声優・梶裕貴インタビュー#3「梶裕貴が抱く、『そよぎAI』原点の思いと声優としての信念」
アニメ インタビュー
2024.11.29
「進撃の巨人」のエレン・イェーガーをはじめ、「七つの大罪」のメリオダス、「僕のヒーローアカデミア」の轟焦凍、「鬼滅の刃」の錆兎など、数々のヒット作で主役や人気キャラを演じる梶裕貴さん。その透明感ある声と繊細さながらも力強い演技は、キャラの魅力を深く引き出し、その存在に命を吹き込みます。その圧倒的なパフォーマンス力をもつ梶さんが大事にしているのが、挑戦心を持ち続けること。未来を見据え、つねに新しいことに挑戦し続ける自身のことを「つねにファイティングポーズを取っている」と語ります。このインタビューでは全3回にわたり、梶裕貴さんの出演作品に対する思いや、声優としての歩みをひもときながら、その人となりに迫ります。
■「そよぎAI」原点はコロナ禍での思い

――最近では、生成AIによる"声の無断利用"した音声や動画がSNSなどで共有され、問題となっています。そんな中、梶さんはみずから「そよぎフラクタル」プロジェクトを立ち上げ、あえて公式でAI音声を解禁しました。これはどんないきさつだったんでしょうか?
「『そよぎフラクタル』につながる思いが芽生え始めたのは、コロナ禍におけるステイホーム期間でのこと。それまで誰もが経験したことのない未曾有の事態に陥って、社会全体が一度ストップしてしまったじゃないですか。そのとき、あらためて『僕ら声優は作品、キャラクター、台本があって初めて人の役に立てる仕事なんだな』と痛感したんです。言ってみれば、1を100にする仕事。アニメの製作がストップし、外出もできないという状況になると、声優にはできることが何もなくなってしまったんですよね。みんなが困っているときに何もできない自分がすごく歯がゆくて、本気で『僕にできることはなんだろう』と考え始めたのが、そもそものきっかけでした。そんな中で、まず始めたのがYouTubeチャンネルでの朗読で」

――確かに、梶さんのチャンネルは2020年頃に童話の朗読から始まっていますよね。
「そうです。そのとき、自分で収録して編集し、アップロードするという、要は0から1をつくるクリエイティブを初めて自力でやってみたんですよ。もともと、ものづくりが好きなタイプではあったので、その作業自体はすごく楽しかったですね。でもコンテンツが朗読だけだと、なかなか幅広い人に認知していただけなくて。なので、そこからできるだけ間口を広げるためにゲーム実況をしてみたり、ほかの声優さんと一緒に脱出ゲームをやってみたりと、いろいろ試行錯誤を繰り返しながらチャンネルを運営していきました。こだわり出すと結構のめり込んでいく性格なので、しばらくすると、より完成度の高い動画を目指し、カメラや照明、音響機材を揃えてみたり、編集に関しても、さらに魅力的な演出ができるようにと、独学で勉強していくようにもなって。勉強するのがすごく面白かったですね。でも同時に、動画制作のプロの方々のすごさも改めてわかった気がしました。餅は餅屋だなと。『じゃあ、自分は?』と考えると......やっぱり、声を使って何かアクションを起こしていきたいなという思いが強くて」
――ほかのプロの存在を意識することで、自分の武器とやりたいことが明確になったんですね。
「はい。なので、自分のYouTubeチャンネルで朗読を配信しつつ、それ以外にもリアルな舞台として朗読劇を企画し、いろいろな人と一緒に作り始めてはいたんですが......やっぱり集団でのものづくりをするって、そう簡単にはいかないもので。企画が立ち上がったとしても、実現する前、みなさんにお届けする前に立ち消えてしまうものがいくつもありました。そんなことが続いていたあるとき、『このままでは一つも形にできないまま終わってしまう』と思い、原点に立ち返ってみたんです。声を使って、自分一人でもスタートできて、かつ一つのムーブメントとして、自然と人から人へと広がっていくもの。それはなんだろうと。そこで思い浮かんだ答えが、音声AIソフトでした」
■声の権利、考える機会に

――音声AIソフトを選んだ理由について、もう少し詳しくお聞きしてもいいですか?
「自分一人で、または特定のチームでものづくりをしていくスタイルをやめたということです。発想の転換といいますか。つまり音声AIソフトさえあれば、僕が全国各地に飛び回って一つ一つのセリフを新たに収録していかずとも、ユーザーそれぞれが自然発生的にコンテンツを生成し、その波を形成していってくれるだろう、というわけです。そうすれば、その音声を聴いた人から、また別の人へと想いが繋がっていくし、そこで生まれたものをきっかけに、まだ誰も想像したこともなかったようなエンターテインメントが生まれる可能性もあるんじゃないかと考えたんです。そのムーブメントから着想を得て、プロジェクト名に『フラクタル』という言葉を入れました」
――なるほど。ではAIという部分に焦点を当てたのは、どういった動機があったのでしょうか?
「昨今、AI技術が加速度的に進化し、僕たちの日常が大きく変化していく様子を目の当たりにする中で、それが良い面ばかりではなく、悪用リスクや危険性もはらんでいるという状況も、一人の声優として感じていました。今の時代、AI搭載のアプリを使えば、とくに専門技術などなくとも、誰でも簡単に他人の声を使った音声や動画が作れてしまうんです。しかも、そういった無断ディープフェイク動画などが、遊び感覚で、悪気なくアップロードされているという現実。SNSを通じて、そんな動画を目にするたびに、『声の権利って、まったく保証されていないんだな』とやるせない気持ちが湧いてくるんです」
――AIは良い面ばかりに目がいきがちですが、作り手の権利に関しては、法整備も使用者の倫理観もまったく追いついていないような気がします。
「そうなんです。先ほどお話した、SNSにディープフェイク動画をアップしてしまっているユーザーも、おそらくその多くが、悪いことをしたくてやっているわけじゃなくて、ただ『面白いものができた!だからみんなに共有しよう!』という無邪気な思いでやってしまっている人がほとんどだと思うんです。だからこそ本人が公式として、より質が高く、違法性がない音声AIソフトを出すことで解決する問題もあるのではないか、誰もが『それで遊んだほうが楽しい』と思えるものを生み出せば、この負の連鎖を断ち切れるのではないかと思ったんです。違法なものが横行している現状を逆手にとって、『公式の製品以外は悪質な模造品なんだ』という認識を持ちやすくさせる、というわけです。かつて音楽の配信媒体が公式的に誕生したことで、違法ダウンロードが激減した時のように」
――確かに......!
「思いついてからは早かったですね。音声合成ソフトの制作会社さん数社に連絡をとって、打ち合わせ。自分の理想と近い形で製品化できるソフトを選んだら、契約を結んで収録スタート。完全自主企画。つまりは自腹で費用を捻出し、業務連絡なども基本的にすべて自分で行うということ。活動していくうちに、身の周りで興味を持ってくれる方も現れて、そういった皆さんのアドバイスも参考にしながら、今度はクラウドファンディングを開催。クラファンというものにほとんど馴染みのなかった自分としては、まさかプロジェクトを企画する側になるとは思いもよりませんでしたが、実施することで生まれたご縁もたくさんありましたし、支援者の皆さんからいただいたアイデアや期待感というものを、熱量高く、肌で感じることができて本当にありがたい機会となりました。感謝の気持ちでいっぱいです。『AIと共存する道を探り、道標となれたら』という大きな目標もありますが、元を正せば、『声を使った新しいエンターテインメントを届けたい』というシンプルな願いから生まれたプロジェクトです。誰も嫌な思いをせず、誰もが楽しめるエンタメの実現を目指していきます」
■唯一、そのキャラに没頭しきれるのが声優

――役への向き合い方で大事にしていることをお聞きできますか?
「アニメの制作スタッフには、様々なプロフェッショナルが関わっていますよね。音のプロ、絵のプロ、物語のプロなど、それぞれが完璧な立ち回りをしているからこそ、魅力的な作品が生まれるわけです。その中で、自分の演じるキャラクターのみに向き合うことを許されている存在が、声優だと思うんですよ。担当キャラクターについて集中して考える時間を誰よりも与えられているからこそ、声優には、その役について全身全霊で向き合う義務があると思っています。どんな背景や思想を持って生き、どんな思考や感情でそのセリフを放つのか。やはりそこは大事にしたいですし、キャラクターにとっていちばんの理解者、味方でありたいと常に考えています」
――例えば理解者、味方であるということは、どこかしら自分とそのキャラに共通する点がある、ということなんでしょうか?
「もちろん、それは役によります。自分自身の考え方や人間性と演じる役が、かならずしも一致するわけではありません。むしろ、一致することのほうが少ないんじゃないでしょうか。けれど、声優は基本的に選ばれる立場。オーディションの中で、少なからず役者とそのキャラに共通するものを、製作陣の誰かが見出してくれているんじゃないかとは思います。なので、自分との共通点をあえて"探す"行為はしませんが、演じているうちに、自然と共通する部分を感じてきたりはしますね。きっと、そんな要素が魅力的に映ると感じられたからこそ、その役に選んでいただけたのかな、と思うようにしています」
――なるほど。梶さんは、結構ロジカルに考えて役作りをしていくタイプですか?
「自分としては感覚的な部分の比重が大きいと思っていますが、周りの声優や音響監督と話すと『考えるタイプ』と言われることが多いですね。もちろん、自分の中にイメージがなければ演技もできないし、そのキャラのことを深く知らなければお芝居なんてできないので、事前準備としてそれなりに考えていくことは多いです。だけど、僕としては『マイク前に立った瞬間にそれを全部忘れ、いかに新鮮にお芝居できるか』が重要であり、理想的だと考えているので、それを実践している感覚ですかね。会話とは、相手の言葉があり、それを受けて初めて、自分がどう返すかが決まってくるものだと思うので。『よし、準備してきたとおりにやるぞ』という気持ちだと、まるで相手のことを無視したような掛け合いになってしまうので、一度全てを忘れる覚悟が必要な気がしますね」
■後悔しないために、全力を出し続ける

――梶さんにとっての座右の銘というと、どんな言葉が思い浮かびますか?
「座右の銘として相応しいかはわかりませんが、"ご縁"は大事にしている言葉です。たとえば、運の要素は偶然に左右されるものですが、逆に努力の要素は自分で準備して、補うことができる要素ですよね。でも、その二つの要素を最大限生かすためには、実は"ご縁"が何よりも大事なんだというのは、この20年声優をやってきて学んだことのような気がしています。僕らの仕事は一人では何もできない。アフレコにせよ、事務作業にせよ、他者との関係の上でしか成り立たないのが声優の仕事だと、日々感じています」
――何か、そう思うきっかけがあったんでしょうか?
「大きな出来事があったわけではないですが、他のどの職業とも同じように、声優という仕事にだって、日々『うまくいかないな』と思うこともたくさんあるんですよ。自分の努力だけで何かを変えられるのであれば頑張ればいいだけの話なのですが、当然そうじゃないことだってある。そういう意味合いにおいては、先ほどお話した"ご縁"という言葉は、決してすべてが良いニュアンスとしてだけ成立しているわけではなくて。例えば、実力以外の何かが理由でオーディションに落ちることだってあるのが芸能界。そういうときには『この役とは"ご縁"がなかったんだ』と思うことで、やりきれない自分を誤魔化すことだってあります。でもそのおかげか、『いまの自分にとっての、もっと良いチャンスは別の場所にあるからなんだ』と考えられるようになり、少しだけ気が楽になった部分もあります。納得できることばかりじゃない世の中だからこそ、あえて、この"ご縁"という言葉を大切にしているところもあるかもしれませんね」
――気持ちを切り替えて、次に進むための言葉でもあるんですね。
「そうですね。でも、そういう苦しいときに自分を救ってくれるのも、やっぱり周りの方々との"ご縁"なんですよ。自分が頼る人もそうだし、頼ってくれる人もそう。苦しいときほど、その存在に救われる部分がありました。現場で切磋琢磨しあう声優仲間、プライベートで笑いあえる友人、苦しいときに支えてくれる家族、どんなことがあっても見守ってくれているファンの皆さん。そんな大切な人たちがいてくれるからこそ、いまの自分がある。いつでも感謝の気持ちを忘れないようにしたいという意味でも、自分にとっては"ご縁"がすべてなんです」

――今後は、どんなことに挑戦していきたいとお考えでしょうか?
「声優としての目標はとてもシンプルで、とにかくいい芝居ができる役者、声優になりたいということに尽きますね。まあ何を持っていいとするかは、人それぞれ違うわけですが(笑)。作品との出会いも、やはり"ご縁"だと思うので、自分を変えてくれるような大きな役に出会えるかどうかは、巡り合わせとしか言いようがありません。でも、そのチャンスがいつ巡ってきてもいいように、準備しておくことはできます。その時々のベストな芝居をいつでも引き出せるように、常に飢え続けていることが必要だろうなと僕は考えています」
――2024年が、声優20周年でもありました。これからに向けての意気込みを教えてください。
「この10年間、声優業に全力で取り組むのは当然のこととして、そこに加え、映像や舞台、バラエティなど、さまざまなフィールドに挑戦してきました。きっと40代に向けて『自分に何ができるか』に挑戦し続けてきた時間だったんだろうなと思います。悔しい思いもたくさんしてきましたが、そこで得た経験値は、確実にこれからの10年間に生きてくるだろうと感じています。もちろん、今後も機会があれば、臆せずいろいろなことにチャレンジしていきたいなとは思っています。けれど、40代でのいちばんの目標は、30代での経験、その気づきや学びを、どんどん声優業や自分のプロジェクトにフィードバックしていくことです。『色々なことやってる人だな』と思われる方も多いかもしれませんが、僕はあくまで、声優でしかありません。声優になりたくて声優を目指し、声優という夢をつかんで声優を追求していく。僕はそんな自分に誇りを持っています。その姿勢はこれからも、死ぬまで変わらないでしょう」
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃














