声優・悠木碧インタビュー#3「『接着剤のような存在でありたい』プロたちの仕事を繋ぐ、悠木碧の声優哲学」
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2025.02.14
『魔法少女まどか☆マギカ』の鹿目まどか役や、『幼女戦記』のターニャ・デグレチャフ役、『ヒーリングっど♥プリキュア』の花寺のどか/キュアグレース役、『薬屋のひとりごと』の猫猫役など、数々の人気作で主役を演じてきた声優・悠木碧さん。子役の頃から培ってきた表現に対する情熱は、ますます深みを帯び、作品への深い愛情とていねいな役作りでキャラクターの心情を鮮やかに描き出します。このインタビューでは全3回にわたって、悠木碧さんの出演作品やキャラクターに対する思いをひもときながら、その魅力に迫ります。
■ハードとソフトを繋ぐのが声優の仕事

――声優として役作りで大切にされていることは、どんなことでしょうか?
「役作りのときに意識しているのは、キャラクターデザインと台本にあるセリフを、『どうやって繋げるか』ということです。アニメって、制作にいろいろな要素があって、その一つ一つがプロフェッショナルの仕事で成り立つ"総合作品"だと思うんですよ。その中で、キャラクターデザイン、イラスト、そして脚本と、それぞれのプロが自由に自分の力を発揮できたほうが、よりいい作品ができるじゃないですか。そのプロたちが作った一つ一つの要素を、繋いでいくことが声優の役割だと思うんです。私はそれを『ハードとソフトを繋ぐ』と呼んだりもしています」
――ハードとソフトを繋ぐ......?
「例えば、キャラクターの設定やデザインを"ハード"だとすれば、その人物が話すセリフは"ソフト"。ハードの領域で大事なのは背景や人物を理論的に考えて捉えておくことなんですが、逆にソフトの領域で考えることは、場面ごとの感情やらキャラクターが抱える信念といった部分で、もっと感覚的に捉えるべきなんです。その"ハード"と"ソフト"がうまくつながらないと、キャラクターにリアリティがなくなって感情移入がしづらくなる。逆に、私たち声優がハードとソフトをしっかり抑えてお芝居ができれば、その二つを繋ぐ『接着剤』として働くのではないかと思っています」
――声優は、アニメのハード面とソフト面をつなぐ接着剤。すごく面白い考え方です......! 例えば、収録に臨むときの事前準備などはどうされているんですか?
「作品ごと、監督をはじめとする制作スタッフによっても表現したいことは異なってくるので、あまり毎回、『こう』と決めていることは少なくて、逆に柔軟さをもって準備に臨んでいるのは、一つあるかなと思います。例えば、事前資料を見て、ある程度ハード面を理論的に捉えておくことは大事なのですが、作品によっては『原作を見ないほうがいい』というパターンもあります。それは、のちのちの展開を知らないことで作中のキャラクターと同じような新鮮な感情でいられるからだったり、アニメと原作で展開が違うからだったり、いろいろな理由があります。その作品で『何を表現したいのか』に関わる部分なので、必要な準備がその都度違う、という感じです」
■どんな環境で見ても"伝わる"お芝居

――原作を読まないほうがいいこともある、というのは意外でした。ほかに収録のときに意識していることもありますか?
「最近だと、『どんな環境で、どんな方が観ても作品の良さをしっかり伝えたいな』と思っているんです。そのためには、本当にすごく基本的なことですが、まずは『ちゃんと内容が聞き取れるように話すこと』を意識しています。例えば、最近、長回しのセリフがあるキャラクターが多くなってきていると感じるんですが、一方で2倍速で観られる方が増えているとよく話題になっています。倍速で観ることに否定的な意見もありますが、これだけエンタメコンテンツが多い世の中ですからね。時代的な側面もありますし、倍速で観ておもしろかったら『ちゃんと観よう』って思ってもらえることもあるかもれないです。それなら少なくとも倍速で観ても面白いと思ってもらえるように、私たちは作品をつくるべきだと思うんです。なので観る方の環境や、持っている知識や情報に関わらず、『伝わるように話す』ってすごく大事なんだと思って、収録のときには心がけるようにしています」
――たしかに。前々回のインタビューで聞いた「薬屋のひとりごと」猫猫は、まさにモノローグで長回しのセリフが多いキャラクターですよね。
「そう、最近だと猫猫が一番それを意識しているキャラクターだと思いますね。『ここだけは聞いておいてほしい』『このセリフだけ抑えておいてもらえれば今日のエピソードは、追える』というセリフを、私自身がちゃんと抑えておいて収録するんです。でも、そうすると不思議なことにちゃんと普通の速度で観たときも、リズムよく聴き心地のいい日本語になっていくんです。ちゃんと観てくれる人も、"ながら観"をする人も楽しめる作品になる。かつ、『薬屋のひとりごと』はセリフが流れるような綺麗な日本語なので、その美しさの部分も楽しんでもらいたいなと思いながらアフレコに臨んでいます」

(C)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
■ビジュアルと中身のアンバランスさが面白い『幼女戦記』ターニャ

(C)カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
――「幼女戦記」ターニャ役を演じられている悠木碧さん。お芝居にあたって意識していることはありますか?
「『幼女戦記』は、アニメシリーズは"特に"ですが、かなりキャラクターの表情がダイナミックに動く作品で、オーディションの段階からその表現というのは資料で共有されていました。ターニャも、見た目は普通にかわいいキャラなんですが、いわゆる『ゲス顔』もよく見せるキャラクターでもあります。同時に『幼女戦記』という作品は、戦争をテーマにしていることもあって、結構内容がハードなんですね。とくに軍事用語も多く登場するので、その言葉を聞いたことがない方でも楽しく観てもらえるようにしたかった。そんな気持ちから、ターニャを演じるときのお芝居もできるだけダイナミックに、爆撃音が後ろでしていてもそれに馴染むように、派手さとリズム感を意識しています」
――ターニャは見た目こそ幼女ですが、中身は冷徹な企業戦士だった中年男性の転生ですよね。その辺は演技としてどう変わってくるんでしょうか?
「まさしく体は小さい女の子だけど、中身はおじさんなので、ビジュアルに似つかわしくない、ある意味堂々した『上に立つものの迫力』が表現できると、幼女とのアンバランスな面白さが出るのでは、と思っています。ターニャのような年齢の役だと、本当は子役が演じるほうがハマるんじゃないでしょうか。でもこの役をあえて大人に演じさせるのは、迫力の部分との強弱を明確に表現したい、という製作陣の意図や狙いがおそらくあると思うんですよ。ターニャの役が決まった段階で、そんなふうに考えていたので、それを際立たせるようなお芝居はしたいと思って組み立てていきました」

(C)カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
――たしかにターニャの言葉には、幼女らしからぬ迫力、威厳や勇ましさも感じますよね。
「よくよくターニャのセリフを追ってみると、おじさんっぽさというよりも、小説における"地の文"のような長めの説明セリフが多いイメージなんですよ。そのセリフ自体がすでに幼女っぽくはないじゃないですか。逆に言うと、幼女っぽいセリフが全然ないキャラクターでもある(笑)。でも、だからこそ『幼女戦記』という作品の異質な世界観が出るのだと思うし、ターニャの不思議さや怖さ、魅力も出るのかなと思っています」
■レジェンドの気迫と和やかさを感じた現場

――共演するキャストさんなどとの、アフレコ時の思い出などはありますか?
「一緒に共演する、いわゆる『軍の上層部の方々』を演じるキャスト陣が、玄田哲章さんや大塚芳忠さんなど、私から見ると本当に豪華なレジェンドばかり。そんな方々が超迫力のある演技をするから、気押されちゃいそうになるけど、『それに付いて行かなきゃ』という気持ちで現場はドキドキなんですよ。でも、確かにターニャの視点から見てみれば、軍の上層部は『命を賭ける戦場に人を駆り出す存在』なわけで、その人たちの漏れ出すような気迫や怖さをターニャも感じているんだろうと思うんです。そういう意味では、その先輩方のおかげで、収録のときは私が自然とターニャと同じような気持ちでいられたような気がします」
――レジェンドたちの気迫......!図らずも、良い効果を生むキャスト編成だったんですね。
「私との掛け合いが多かったのがヴィーシャを演じる、プライベートでもいちばん仲良しな早見沙織ちゃんだったんですけど、大体毎回アフレコが終わると喫茶店に行って、『あのレジェンドの掛け合いを生で毎回聴けるってすごいよね』という話を二人でしていました(笑)。しかもね、もう本当に仕事人しかいないから、収録が爆速で終わるんですよ。本編30分ならば全部で1時間かからないときもあるくらい。極め付けは劇場版で、香盤表には『21時まで』って書いてあったのに、収録を終えて時計を見たら19時。2時間巻きは、さすがに驚きました(笑)。音響監督を務めた岩浪美和さんも、私たちの集中力を切らさないような工夫をしてくださって、現場全体が『集中していいパフォーマンスを出して、パッと終わらせてすっと帰る』みたいな。本当、仕事人ばかりで最高でしたね」
――まさしく、プロの現場という感じですね。でも、逆に緊張感とかプレッシャーは大きくならなかったんですか?
「もちろん収録中の大先輩の方々は気迫もすごいし、集中力もプロ中のプロという感じでしたけど、収録がストップするとみんな本当にかわいらしいんですよ。さっきまであんなに怖いお芝居していたのに、休憩中は『最近、毎朝ヨーグルト食べてる』みたいな話とか、すごい和む会話をしていて......(笑)。そういう意味で、緊張感やプレッシャーと、なごやかな空気感がちょうどほどよいくらいの現場だと思います」
■ターニャのお芝居でしか味わえない快感

――悠木さんのなかで、思い出深いシーンや印象的なシーンはありますか?
「第5話『はじまりの大隊』......かな。この話は唯一、ターニャが自分の幼女としての容姿や声を利用して、作戦を進めるシーンがあるんです。というのは、ターニャが宣戦布告をするんですが、敵国側は『子供がふざけて言ってるだけだ』と受け取って、それが本物の宣戦布告だとは思わない。だけど、帝国側はそれを利用して本当に攻撃をする、という。このシーンは視聴者さんからの反響や反応も多くて、私自身にとってもすごく印象的なシーンの一つになっています」

(C)カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
――確かに、あの宣戦布告からエンディングの流れは観ていてずっと鳥肌が立ってました。
「ですよね(笑)。あとは、特定のシーンではないですけど、ターニャと上層部とのやりとり。ターニャは本当は戦わずに安全な後方勤務がしたいと思っているんですけど、責任感が強すぎて任された任務をまっとうしてしまう彼女(彼?)の性質があって。『後方勤務がしたい』と言いかけると、上層部にどんと圧をかけられてまた戦場に逆戻り、それがどんどん危ない作戦になっていくわけなんですが、最終話に近づくにつれてそのやりとりも緊張感がものすごく増してくるんですよ。そのシーンでの先輩方の演技がすごすぎて、怒鳴ってないのに有無を言わさない声の圧みたいなものが伝わってくるんですよ。お芝居だってわかっているのに、そのシーンを収録するときは、心拍数がハンパなく上がっていたのを覚えています」

――お芝居だとわかっていても、その言葉と雰囲気に飲み込まれてしまうんですね。
「全然『ターニャだから』とか関係なくて、人間の生理現象として、誰でも『はい』としか言えなくなると思います。そのくらい、本物の威圧感(笑)。しかも、優しくて和やかな先輩方に、あの怖い引き出しがあるということが、何よりすごすぎて脳から離れませんよね(笑)」
――悠木さんにとって、ターニャはどんな存在でしょうか?
「いちばんは、ターニャって『演じるのがすごく楽しみなキャラクター』なんですよね。本人は策略をこれでもかというくらい練りに練ってはいくんですけど、最終的には『なんでこうなった?!』という状況に陥ってしまう。一種のブラックコメディ的なカタルシスがあって、それはほかの作品ではなかなか味わえない感覚だと思います。

(C)カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
少しずつ積み上げていったものを突き崩す瞬間の楽しさ。それがすごく大きなキャラクターなので、演じるたびにターニャでしか味わえない快感に近いものを感じています。それがかなり鮮烈なのか、ターニャを演じている日々は後々になっても『そういえばあんな日常だったな』と記憶に焼き付いているんですよね。『幼女戦記』も続編の放送が決まっている作品なので、私も新たに収録をするのが楽しみですし、ぜひこれまでのファンの方々も、これから観てくださる方も楽しみに待っていていただけたらなと思います」
■迷い続けられる声優でありたい

――今後、挑戦してみたいことや夢はありますか?
「海外に移住してみたいな、とはずっと思っていて、そのためにまずは英語が喋れるようになりたいんですよね。『ヒーリングっど♥プリキュア』でずっと一緒に共演していた三森すずこちゃんと、たまにLINEで連絡を取り合うんですが、それこそニューヨークに移住して、そこで出産しているんです。そんな話を聞いても、やっぱり羨ましいなと思うし、海外には憧れや夢がありますね」
――どこの国、地域がいいなというのもあるんですか?
「知り合いが近くにいるほうが安心、という意味ではすずこちゃんと同じ、ニューヨークかな。あとはヨーロッパにも憧れがあるので、フランスやイタリアもいいな。でも好きな作品が多いので言ったら、イギリスなんですよね。あ、あとうちは両親がサップとかサーフィンとかをやるので、旅行で一緒にオーストラリアにも何回も行っているんですけど、自然豊かでゆったりとした土地もいいですよね。カナダもいいなぁ......って、こんな感じで一生迷ってますね(笑)」
――迷っている感じ、めちゃくちゃ伝わってきました(笑)。ちなみに、「チャレンジしてみたいキャラクター・ジャンル」と言われたら、どんなものが思い浮かびますか?
「そうですね......。ありがたいことに、これまでも色とりどり、いろいろなキャラクターを演じさせていただいてきたので、逆に『悠木碧にこんなキャラを演じさせてみたい!』『こんなジャンルはどう?』というのがあれば、ぜひみなさんに教えていただきたいですね。私自身は今後、もっともっと自分ができる役の幅を広げていくために頑張っていくつもりなので、ぜひ思い付いた方がいたらご一報いただけたら嬉しいなと思います(笑)」
――ありがとうございます! 最後の最後に、今後どんな声優でありたいか、いまのお気持ちをお聞かせください!
「そうですね、ご縁があったキャラクターの、"最善の姿"を常に届けられる役者でいたいな、と思っています。そのためには、自分の中で何か一つの正解を持っているほうがいいんじゃなくて、『迷うこと』が大事。作品の世界観、表現したいこと、キャラクターの人物像、自分の環境、周囲の人々......作品を構成するすべての要素が毎回違いますし、状況が変わればそこですべきお芝居も毎回変わるはずです。その中で私が持っておくべき答えは、絶対に一つじゃない。迷い続けるからこそ、その時々でいちばんいい答えが見えてくると思います。例えば、制作スタッフの思いが表現された絵や台本、応援してくださるみなさんの声など、どんな情報を取捨選択するのか、最善の演技ができるように役立てることが大事なのかなと思います。そして、どんな作品、現場であっても『接着剤』のような存在になれる。そんな声優であり続けたいですね」

取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃














