細田守が『果てしなきスカーレット』に込める思い「若者の不安に寄り添いながらも力になるような映画であってほしい」

細田守が『果てしなきスカーレット』に込める思い「若者の不安に寄り添いながらも力になるような映画であってほしい」

2006年公開の劇場版アニメーション『時をかける少女』(以下、「時かけ」)の超ロングランヒットを機に、日本を代表するアニメーション映画監督のひとりとして確固たる地位を築いた細田守。2021年公開の前作『竜とそばかすの姫』に続く最新作『果てしなきスカーレット』が、11月21日(金)より全国上映される。これまで、青春、家族の絆、親子愛、種族を超えた友情、命の連鎖、現実と仮想の世界などをテーマにしてきた細田監督が、今回描くのは、シェイクスピアの「ハムレット」をモチーフとした復讐劇。≪死者の国≫にたどり着いてもなお、父を裏切り、すべてを奪った叔父・クローディアスへの復讐をあきらめない王女・スカーレットと、現代日本の男性看護師・聖との、時を超えた出会いの物語がつづられる。日本および全世界で東宝とソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの共同配給が決定している本作の公開に先駆けて、細田監督にインタビューを実施。作品に込めた思いなどを聞いた。

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――本作の企画の始まりや、テーマについて教えてください。

「今回、初めて復讐というテーマを扱いました。復讐、そして報復の連鎖の先にいったい何があるのだろう、という問いを立てながら制作を進めていきました。というのも、ちょうどこの映画を作り始めたのが、コロナ禍が明けたばかりの頃でした。非常に苦しい時代が終わったと思いきや、世界中でさまざまな争いが立て続けに起こり始めていました。報復に次ぐ報復の中で、『この先に何があるのだろうか』『このまま異なる世界のあり方に突入していくのではないか』と感じた時、現代において復讐というテーマをどう捉えるべきか、ということを強く意識しながら作ったつもりです。

また、復讐劇の元祖という意味で、シェイクスピアの『ハムレット』をモチーフに作ろうと思いました。復讐劇は、憎むべき敵を設定すること主人公の動機をつくり敵を倒して爽快感が味わえるような、エンターテインメントの王道の一つのジャンルとして定番化しています。僕がかつて所属していた東映アニメーションの作品を振り返っても、アクション作品を中心に復讐をテーマにした映画は多く、皆エンターテインメント性を感じているのだと思います。でも、それが今、少し変わってきているのかもしれません。ひょっとしたら『世の中には良いやつと悪いやつがいて、悪いやつを倒したら幸せ』という単純な構図ではなく、それぞれに正義があって、ある復讐が果たされた時、それはまた別の復讐劇の始まりに過ぎないとすると、結局、復讐の先に続くのは悲劇でしかないのではないか、という思いに至りました。

本作は制作にちょうど4年かかりましたが、その間に世界情勢が好転したわけではないのが非常に複雑です。それでも、世の中に不安を抱きながらも懸命に今を生きる若い人たちに寄り添い、彼らが未来を考える力になるような作品になればいいなという願いを込めて作りました」

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――日本での公開に先駆けて、イタリアのベネチア国際映画祭とアメリカのトロント国際映画祭にも出品されましたが、各国での反応はいかがでしたか?

「日本では、ハムレットというと『教養が必要』『ちょっと難しい』というイメージを持たれがちかもしれません。しかしヨーロッパでは、シェイクスピアはごくごく一般的な教養として広く浸透しています。海外のジャーナリストからは『今回の映画はアクションで、ロードムービーで、しかもハムレットだから、とてもエンタメですよね』と、よく言われました。つまり、海外ではハムレットを扱うことが即座に『エンタメである』と認識されるのです。そういった意味で、受け取り方が違うんだなということは、改めて実感しました」

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――今回の作品は「復讐」に加え、「生と死」も大きなテーマだと感じました。

「制作当初は、ここまで大きなテーマに挑むことになるとは思っていませんでした。しかし、生と死というテーマを選んだからこそ、結果としてこれだけスケールの大きな映画になったのではないかと感じています。もちろん、今までの作品でも生と死については描いてきましたが、より深くこのテーマと向き合う大きなきっかけになったのは、僕自身が新型コロナウイルスに感染し、入院した経験です。僕は幸いにも1週間後に回復したのですが、改めて生と死について深く考えることとなりました。そんな入院生活の中で、看護師さんには本当にお世話になりました。防護服を着用しながらも、優しさや利他的な気持ちがものすごく伝わってくるわけですね。そういった実体験もあって、傷つきながらも復讐を果たすべく、利己的になっているスカーレットと一緒に旅をする聖というキャラクターには、スカーレットに徹底的に寄り添う、深い利他の気持ちを持ち働いている看護師という職業が適しているのではないかなと思いました」

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――本作で、初めて声優さんの演技を先に収録し、その演技を元にアニメーションを制作する「プレスコ」に挑戦されたそうですね。

「最初に収録したのがクローディアス役の役所広司さんからだったんですが、その演技は、まさに最初から圧倒的でした。クローディアスの持つ力強さと憎らしさ、ずる賢さ、そして哀れさまでもが見事に表現されていて、特に最後のシーンでは、録音中にもかかわらず鳥肌が立つほどでした。この映画のテーマでもある、生と死の極限までいった時に出す声というのはこういう声ではないか、みたいなところまで聞かせていただいて。しかし同時に、『このすごさを絵にするのは、至難の業ではないか』『この芝居を絵で表現するのは無理があるのではないか』と、うれしい悲鳴のようなプレッシャーも覚えました。その後、スカーレット役の芦田愛菜さん、聖役の岡田将生さんがプレスコ収録に臨まれましたが、最初に役所さんのお芝居を聞いた後だったため、大変なプレッシャーだったと伺っています。それでも、皆様がご自身の持つ力を最大限に出して表現してくださり、本当に素晴らしい収録となりました。

そして、何よりも驚いたのは、アニメーターの皆さんが役所さんをはじめとするキャストの演技に負けじと、細部にまでこだわって芝居を作り込んでいったことです。役所さんの迫真の演技が大きな刺激となり、アニメーターの皆さんを奮い立たせてくれた結果、作品全体が高いクオリティで完成しました。このことに、心から感謝しています」

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――未来からやって来た男性に、女性が「未来を変える」と宣言するといった、『時をかける少女』と似ている構造の物語だと感じましたが、その点は意識されたのでしょうか。

「自分で作っていながら、『時かけ』と似ているということに、当初は気づいていませんでした。制作途中でプロデューサーにその類似性を指摘され、最初は『そんなバカな』と言っていたのですが、考えていくうちに『いや、実はそうかもしれない』と思い始めました。確かに、未来から来た男性と、過去に生きる女性が主人公という構図的には同じですし、その時代を生きる女性が未来を向いていくというテーマも共通していると感じます。『時かけ』を作ったのは19年前ですが、当時と今とで、何が一番違うかというと、それはやはり未来そのものに対する感覚です。『未来とは何か』という概念が、この19年の間に大きく変わったのではないかと思います。

『時かけ』の原作者・筒井康隆先生が描いた1960年代、そしてアニメで描いた2000年代では、それぞれで未来感が違うからこそ、物語の結論も必然的に変わるという考えのもと、作品を作りました。そしてさらに19年経った今、未来に対する希望のあり方は大きく変わりました。どちらかと言えば2006年の方が、実はもう少し希望があったと思うんです。2006年当時は、まだ『若者のバイタリティによって未来を作って欲しい』という希望を込めて『時かけ』を作れたのだと思います。

しかし、今という時代は、若者がいろいろなものにがんじがらめになっていると思うんですよね。SNSを見て知らない人のことを恨んでみたり、「そんなことを思わなくてもいいのに」ということにまで心を痛めたりと、不安を抱え込んでいます。世の中が変化しつつあることも要因の一つだと思いますが、今まで正しいと思っていたものが、少しずつ変わっていくという時代なのかなと思います。これは、日本だけでなく世界的な傾向だと思いますが、このような時代に、単に『それでも頑張ろう』と背中を押すだけでは、届かないのではないかと考えました。不安に寄り添いながらも、若い人たちにとって力になるような映画であってほしいと思いながら作ったという意味では、『時をかける少女』の時とはまた違った変化を遂げた部分なのかもしれません」

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取材・文/中村実香 撮影/大庭元

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