をお伺いできますか?

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「僕が演じるのは、孤島に住んでいるノーベル賞作家のアベル・ズノルコ。関智一くんが演じるのは、地方の新聞記者のエリック・ラルセン。ラルセンが島にやってくるところから話が始まります。舞台上のセットもシンプルで、二人の会話が中心の芝居です。ある『謎』をテーマにお互いの腹の中を探り合うような駆け引きがあったり、そこから少しずつ本当のことが明かされていき、徐々に二人の関係性が変化していくというストーリーです」

――夏に東京で上演しましたが、その後、2024年の12月末に大阪で再演されるのが決まっていますよね。

「そうなんです。夏の公演を観にきていただいた方からも多くの反響の声をいただいて、ありがたいことに舞台が終わって少ししてから大阪での再演が決まったという。本当は再演の予定はなかったものだから、夏に公演を終えた段階ですっかりセリフを忘れてしまって。それに年末ということもあって、二人のスケジュールを合わせるのがなかなか大変で、収録の合間を縫って『ここならできるね!』とか言いながら、いま頑張って二人で稽古しています。面白さは保証しますから、これを読んで興味を持っていただいた方は、ぜひ観にいらしてください」

■「楽しむ姿勢」の原点は、中学時代の遊び

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――芸歴50周年で出版された「風まかせ 声優・井上和彦の仕事と生き方」については、どんな思いで執筆された本だったんでしょうか?

「何もなく、そのまま通りすぎることもできたとは思うんですけど、50周年ということでちょうど本のお話をいただいたのがきっかけでした。そこでどんな本にしようかと考えたときに、50年間声優としてやってきて、これはけっして自分一人でここまでやってこれたわけではないな、と。いま自分がこうしていられる理由、『声優・井上和彦ができるまで』というところをテーマに、いろいろな人との出会いや、もらった言葉を書いていく本にしたいなと思って書いたのが、『風まかせ』です。

それも、本当に多くの人にお世話になったので、書き始めたら『この人も』『あの人も』みたいな方がたくさん、いらっしゃいまして。本当は、もっとたくさんの人が登場する予定だったんですが『あ、これは終わらないな』と思って、『どうしても、ここがないと声優・井上和彦にはたどり着かない』というポイントに絞って、書かせていただいていました。ただその分、僕の人となりがどう形成されたかという話は、少し駆け足で語ったかなという気がしています」

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「風まかせ 声優・井上和彦の仕事と生き方」(宝島社)

――じゃあ、その辺のお話は「風まかせ」にも書ききれなかった部分なんですね。

「そうです。もちろん本を書く上で、改めて自分の人生を振り返っていったので、『そうか!』と思うところはたくさんあったのですが、今回の本では載せきれなかった。とくに、人って幼少期から高校卒業ぐらいまでで大まかな人格は出来上がると思うんですよ。その間にどんな人に会って、どんな影響を受けたかでどんな人間になるかが変わってきますからね」

――印象的だったのが、エピローグで「楽しい」「楽しむ」という言葉が何度も出てきていたこと。これは井上さんの生きる上での姿勢なのかなと思って、今日お聞きしたいと思っていました。

「そうですね。『楽しませてくれるのを待つ』よりは自分で楽しいものを見つけたり、作っていくタイプではあると思います。それというのも中学生の頃の、地元の子供会での経験が大きかったのかなと思います。会長のおばちゃんに頼まれて、"ジュニアリーダースクラブ"という名前で、中学生ながらに小学生の子たちの面倒を見ていたんです。そこで、日々、みんながどんなことをしたら楽しいのか考えて、一生懸命、何もないところで遊びをつくって。まだ中学生なのでそこまで大それたものではないけれども、一応研修会に参加してそこでどんなことをすればいいのかを学んで、キャンプに行ってみたり、歌を歌ったり......」

――中学生ながらに、運営側として「楽しませる」方に回っていたんですね。

「まぁ大体は一緒に遊んで、ふざけてるようなものなんですけどね(笑)。でもその経験から、『物や場所が決まっていないと楽しめない』のではなく、『何もなくても心を遊ばせる』ことで、十分に楽しく過ごせるんだということには気づいたような気がしますね」

――場所を決めず、物も決めず、その場所にあるもので楽しむ。なんだかその姿勢は、「風まかせ」というタイトルにも通じていますね。

「確かに、あるがままという感じかもしれないですね。それに関しては偶然ですが、あのタイトルは元々、僕のブログのタイトルでもある趣味のウインドサーフィンから来ているんです。ウインドサーフィンって『風を掴んで走る』というのが大事なスポーツなんですけど、本来、風って見えないものじゃないですか。どこからどんな強さで風が吹くのかなんてわからない。一方で、僕ら声優のお芝居って、立体的な演技とは違って、見えない相手を想像しながらそれを感じて喋るのが仕事ですよね。それって『見えない風を掴む』こととすごく似ていると思ったんですよね」

――やっぱり、「どんな状況も楽しんでやろう」という気持ちが強いんですね(笑)。

■「サイボーグ009」オーディションの後日談

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――駆け出しの頃、ご自身として転機になった作品というと?

「いちばん大きいのは『サイボーグ009』だと思います。その前には、『超合体魔術ロボ ギンガイザー』でも主人公をやらせてもらってはいましたが、『サイボーグ009』の主人公・島村ジョーって、それまでの『ザ・主人公』みたいな男の子たちと違って、ナイーブな内面を抱えている主人公だったんですよ。そこでの演技や声のイメージが、声優・井上和彦のイメージとして、広がっていったのではないかと思います」

――島村ジョーの役はどんなふうに決まったんですか?

「その時のオーディションは結構難航していたようで、その役が全然決まらなかったそうなんですね。散々オーディションをして、それでもしっくりくる人が見つからないから監督が困っていたそうです。それで、僕がオーディションに行ったら、まだ演技もしていないのに『君だ!』って言われて」

――すごい、選ばれし感......(笑)。

「これは後日談として、つい最近知ったことなんですけど、じつは監督が言うには『会った瞬間に決まっていた』そうなんです。というのも、いろいろな人のオーディションをしてもなかなか決まらないときに、『サイボーグ009』の原作ファンの子が『井上和彦さんの声をぜひ聞いてください』という手紙を、わざわざ監督まで送ってきてくれたそうなんですよ。そこで、監督は僕の存在を初めて知って、オーディションに呼んでくれたそうです」

――その方、すごいですね......!脳内でのキャスティングのクオリティが高い(笑)。

「確か、その方は『キャンディ♡キャンディ』のアンソニーを観ていて、『井上和彦は島村ジョーに合う』と思ってくれたらしいんです。どんな方なのかは存じ上げないのですが、すごく感謝しています」

――「風まかせ」の中には、「『加速装置ッ!』というセリフがアドリブだった」というお話しもありました。

「そうそう、元々は台本に書いていないセリフだったんです。当時は、ロボット系のアニメが結構たくさんあって、先輩方が技名を言う場面を何度も目の当たりにしていたんですよ。だから、僕も『何か言いたい!』と思って。その前に主人公をやっていた『超合体魔術ロボ ギンガイザー』でも、変身したり、技を出したり、いっぱい叫ぶシーンがあったんです。『叫ばないと、アフレコした感じがしない』というほど、叫びグセがついていたというか(笑)」

――ロボットアニメ全盛という感じがしますね。

「そんな時代だったので、『サイボーグ009』でもやりたくなっちゃったんでしょうね。テストのときにいきなり言ってみたんです。『要らなかったらカットしてください。本人がその気になりたいだけなので!』とか言いながら何回もやっていたら、そのうち制作側も『しょうがないな』って(笑)」

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――そのセリフを言うことで、井上さん自身が島村ジョーの気持ちに入るという、意味もあるんですね。

「それも、少しあります。それで収録3回目、だったかな。台本に『加速装置ッ!』って書いてあって『よっしゃー!』と(笑)」

――ついに、公式に認められた......!勝手なイメージですけど、その時代の方が声優のみなさんアドリブが多いような気がしているんですが、実際はどうだったんですか?

「多分ですけど、あの頃の作品の方がアドリブを入れる隙間がたくさんあったんだと思います。いたずら心で入れた言葉が、採用されちゃったりね。今、かなり細かなところまで作品が作り込まれているので、アドリブを入れるだけの余裕が作品側になかったりするんですよね。その中で『余計なことを言う』というのがアドリブだとしたら、あまりそういうものはなくても成立してしまう。もちろん使ってもらえたら嬉しいですけど、それだけが狙いではなくて、アドリブを入れると現場の雰囲気がよくなったりもするんですよ。なので、『スタジオの雰囲気がよくなればいいな』と思いながら、めげずにアドリブを入れていってます(笑)」

取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃

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