裏声のX JAPAN『紅』もバッサリ!アニメ「カラオケ行こ!」はシニカルな笑い満載【松井玲奈】
アニメ 見放題連載コラム
2025.09.24
いつの時代も意外な組み合わせというのは、魅力的に光るものだ。今回ご紹介するアニメは、和山やまさんの人気漫画が原作の「カラオケ行こ!」。本作は合唱部の部長、岡聡実(さとみ)くんの前に突如現れたヤクザの成田狂児(きょうじ)に「カラオケ行こ!」と声をかけられるところから始まる。いやいや、急にヤクザに声をかけられたら縮み上がってしまいますよ。カラオケについて行ったらカツアゲされるんじゃなかろうか、いやそれよりもっと酷いことが待ち構えているのではないかと震えることでしょう。絶対に嫌だけど、断るのも怖くて嫌。窮地に立たされるとはこのことか、といったシチュエーション。
中学生とヤクザがカラオケで築く奇妙な師弟関係
しかし、彼は合唱コンクールで表彰される聡実くんの姿を見て、歌を教えてもらうならこの人だと運命めいたものを感じているのです。狂児の組では恒例のカラオケ大会があり、そこで歌ヘタ王になると組長に非常に微妙な入れ墨を入れられる掟(おきて)があった。その入れ墨を回避するべく、狂児に歌唱指導を頼まれ仕方なく練習に付き合わされる聡実くん。カラオケでつながった二人の奇妙な関係は一体どうなっていくのか...。
本作は4話+アニメオリジナル1話の全5話構成なので、休日にサクッと楽しむことができるのがいいところ。「中学生合唱部部長とヤクザがカラオケで歌の練習をする」という突飛な組み合わせが作品の大きな特徴ではあるが、カラオケを通じて人生の悩み、成長を描くギャップが新鮮でとても面白い。聡実くんは思春期真っただ中で、変声期を迎えようとしている。自分の体の変化、今までできていたことが思うようにできなくなるもどかしさの戸惑いや、大切に思う人へどう接していいのか分からなくなってしまう心の揺れがリアルに感じられ、強く共感ができた。
シニカルな笑いと掛け合いが光る和山やまワールド
和山やまさんの作品は、シニカルな笑いがそこかしこに散りばめられている。落ち着いた表情の登場人物たちが放つ言葉にはとてつもないパワーがあり、破天荒で次の一手が読めない狂児に対して、淡々とツッコミを入れる聡実くんの姿は小気味よい。特にカラオケでX JAPANの『紅』を歌う狂児に「裏声でキモい」とバッサリ切り捨てるところなど、いやいやそれは思ってても言っちゃいけないよ、と思わずくすりと笑ってしまう(でも本当に見た目と歌声が合っていなくて面白いのだ。私なら笑いを必死にこらえて、呼吸困難になることでしょう)。会話劇の面白さはこの作品の魅力の一つであり、普段はポーカーフェイスを決め込んでいる聡実くんが、ヤクザたちにおののきながらもアドバイスをするカラオケ練習の回は、お腹を抱えて笑ってしまう。
アンバランスな二人が時にぶつかりながら師弟関係や絆を深めていく過程がコミカルかつ、温かくラストに向かって盛り上がりを見せていく。合唱コンクールでソロを任された聡実くんは、思うように声が出ないことにずっと悩んでいた。それを誰にも相談することができず、一人思い悩んでいるのだが、そんな彼の胸のうちを知ってか知らずか、戦いに怖気(おじけ)づく彼に狂児は「勝負はやってみないと分からない。勝てるもんも勝てない」と言ってのける。試練は誰にでも等しく訪れるものだ。目の前に立ちはだかる壁は当事者にはとても高く、大きく見える。けれど、この一言の持つ力に聡実くんだけでなく、見ているこちらまで勇気をもらえる気持ちになった。そうだ、挑まなければ始まる前から負けである。
歌の力が導く二人の成長と深まる絆に胸を打たれる
最初は二人のアンバランスさに笑っていたはずなのに、気が付けば聡実くんと同じように狂児を慕い、二人の間に生まれる絆に胸をがっしりとつかまれていた。物語の始まりからは想像もつかないラストの展開には思わず拍手を送ってしまうほどだった。歌の力というものは、芝居や小説では太刀打ちできないほど大きいと常々感じている。一曲の数分間に詰め込まれた魂の叫びは、積み重ねた言葉や人間関係なんて吹き飛ばしてしまうほど、大きく人の心を揺さぶってくる。
本作は幅広い人が楽しめる作品であり、特にキャラクターの等身大の成長物語が好きな方にお薦めしたい。そして見終えた後は、あーカラオケ行きたい!と感じてしまう。こんな出会いは自分にはなかったが、人生には思いがけない出会いがあるものだ。過ごした時間は短くとも、彼らの絆は大きく強固なものである。これを書いている段階では、まだ放送されていないアニメオリジナルの話がどんなものになるのかは分からないが、聡実くんと狂児の物語の続きを見られるのが今から楽しみで仕方ない。
