是枝裕和監督が語る「阿修羅のごとく」のリメイク「向田邦子とは何だったのかと、より深く理解するためのアプローチ」

是枝裕和監督が語る「阿修羅のごとく」のリメイク「向田邦子とは何だったのかと、より深く理解するためのアプローチ」

Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」が2025年1月9日(木)から世界独占配信がスタートする。向田邦子作品の中でも代表作とされる本作をリメイクするのは、是枝裕和監督。これまで「誰も知らない」(2004年)や「そして父になる」(2013年)、「海街diary」(2015年)をはじめ数々の名作を送り出してきた。「万引き家族」(2018年)で第71回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞するなど、近年も国内外で高く評価されている。そんな世界的名匠として知られる是枝監督にとって最も尊敬し一番影響を受けた人物が、日本のホームドラマの礎を築いた不世出の脚本家・向田邦子だ。数多くの向田作品の中でも、「阿修羅のごとく」(1979〜80年)は最高傑作として名高い。本作の物語の中心となる竹沢家の四姉妹の日常は、年老いた父の愛人問題をきっかけに大きく揺らぎ、それぞれ抱える葛藤や秘密があらわになる。恋愛観も生き方も違う姉妹が本当の幸せに向き合っていく、泣き笑いが細やかに描かれる、昭和を代表する家族劇の傑作だ。今作では、四姉妹に宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すずと華やかなキャストを迎え、オリジナルを尊重しつつも女性の自立に焦点を当てて現代にふさわしい新たな「阿修羅のごとく」が誕生した。念願かなってのリメイクを手がけた是枝監督にインタビューし、作品への思いや魅力などを聞いた。

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――向田邦子さんについて、是枝監督は「最も尊敬し自分にいちばん影響を与えた」と話していますが、向田作品との出会いはどこまでさかのぼりますか?

「名前を意識しないで見ていて、後で『あれも向田邦子だったのか』と思ったのは『だいこんの花』(1970年)です。『寺内貫太郎一家』(1974年)以降の連続ドラマは、同時期に見て楽しんでいました」

――その中でも、一番好きな作品としてたびたび言及してきたのが『阿修羅のごとく』です。是枝監督にとって、なぜそこまでの作品になったのでしょうか?

「素晴らしかったのは女性たちの人物描写ですよね。直後に向田さんがお亡くなりになったことも大きかったと思います。彼女はこの先どんな作品を書くんだろうと、想像がものすごく膨らんだところで、キャリアが突然終わってしまったから。僕がテレビドラマに夢中になった1970年代、脚本家といえば向田さんと倉本聰さん、山田太一さんの3人が頂点でした。市川森一さんを加えれば、それがトップの4人。幸いなことに倉本さんや山田さんとはお会いすることができて、創作についていろいろお話をしましたが、残念ながら向田さんとはできなかった。だから今回『阿修羅のごとく』をリメイクすることは、向田邦子とは何だったのかと、より深く理解するためのアプローチだったのかもしれません。自分なりの決着の付け方とでも言うんでしょうか」

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――今回のリメイクは、八木康夫プロデューサーから是枝監督の元に企画が持ち込まれたことで実現したと聞きました。その時点ですでに四姉妹のキャスティングは固まっていたそうですが、それ以外に是枝監督からの提案や要望はありましたか?

「オリジナルが相当に完成度の高い作品なので、初めは脚本を1字1句変えずにやろうと思いました。ところが制作するにあたり、実妹の向田和子さんにお会いしたところ、脚本は好きなようにしてくださいとおっしゃったんです。それで少し手を入れてみようかと思い、脚色し始めたら、4人の俳優たちのキャラクターに沿って書き加えていくことが楽しくなってしまった。それなら女性像そのものもアップデートしていこうと思ったんです」

――アップデートしようと思ったのは、具体的に言うとどんな点ですか?

「オリジナルが作られた当時の、時代の制約を特に受けているのが、夫の不倫に悶々とする専業主婦の次女・巻子です。彼女の姿は、当時としてはリアルだったかもしれませんが、今の視聴者が見た時に一番共感しにくいキャラクターかもしれません。巻子だけでなく、妻のいる男性と密会を重ねている長女・綱子のうしろめたさや、三女・滝子の男性経験の乏しさ、四女・咲子の男性に引きずられていく弱さも、今の視点から見るとそれぞれ少し気になるなと。そこはアップデートしようと思いました」

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――脚色にあたっては、グレタ・ガーウィグ監督が『若草物語』を現代的な解釈で映像化した『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』が参考になったそうですね。

「あの作品は古典の再解釈に成功していたと思います。特に四姉妹の次女・ジョーが文筆業で自立するという着地のさせ方は見事でした。『阿修羅のごとく』の四姉妹は、もちろんあの四姉妹とまったく異なりますが、4人の力関係をオリジナルと少し変え、それぞれが自分を肯定していく流れをちょっとずつ太くしています。あくまでオリジナルを尊重しつつ、4人のキャスティングと時代状況に合わせて脚色を行いました」

――オリジナルは1話から3話までがパート1、4話から7話までがパート2として作られていました。3話までと4話以降では感触が多少違いますね。

「3話までできれいにまとまっているけど、4話以降がないと三女・滝子と四女・咲子が生きてきません。4話以降で、滝子と咲子の経済状況や、女性としての輝きみたいなものが逆転していくところが、ヒリヒリしていて面白いですよね」

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――四姉妹はガンガンとぶつかり合いますが、心の底では互いを思いやっている。それが細かいセリフや演技を通して伝わってきます。

「会話で交わされる表面上の毒と、その背後に隠された愛、その両方があるから向田邦子のドラマは豊かなんです。それは人を描く上で大事なところだし、言葉になっているセリフを伝えるだけでは芝居じゃない。今回、四姉妹を演じた4人はみんなそれができる人たちだったので、撮っていて面白かったです。含みの部分をちょっとしたことで出せるんですね。4人も演じていて楽しそうでした」

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――四姉妹を演じたキャストの方々については、撮影を経てどんな印象を持ちましたか?

「4人はお芝居のつかみ方がみんなバラバラなんです。一番自由なのは、実は長女役の宮沢りえさん。事前にはほとんど決め込んでいなくて、4人の掛け合いの中で、じゃあ私はこう動こうって自分のポジションをつかんでいくんです。動体視力がいいんでしょうね。生き生きしていたと思います。そんな宮沢さんの、見事な受けをしていたのが、次女役の尾野真千子さん。待ち時間の間、宮沢さんと尾野さんがずっとふざけていて、それに周囲が巻き込まれていく(笑)。ムードメーカーでしたね。夫の鷹男役を演じた本木雅弘さんが、尾野さんとは芝居がとてもやりやすかったと話していましたが、それくらい受けが見事でした。集中力もすごくて、一気に芝居に入っていくんです。三女役の蒼井優さんとは、今回初めてご一緒しましたが、すてきな人でしたね。尾野さんとはまた違ったタイプの集中力があって、3秒でスイッチが入る。それはそばで見ていても分かるし、本人も分かるそうです。そして何度も繰り返しそれができる。特殊能力なのかもしれません。勝又役の松田龍平さんとの掛け合いもすごくよかったですね。四女役の広瀬すずさんは、基本的にNGを出しません。完璧に出来上がった状態で現場に来て、テイク1から100点を出してくる。どんなキャリアを踏むとああなるのかって、3人のお姉さんたちが驚いていました。広瀬さんは、デビュー時の宮沢さんと顔立ちが似ているとよく言われてきたそうですが、天才肌のところは似ているかもしれません。みんなタイプはバラバラだけど、全体としてバランスはすごく良かったですね。この4人だったから、向田邦子の脚本を立体化することができたんだと思います」

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